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第35話 年越しと初詣



「日和たち帰っちゃったからやることないねえ」

「そうだな」



12月31日、午後10時。本日は大晦日だ。

昼には恭弥と日和が安定で押しかけてきたけれど、夜は二人でごゆっくり―と言われて今に至る。

まあごゆっくりと言われても本当にごゆっくりするしかないのだが、と頭の隅で考えながら、俺は奏が不規則に変えていくチャンネルをぼんやりと見つめた。



「うーん、なんか面白いのないかな」

「ガ〇使終わったしなあ。あれ好きだったのに」

「そうそう、あれ私たちが小学生の頃からあったんだよねー」



年越しは瑞稀の家で瑞稀と私のお母さんのそばを食べてそれを見るのがいつのまにか恒例になった、と奏が笑っているのを見て、なんとなく幸せだなあと思う。

年末で緩み切っているのは自覚しているけれど、まあ年末なので仕方がない。

久しぶりに母さんたちのそばが食べたいなあと思っていると、不意に視線を感じて顔を上げた。



「今、何考えてる?」

「え、そば食べたいなって」

「瑞稀さん、なんと作ったら食べれるんです! お得!」

「...........作れと」

「えへ」



にこにこ、と満面の笑みを浮かべる奏に、思わずぐっと言葉が詰まる。

反論の言葉を数個探してみるもこの笑顔に勝てる気はせず、俺は小さくため息を吐いた。



「俺、そば茹でることしかしないからな」

「もちろん! だしはテキトーに作るねー」



結局チャンネルは安定の歌番組を垂れ流しながら、俺たちはこたつからゆっくりと出る。

この瞬間は命がけ、と顔を渋くしながら言った奏に吹き出しながら、俺は引き出しを軽く探った。



「お、あった。賞味期限は切れてない」

「ないすー」



水を測って鍋に突っ込んでいる間、なんとなくテレビを一瞥する。

最近の司会は変わらないからわかりやすい、と思いながら、俺は二人分のそばを湧いているお湯の中に入れた。



「テレビとかあんまり見ないしなー…………って、奏...........」

「ん?」

「分量測れよ...........」



我が家の年越しそばは蕎麦を母、つゆを奏の母が作ると分担されている。

そして奏の母はどこか感覚で料理を作ることがあり、それは蕎麦も例外ではなかったのだけれど。



「できたできた。ちょっと味見する?」

「する...........」

「私はまだしてないけど」

「何それ怖い」



まあ変なものは入れてないから、と笑う奏にどこか恐怖を覚えながらも、差し出されたさらに入っているつゆを渋々飲む。

するとカツオの出汁が聞いているそれが口に入ってきて、俺はぽつりとつぶやいた。



「うまい」

「やった、成功成功。じゃ、これ分けるから蕎麦も入れてー」



どうやら奏の母(春菜)の遺伝子は順調に奏に受け継がれたようである。

だが食べるほうは気が気ではない、と毎年のことを思い出して噴き出してきた汗をひっそりと拭いた。



「うーん、おいしー」

「うまっ」



あれからこたつの中に再び潜り込み、作ったそばを咀嚼する。

俺は市販のそばを茹でただけだけれどつゆはしっかりと美味しくて、どこか複雑さを感じながら完食した。



『年明けまで、3、2、1―—――』



「あけおめ」

「あけましておめでとうー!」



番組のカウントダウンに合わせて新年のあいさつを言って笑いあう。

今年もよろしくお願いします、と深々と礼をするとこちらこそ、と慌てて返されたつむじに笑っていると、不意に彼女が外を見た。



「寒くなってきたと思ったら、雪が降ってる」

「本当だ。外出たくないな」

「そう言うと思ったんですけど」



にやっと笑った奏に嫌な予感がして、俺はじりじりと後ずさる。

かといって狭いこたつの中ではそこまで逃げることはできなくて、けれどこたつからも出たくないため、まあ簡単に言えば詰んでいた。



「な、なに」

「今から初詣行かない?」

「なんで!」

「だって元旦だからゆっくりしたいって言って、瑞稀は明日全然起きないし、起きたと思ったら動かないでしょ」

「な、なぜそれを」

「何年一緒にいたと思ってんのよ。というか休日の過ごし方見てるだけでわかる」



私、アンタの中三の冬の初詣が三月だったこと知ってるんだから、と鼻を鳴らした奏に何も言えない。

小さく呻くだけの生物と化した俺に、彼女は一足先にこたつから抜け出すと俺を引っ張り上げた。



「かなで...........」

「そんな声あげてもダメ! ほらいくよ! ほら、雪も降ってる!」



そういって彼女はあっという間に着込み始め、最後に俺がクリスマスにあげたストールを羽織る。

そしてどこか恥ずかしそうな顔で「早く」と小さな声で急かしてきた。



「行きます」

「はやっ」

「俺も手袋付ける」

「そりゃどーも!」



まだ外に出たいないのに顔を赤くした奏に首を傾げながらも、待たせることは本意ではないため手早く準備する。

玄関で待っている妻の元へパタパタと片付けると、手招きしている彼女と共に外を出た。



「はーっ、さむっ!」

「だから外出たくないって言ったのに」

「なーにー? 私といるのがやなのー?」

「いやそんなことは、」



マンションから出て歩きながら話すが、誤解を招いたと焦り言葉を探す。

けれど隣にいる奏がにやにやと笑っているのが見えて、俺はため息をつきながら顔を背けた。



「楽しいですよ。どんな時よりも」

「え、」

「できればずっと奏の隣(ここ)にいたいぐらいは、ね」

「えっ、」

「なんてな」



ふっ、と俺が笑うと、彼女は目を白黒させていたのも束の間、小さく頬を膨らます。

なんか今日の瑞稀変、と不満そうに呟いた奏に、俺は顔を背けながら口を開いた。



「やかましい。俺だって結構恥ずかしいんだ」

「うぅっ…………」



首元のネックウォーマーを顔を隠すように引き上げると、彼女は謎の呻き声を上げる。

ちらりと一瞥すれば頬を手で押さえている奏がいて、俺は緩みそうになる口元を引き締めた。



(…………少しは意識、してもらえたかな)



むずむずとする口元をきゅっと引き結ぶと、もう目の前には神社がある。

妙に静かな奏の隣に並びながら、俺たちは人気が少ない夜の神社に入った。



「…………人、少ないね」

「近所の人が散歩に使うぐらいの小さい神社だからな」



階段を登り、近所迷惑にならないならない程度に鈴を鳴らしてからお賽銭を入れる。

パンパン、と乾いた柏手の音が静かに響いた後、俺はそっと目を閉じた。



(神様、去年はありがとうございました)



30歳の誕生日、彼女が俺を待ってくれていただけでも奇跡だった。

もしかしたら律儀な彼女のことだから約束を守れないのが嫌なだけだったかもしれなかったけれど、それでもいい。



(何の取り柄もない人間の願い事です)



勇気をください、と。

そう願おうとしたところで、ふと思いとどまる。



(これじゃダメなんだ)



約束があるから、まだ時期じゃないから、と何かのせいにしてまた逃げるのは、もう。



「…………瑞稀? どうしたの?」

「あ、いや」



横から声が聞こえて振り向くと、幼馴染が首を傾げてこちらを見ている。

そんなに何を熱心に、とどこかおかしそうに笑った彼女に「何でもない」と返しながら、いつの間にか雪が積もった地面を歩いている奏を見つめる。



「————奏。俺、頑張るよ」



『頑張ってもいいか』ではなく、『頑張る』に。

今度こそもう逃げない、と心の中で決めて、俺は彼女の元へ小走りに駆け寄った。


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