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第33話 一味違わなかった


「...........さて」



本番当日である。

チチチ、と僅かに聞こえてくる鳥の鳴き声で目が覚めたはいいものの、せっかくの休日だというのに時間はまだ六時前。


日曜日という休みと明日は仕事という複雑な気持ちを胸にいつもは二度寝するところだが、今日の俺は一味違う...........違うはずなので、隣の部屋の奏を起こさないようにこっそりと布団から這い出た。


会社に近いからという理由で選んだこのマンションの一室は2LDKという一人暮らしの男にはやや広すぎるくらいだったのだが、最近奏がこちらに引っ越してきたことでちょうどいいところに収まった気がする。

まあだからと言って心臓に悪いのでメリットとデメリットは半々なところなのだが、と考えながら、俺は洗面台に行き顔を洗う。


いつもとなんら変わらない顔をぼんやり眺めながら、俺はこの一週間の日々を思い返した。



『いいか? まずこの選んだレストランは俺と日和もよくいくところだけど、あまりカジュアルすぎる格好だと浮いてしまうから、少しフォーマルな服で行くこと』

『お、おう』

『で、当日はエスコートしろ。プロポーズは無理だとしても、少しでも好感度を上げることに専念すること』



冬の受験生並みに知識を詰め込まれたまま夜を明かせば、次の日には仕事が待っており。

そしてそのまま職場に向かえば、明日はデー...........レストランに行く日だと知るなり、同期二人はこちらに詰め寄ってきた。



『おい、お前絶対に余計なことを言うなよ。お前は顔だけはいいんだから、その顔を利用してにこにこ笑っていろ』

『フォーマルな格好? それなら最初にまず服装を褒める。カジュアルな時も褒めるべきだけど、フォーマルなら特に褒める。褒められて嫌な人はいないんだから、女性は特に。髪型とかアクセサリーとか、頑張ってるところがあったらさりげなく触れるもよし。「かわいい」は絶対に言うこと!』



こちらが息継ぎする間もなく与えられていく言葉にとにかく頷きメモを取るが、逆に心配そうな顔をされたのが今でも解せない。

あくまでこれは一般的な話だから、その場の状況に応じて工夫すること、と最後に付け加えられたアドバイスに白黒しつつ「仕事みたいなことを言う」というと「お得意様からの重要な仕事だと思え!」とすごい形相で言われた。



「ええと、フォーマルな服装...........は用意したし、奏にも伝えてるし、用意もしてるって言ってた。エスコート...........はまあ、うん。いける、ハズ。うん」



キッチンへ向かいながら指折り確認し、うんと一つ頷く。

冷蔵庫から二つ卵を取りだしながら、俺は小さく首を傾げた。



「ええと、綾瀬たちはなんて言ってたっけ。顔を褒めろ?」



まあ奏の顔がいいのは今更だし、と考えながら殻を割る。

一つ目の卵を割ると、それはベーコンが置かれたフライパンの上に綺麗に落ちた。



「へえ、双子じゃない」

「ラッキーだったな...........あ? え!?」



後ろから聞こえてきた声に反射的に返事を返した瞬間、違和感を覚えて振り返る。

そうすればにこにこと笑った同居人がいて、俺はぱちぱちと目を瞬いた。



「起きるの早くないか?」

「それ瑞稀が言うの?」



朝ご飯何、と返された言葉に「目玉焼き」と端的に答える。

驚きのあまり素直に答えてしまったけれど、俺は一つの可能性に気が付いてあっと振り返った。



「ごめん、起こしたか?」

「ううん、私も起きてはいたんだよね」



それで瑞稀が起きた気配がしたから、と続けて言われた言葉に頷きながら、野菜を追加していく。

ブロッコリーを入れた瞬間嫌そうな顔をした奏を小突きながら、俺は胸の中に僅かな感動を覚えていた。



(なんか今の会話、夫婦っぽい)



先に箸をおいて準備している奏の姿といい、完全に夫婦である。

卵も双子だし、奏は可愛いし、今日はいい日になりそうだ、と――――そう、思っていたのに。



「まあクリスマスすぐの週末なんてこんなもんだよね」



目的地へ行く途中、タクシーの中で苦笑いした奏がそう呟く。

目の前に並ぶ車の長い行列に意識が遠くなりながら、俺は車内で頭を抱えた。...........どうやら今日の俺も、一味違わなかったようである。



「あー...........ごめん。なんで俺はこう...........」

「いやまあ瑞稀だし、大丈夫だよ」

「それはそれでちょっと複雑なんですけどね」



あれだけ心配そうにしていた親友や同期たちの心配はどうやら的中したようである。

そうしてレストランの予約時間はだいぶ前に着くようにしていたからぎりぎり間に合ったものの、近くのイルミネーションを見に行くことは断念し。


それでも街並みが綺麗だ、と顔を綻ばす想い人()に向かって、俺はどこか気まずい思いを感じながらも、手を差し出すかどうかを悩む。

すると不意に振り返った奏は中途半端に上げている俺の手を見て噴き出したあと、どこか揶揄うように小さく笑った。



「なによ。エスコート、してくれるんじゃないの?」



ふふふ、と再び笑った奏は、上目遣いで俺を見上げる。

その顔に心臓が変な音を立てたのを自覚しながらも、俺はできるだけ余裕がある笑みを浮かべて、彼女に手を差し出した。



「―—――お手をどうぞ、お嬢様?」



最後の瑞稀のセリフ、それはイタイ、イタイぞお前...........!!と思いながら書いておりました。これからは片想い拗らせ(恋愛未経験)の本領発揮のお時間です。お楽しみ。

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