第29話 縁がなかったイベント
「とりあえず..........結婚式までにプロポーズを..........!!」
俺が決意を込めて呟くと、くあ、と隣で小さく暇そうなあくびを綾瀬がする。
それに「お前なあ」と肩を揺さぶると、そいつは唇を尖らせてぶすくれた。
「だってなんか面白いイベントとかねーの? プロポーズできないとはいっても、クリスマスぐらいは一緒に過ごすだろ」
「え? なんで?」
「「は? なんて??」」
なんて言ったお前、とすごい勢いでこちらに迫ってくる同期に気圧される。
なぜそんなに必死な形相で見てくるのかわからない俺は、小さく首を傾げながら口を開いた。
「えっと、なんでクリスマスは一緒に過ごすの?」
「いや、なんでって..........」
「そりゃ、世の中のカップルとか夫婦は一緒に過ごすもんでしょ」
「なんでって言われたら、『そういうもんだ』としか俺たちは言えないけど」
思ってもみなかった言葉を言われ、俺は一瞬思考が止まる。
ははははは、と同時に笑った後沈黙がその場を支配したのち、同期たちはスンっと真顔になった。
その顔を見て俺もつられて真顔になると、そのまま震える手でスマホを取り出し、『クリスマス 過ごし方』と検索する。
「『お勧めのデートスポット三選』、『恋人に渡すプレゼントの選び方』、『カップルのクリスマスの過ごし方』..........?」
「おま..........嘘だろ」
「まさかそんなことはないと思うけど、予定入れてたりとか..........してないわよね..........?」
まさか、という思いを隠すこともせず出している二人の顔に、目を合わせることができずに俯く。
数秒の..........けれど俺にとっては何分にも思えた沈黙ののち、俺は小さく声を発した。
「...........と」
「は?」
「仕事! 俺も奏も!!」
ややヤケクソになってそう叫ぶと、二人はぱちぱちと目を瞬く。
しかし次の瞬間その目を大きく見開くと、あんぐりと口を開けた。
「...........は、はあ!?」
「ちょっと天都君ばかなの!?」
「仕方ないだろ! 今まで縁がなかったイベントなんだから! そんな考えすらなかったんだよ!!」
もうどうとでも言え!! と俯いたまま叫ぶ。
するとわなわなと震えた同期たちは、さっきの俺の言葉通りものすごい形相で言葉を連ねてきた。
「おまっ、クリスマスという大事な時を逃すとか!! しかも新婚で!? てか新婚っていうよりほぼ付き合い立てみたいな状態で!? ばかやろおおおおおおっっっ!!」
「てか仕事!? 本当に天都君やばいじゃないの!! どう生きてきたらそうなるのよ!!」
「わあああああああああああ!! 聞こえない!! 聞こえない!!!!」
「「このあほんだら!!!!」」
「俺もそう思うよ!!!」
わあわあと騒ぐ俺らに、ほとんどが昼休憩に出ていて少ないながらもデスクに残っていた人たちの視線が集まる。
それに気づいて謝りながらごほんと小さく咳払いをした俺に、同期は「本当にあり得ない」と言いながら信じられないものを見る目で俺を見た。
「お前、流石にない...........ないぞ........」
「天都くん、それはなんか.........うん、ないわ.........」
「その言葉が地味に一番効くからやめていただけませんか..........」
「「ないわぁ..........」」
同期を見る目だとは思えないほど、二人は絶対零度の視線で俺を見下ろしてくる。効果は抜群である。
そんなこんなで居心地の悪い俺は、目を合わせられないながらも二人をちらりと見上げた。
「あの...........どうにかなりませんかね..........」
「いや、どうにかと言われても。この時期って忙しいじゃない? やっぱ仕事も終わり時で色々相手の会社に出すものも多いし」
「社内の恋人もちの人とか家族持ちの人たちも休みたいって思うから、早めに申請しないといけないしな。さすがにイブの前日、クリスマスの二日前の今からでは..........」
「さすがに無理じゃないかしら」
「ですよねえ..........」
終わった、と目を遠くして呟くと、二人は今度こそ何も言えなくなったのか黙り込む。
そうしてポン、と両肩に置かれた二つの手は、諦めろというように優しい手つきだった。
「まだ..........まだ柊がいない可能性が」
「「ヘタレのくせに往生際が悪いやつめ」」
◇◇◇◇◇
「え、柊? うん、クリスマスも仕事来るらしいけど」
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ..........」
クリスマスの仕事の予定を聞くと、当たり前の様に例の後輩も来るらしいということを聞いて絶望する。
手遅れだった..........と呟くと、彼女は何もわかっていない様子でこてりと首を傾げた。
「なんか予定会った? 早く帰ってこようか?」
「予定はないけどできれば早く帰ってきてほしい..........」
力なくそう呟いた俺を不思議そうに見てから、「りょーかい」と彼女は笑う。
ふふっと俺が困っているというのに楽しそうにしている奥さんを、俺は恨めしそうににらんだ。
「何が面白いんだ..........」
「いや、ようやく気付いたのかと」
「え"っ」
俺がその言葉に絶句すると、奏はさらにけらけらと笑う。
奏は気付いてたのか!? と思わず声を上げると、彼女はどこか拗ねたような顔でこちらを一瞥した。
「逆に気づいてなかったの? って感じなんだけどね。こっちは十二年も待ってたのよ? これぐらい誘ってくれたっていいじゃない」
「ご、ごめん..........」
「まあ、こうやって意地になってたから十二年も待たされる羽目になったんだけどね..........」
「? なんか言ったか?」
「似たもの夫婦だなって話」
ふっとどこか目を遠くした奏は、頬を膨らませると俺の頭に不意に手を伸ばす。
いきなりのことに動けずにいると、彼女はそのまま俺の髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「えっ? なにっ? なに!?」
「瑞稀うるさい」
「理不尽!!」
ちょっと黙ってて、と目を据わらせて言う奏に、思わずおとなしくなってこくりと頷く。
それに偉そうに頷いた彼女は、そのまま数十秒ぐちゃぐちゃとかき混ぜた後、ふうっと息をついた。
「よしっ。完了」
「何がしたかったんだよ」
「ん-。エネルギー補給?」
そう言った彼女は、どこか満足そうな笑みを浮かべて俺を見る。
彼女の言った言葉の意味は分からなかったけれど、とりあえず俺はこの笑顔が独り占めできるならそれでもいいか、と思ってしまったのだった。




