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第36話 そして始まる仕事と歯車



「天都くん。あけましておめでとう」

「蒼井。あけおめ、今年もよろしくな」

「こちらこそ」



新年のあいさつもだいぶ慣れたものとなってきたものであり、同期と今までと同じように会話を交わす。

学生の時の様に冬休みに楽しみはなかったものの、長期休み明け独特の気だるさは変わることはないらしい。


お互いどこか仕事の始まりを疎ましく思うシンパシーが働き互いを励ましあっていると、ふと後ろから強い衝撃が俺を襲った。



「ぐあっ!!」

「みっずきくーん! あけおめー!!」

「綾瀬...........お前マジ覚えとけよ...........」



元ラグビー部だったという綾瀬の体つきはなかなかに雄々しい。

が、本人には自覚がないため、ラグビー部自慢のタックルを時々不意打ちで食らわせられる身としてはたまったものではない。



「つか年明け最初の仕事でなんでそんな元気なんだよ...........」

「天都、聞いてくれ!!!」



にこにこにこ、とこちらが顔をそむけたくなるほど眩しい笑顔が目に入る。

そして思わず反射的に目を瞬いた俺の瞳には、次の瞬間死んだ魚のような目が映った。



「婚活...........全部失敗した...........」

「ああ...........」



無駄に元気だとは思っていたが、本人なりの空元気だったらしい。

なんとも気まずい気持ちで肩をたたくと、少しキレ気味の綾瀬が俺の肩をどついてきた。



「お前も去年までは独身こっち側だったのに!! あんなにかわいい奥さんもらいやがって!!」

「どーも」

「褒めてねえ!! いやごめんちょっと羨ましいかも!!」



正直な同僚は悔しそうな雄たけびを上げると、隣の椅子に座りながら机に突っ伏す。

「俺も今から幼馴染作ってみるか...........?」と言っている綾瀬を冷たい視線で一瞥しながら、蒼井はふと俺のほうを見た。



「それじゃ遅いでしょ。あっ、そういえば天都くん」

「ん?」

「さっきこのバカと、例の後輩男子くん...........柊くんだっけ? が話してたの見たんだけど」

「は?」



不思議そうな顔をしている蒼井は俺と綾瀬の顔を数度交互に見たのち、俺は何も知らないことを察したのか、ゆらりと綾瀬のほうに近づく。

そして先ほど一度大きく体を揺らしてから話さなくなったそいつは、静かに椅子ごとキャスターで移動しようとしたが...........駄目だったらしい。


ガシリと男顔負けの勢いで綾瀬の頭を掴んだ蒼井は、突っ伏していた綾瀬の顔を無理やり上へ上げさせた。



「ちょっとアンタ...........どういうこと? 十二年もかかった天都君の恋路をいまさら邪魔するっていうなら容赦しないわよ」

「いや、その...........」



後ろから何やら黒い気でも放っていそうな圧力のもと、皇帝蒼井様の裁きが始まる。

腕を組んで迫力満点の蒼井は、鼻息荒く口を開いた。



「いくらアンタがモテなくて彼女が居なくても! それは天都くんを妨害する理由にはならないでしょ!」

「ゔっ」

「蒼井...........!!」

「いくら天都くんがヘタレで好きな人に手を出せなくても! チキンでちょっとイラっとするとしても!! 見守るって決めたでしょう!」

「ゔっ」

「蒼井...........」



途中何やら微妙なつけたしが入ったけれど、同僚が思ったよりも俺のことを考えていてくれたという事実に驚く。

そんな間に般若の顔をした蒼井により、とうとう綾瀬は音を上げた。



「わかった! わかったよ!! でも俺はアイツの気持ちもわかるから! ちょっとぐらい応援したくなったんだよ!!」

「「応援?」」

「俺もよく知らないけど、あんなに真剣な顔で頼みこまれたらさあ...........」

「だからと言ってアンタねえ!」



それでこのチキンでヘタレな天都くんが出遅れて振られたらどうするのよ! と呆れた声を上げる蒼井の声に、綾瀬はでかい図体を縮こませる。

なんだか色々な気持ちで複雑になっている俺に、綾瀬は小さく口を開いた。



「でも、どうせ天都には伝わることだったんだよ。蒼井はともかく」

「どういうこと?」

「...........ちょっと来てくれるか?」



申し訳なさそうな顔をしながらも引く気はない様子の綾瀬に首を傾げる。

けれど悩んでいるだけでは答えは出ないため、同じく疑問符を頭に浮かべている蒼井と並んで綾瀬の後をついていった。



「...........ここって」

「ロッカー、よね」



社員用のロッカーである。

一応一人ひとりそれぞれ荷物などを置けるように設けられた、結構簡素な場所だから、普段社員は出勤時と退勤時くらいしか使わない。

また、貴重品などは基本持ち歩くため、鍵はかかっていないというのも理由だろう。



「これがどうしたのよ」

「その、柊ってやつが、天都のロッカーの中に入れてくれって」

「何を?」

「開けたらわかる」



どこか言いづらそうな顔をしている綾瀬を見てから、綾瀬を挟んだ向かいにいる蒼井を一瞥する。

訝し気な顔をしながらも小さく頷いた蒼井を確認して、俺は綾瀬の隣にある自分のロッカーをゆっくり開けた。



「別に、何も...........ん?」



そこにはリュックぐらいしか置いておらず、いつも通りに見えたが...........リュックの上に、朝にはなかったはずのものが置いてある。



「「果たし状?」」



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