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第34話 カッコつかなくたっていい


「瑞稀にしてはちゃんとした店選んだね」

「俺のことをなんだと思ってるんだよ」

「ラーメン屋とか連れていかれると思ってた」

「さすがにそれはしない…………よ」

「さては最初の候補にあげてたでしょ」



料理を口にしながら、いつもよりも静かな声で会話を楽しむ。

ふふ、と小さく笑った奏の姿に、やっと自分が揶揄われていたことに気づいたけれど、彼女はそのまましばらく笑い続けた。



「でも本当に美味しいよ、ここ」

「気に入っていただけたなら何よりです、お嬢様」

「まだその設定続けるの?」



前ほど悲惨にならない程度にしろ、少しお酒が入っていることもあり、奏はいつもより笑顔が少し柔らかい気がする。

ふにゃ、と微笑む彼女の笑顔に心臓が変な音を立てながら、俺はじっと奏を見つめた。



「どうしたの? 瑞稀」

「いや...........その、服、がっ、」

「ああ、これ? 日和と一緒に前買ったやつなんだけど、私も結構気に入ってるんだー」

「その、...........えっと、店の雰囲気にもあってて、いいと、思う」


(あぁー!! 服もだけど! 奏が! 奏を褒めたいのに!!)



うまく回らない舌に内心頭を抱えていると、彼女はそんなことを気にしていないように「ありがとう」と笑う。

自分の不甲斐なさに少し泣きそうになりながらも、それでも褒めるという目標は何とか達成したと自分自身を慰めた。



「...........っほ、本当に美味しいな、ここ」

「イタリアンのコース料理とかがあるところって、こういうちょっとした特別な日じゃないと来ないもんね」



美味しいー、と小さな一口で奏は料理を頬張る。

自分といるときより幸せな顔をしているような気がする彼女にどこか複雑な気持ちになりながらも、俺はおずおずと口を開いた。



「えっと、さっきの話なんだけど」

「? うん」


(「かわいい」って! 言え俺!! たった一言だぞ!!)



ぐっと息をつめ、奏を見つめる。

それにぽやぽやした顔で首を傾げた彼女に、俺は声を振り絞った。



「...........今度はフランス料理のところも行きたいな...........」

「そうだねえ」



まあ、その『たった一言』が言えたら、ここまで拗らせていないのである。





◇◇◇◇◇





「あー、美味しかったー! でも本当に奢りでいいの?」

「ああ、それは全然」



軽くお腹をさすりつつもぐっと大きく伸びをした奏が、大きく外の空気を吸いながらこちらを見る。

その問いに軽く頷きながら答えた俺に「ごちですー」と笑った彼女に、俺が少しだけ顔を逸らしながら言葉を落とした。



「それに、こんな時ぐらいはカッコつけたいじゃないですか。その、妻、には」

「そっ...........か?」



一瞬ぎこちなくなった俺につられてか、奏のほうも一瞬動きが止まる。

疑問符が吐いたその相槌をついた彼女の耳が赤くなっているのを見て、俺は来た時からずっと持っていた紙袋を奏に渡した。



「えっと、これ、良かったら」

「...........っあ、それ来た時から気になってたんだよねー! なになに!? プレゼント!?」

「い、一応そのつもりです」



ところどころどもりながらも微かに頷いた俺に彼女は驚いたように目を瞬くと、「開けていい?」と問う。

それにもう一度頷いた俺に笑顔を見せると、彼女はゆっくりと包装を開いた。



「...........ストール?」

「これなら普段使いできるかなって。あと、今寒そうだったから。耳赤かったし」



耳あてのほうがよかったか? と俺が苦笑いすると、彼女は「耳が赤い?」と俺の言葉を復唱した後に、もう一度顔を赤くする。

それに熱があるのかと慌てて聞くと、彼女は貰ったばかりのストールに顔をうずめた。



「それをそうとったかあ...........」

「え? 何?」

「本当にそういうとこだよ...........! バカ! あんぽんたん! あほんだら!」

「ええ!? プレゼントミスった!?」



恭弥や日和に聞いてしまうとそのまま聞いたものを買ってしまいそうだったため自分の独断で選んでみたのだが、どうやら失敗だったようである。絶対あいつらはツボを売る才能があると思う。

一気に顔を蒼褪めさせた俺をストールから顔を上げた彼女が恨めしそうに見るが、理由は全く持ってわからなかった。



「プレゼントは本当にうれしいよ、ありがとう」

「その、気とか遣って」

「ない! 本当にうれしいの!!」



あとこれ、とどこかぶすくれた顔のまま渡された小包に、今度は俺が目を瞬く。

開けて、と端的に命令された言葉に反射で返事をして包みを開け始めると、彼女は下を向いて何かを言い始めた。



「手袋?」

「その、瑞稀の趣味とかよくわかんないけど、私もこれなら普段使いできるかなって」

「...........あり、がとう」

「何よその顔」

「いや、予想外すぎて」



自分は用意していたくせに? とどこか拗ねたような顔で聞いてくる彼女に、どこか放心したまま頷く。

ありがとう、ともう一度お礼を言って笑った俺に、彼女はまだ拗ねた顔をしていたけれど、その後ふっと破顔した。



「こちらこそありがとう。大切に使うね」

「ああ。...........あと、その」



本日の目標を、まだ果たしていないのである。

白い息を吐いてはしゃぐ彼女をじっと目に焼き付けてから、俺は小さく口を開いた。



「―—――今日の服が似合ってるのもそうだけど、奏自身もすごくかわいい...........と、思いまひゅ」



噛んだ。噛んだ。噛んだ!!!!

最悪だあああああああああああああ!! と蹲って叫んだ俺は、何も言わない奏をいいことに存分に呻かせてもらう。

しばらくして頭上から聞こえてきた「ふっ」という声に、俺は涙目になりながら笑っている奏を見上げた。



「はいはい、どうせ俺は大事なところで噛む男ですよー...........」

「ふっ、...........ふふっ、私っ、まだ何も言ってないっ...........!!」

「言ってるようなもんじゃねえか!」



もうお嫁にいけない...........としくしく泣く俺を見て何を思ったのか、彼女は手のひらを俺に差し出す。

反射的に手をポンと上に乗せると、彼女はそのまま俺を引っ張り上げた。



「大丈夫、私が貰ってあげる」

「...........かっこいいの何」

「瑞稀は私が守る」



やけにきりっとした顔で宣言され、のろのろと立ち上がりながら顔を覆う。

それを覗き込もうとしてきた奏から逃れながらも、思わず俺は言葉を漏らした。



「俺、かっこわりい...........」



顔すらも赤いのを自覚しながら呻いていると、不意に手に触れられる。

すると驚く暇もないほど力強く覆っていた手をひっぺはがされて、俺は思わず奏を見た。



「カッコつけなくたっていいよ。カッコつけた瑞稀なんて、なんかキザで気持ち悪いいもん」

「酷い言いようだ」



にべもない言葉に反射的に言葉を返すと、彼女は「まあ十二年先のプロポーズの約束もしてくるんだし、今更キザは直しようがないか」と鼻を鳴らした。

思わぬタイミングできたクリティカルヒット炸裂に胸に手を当てたけれど、彼女はどこか寂しそうな顔をしているのが見えて、目を見開いた。



「か、なで?」

「でも、十二年先なんかじゃなくて、私はただ」



その先に何を言おうとしていたか、俺にはわからない。

ただ、奏の寂しそうな顔は俺が原因であることは――――それはもしかしたらうぬぼれかもしれないけれど――――わかってしまって、俺は思わず口が動いた。



「奏。...........明日も、一緒にいてくれますか?」



みんながチキンだヘタレだという通り、俺はいつだって意気地がなくて、明日の約束しかすることができない。

――――だけど。


ハッと一瞬息を呑んだ目の前の人が、次の瞬間には顔を綻ばしている。



「しょうがないなぁ」



そう言った好きな人が、笑って傍にいてくれるから。

そんな俺でも、明日傍にいてくれる人がいるのなら、別にカッコつかなくたっていいかもしれない、と心の隅で考える。


けれどいつの日か、その『明日』を積みかさて、この先もずっと一緒に――――なんて。

これはまだ言えそうにないな、と苦笑いした俺は、とりあえず明日も好きな人の隣にいられる努力をしようと思った。


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