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第32話 困るなあ


「..........奏、帰り遅くないか?」



――――その頃、その妻が告白されていることをしらない夫は、クリスマス当日に帰りが遅い妻に対し不信感が募っていく。

しかしその不信感は大体の人が想像するものではなく――――まあ、なんというか、拗らせたもののアレであった。



(ついに見限られたのかな...........)



これである。

だったら最初からクリスマスの予定は入れておけというところだが、まあそこはヘタレかつポンコツである彼の成す技だ。



「―—――もしかして、事故?」



俺は一番最悪の可能性に気づき、ハッと口に手を当てる。

どうしよう迎えに行くべきだろうか、いや行こうと椅子から立ち上がった瞬間、扉が開く音が聞こえた。



「...........ただいま」

「お、おかえり?」



どこか落ち込んだ様子の奏に首を傾げながら、コートを受け取ってハンガーにかける。

そんな俺を見て「ありがとう」と言った奏は、ふらふらとリビングに倒れこんだ。



「どうかしたのか?」

「うーん...........」



そのままごろごろと数十秒ほど寝転がった奏は、不意にじっと俺を見る。

その視線に僅かにたじろいだ俺を、彼女はさらに見つめた。



「な、なに」

「いや、やっぱり瑞稀がいいなぁ、と」

「お、おだてても何もでないからな!?」



そんなんじゃないわよ、と頬を膨らませた奏を、熱を帯びる顔を隠しながら一瞥する。

するとずっとこちらを見ていたらしい奏と目が合い、多少のバツの悪さを覚えながら口を開いた。



「これは、別におだてたからとかそういうわけじゃなくて」

「うん?」

「その...........今週末、で、でえと、に、行きませんっ、か!」



噛んだ。しかもどもった。最悪である。

うああああああ、と恥ずかしさで頭を抱えた俺は、床にあるカーペットを見つめながら小さく口を開いた。



「その、デートと言っても、対した準備はしていないんですけど...........」

「...........」

「アッ、いえ嘘です自分なりに恭弥と相談しながらお洒落なところ選びましたっ」

「...........」

「だから...........これでクリスマスの埋め合わせ...........できないかなぁって...........」



何も反応がない奏が不安になり、ちらりと幼馴染を見上げる。

するとぼろぼろと涙を零している彼女が目に入り、俺はぎょっとして立ち上がった。



「かっ、奏!?」

「なんで...........」



どこか悔しそうな顔をした奏が、子供のように泣き声を上げる。



「いつもはヘタレのくせにっ! 十二年間待たせたくせに!!」

「ご、ごめんなさい...........」

「馬鹿! 鈍感! ヘタレ! 不器用!!」

「うぁ、ご、ごめん...........」



続けて放たれる悪口に情けないことになにも否定できず、その場で正座することになりうなだれる。

そのまま視線すらも俯いた瞬間、不意に温かい体温が肩に乗っかった。



「...........ぇ」

「それなのに、なんでこういうときだけ優しいのよ...........」



じわ、と服に生暖かい感触が伝わる。

それが彼女の涙だ、と気づくまでに、そこまでの時間はかからなかった。



「...........うん、ごめんな」

「遅いのよ。瑞稀も、...........私も」

「うん?」

「瑞稀を待ってなかったら、私はもっとちゃんとした恋愛してたかもしれないのに、...........でも」



とん、とん、と軽く奏の肩をたたく。

温かい吐息が首に当たってどこか落ち着かない気持ちになりながらも、俺は奏の言葉に耳を傾けた。



「...........それでも、私は」

「うん」



小さく、ただ頷く。

けれどその続きがないことに首を傾げた瞬間、奏がずるりと肩から滑り落ち――――そうになり、俺は慌ててキャッチした。



「奏? 大丈夫、か...........って」

「...........すぅ」

「いや、嘘だろ...........」



まさかのデジャヴに絶望し、俺は彼女が起きる気配がないことを察して頭を抱える。

けれどどうやら疲れているらしいということだけは分かる俺には彼女を起こすという選択肢は最初から除外されていて、小さくため息を吐いた。



「これ、どうするかなあ...........」



正座により痺れる足と、何より理性が限界を迎えるのが先か、彼女の目が覚めるのが先か。

まあヘタレな自分はどうせ手を出すことはできないんですが、と自虐までがセットで目が遠くなりながら、俺は妻の背中をそっと撫でた。



『瑞稀を待っていなかったら』



きっと意識も朧気だっただろうに、何かを伝えようとしていた彼女の言葉。

それはもしかしたら独り言のつもりだったのかもしれないけれど。



「それは、困るなあ」



完全に自業自得なのだが、と思いながら苦笑しながら呟くが、数秒して全然笑えないことに気づく。

思わず真顔になってしまった後、俺は「うぅん」と小さくうめき声をあげた。



「とりあえず、今週は絶対に失敗しないようにするかあ...........」




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