第26話 三つ目の発表
「そこに座ってください」
「ハイ…………」
気のせいではないだろう、どこか険しい顔をした奏に抵抗せず、大人しくその場に正座する。
そしてそれに向かい合うように同じく正座した奏は、重々しく口を開いた。
「言いたいことは、きっとわかっていると思いますが」
「はい」
「というかわかっていなかったらブチぎれたいところですが」
「はい...........」
「三つ目の発表を、いたします」
「ハイ...........」
どこか遠い目でふっと息をつく奏の顔を見れば、彼女は焦点のあっていないうつろな瞳をしている。
それに何とも言えない罪悪感を感じながら、俺はおとなしく黙って次の言葉を待った。
「『結婚式』の準備です」
「ああ...........」
先ほど親友から聞いて絶望したワードそのままの言葉に、俺は今気絶できたらどれほどいいかと現実逃避で考えた。
◇◇◇◇◇
――――結婚式。
それは、女の子なら誰しもが憧れる、純白のドレスを着て華々しく開かれる祝いの場である。
まあ最近だとこの考えは賛否両論出るだろうが、まあこれが俺たちが思う結婚式への意見だ。
あれから開いていなかった結婚式のことについて話し合った俺たちだが――――結局、あまり具体的なことはできていない。
というのも、親族や近い知り合いなどのある程度少人数に絞るといっても、結婚式には時間がかかる。
そのため、どうせ結婚式が開かれるのは年明けなのだ。
高校の同級生に話したところ式場を優先して予約できるという言葉に甘えながらも、そこまでいつもと変わらない日常とともに、もう十二月に入ってしまっていた。
「結婚式か...........」
「ああ、やっとその話出たんだ?」
会社の昼休み中、思わず俺が呟くと、隣にいた蒼井と綾瀬が関心を示す。
もちろん招待してくれるんだろうね、と言った二人に拒否できないことを悟って頷きながら、俺は目の前にあるうどんを啜った。
「いつ開くとは思ってたけど、やっぱ夏くらい?」
「いや、結婚するといってもこの年だし、親戚とか近い知り合いだけで開く予定だし、あと何より同級生が式場の経営しててさ。十一月初めに準備初めて、大体四か月後...........二月末くらいかな」
「大分早いのね」
驚いたように目を瞬く蒼井に、俺は軽く頷く。
正直話を持ち掛けてとんとん拍子に進んでいく展開に、結婚式場の相談に乗ってくれた友人やや話を持ち掛けた恭弥達より、当事者の俺のほうがあまりついていけていなかった。
「やー、モテる割には誰とも付き合わないとは思ってたけど、まさかあんな口約束を信じてた天都が結婚とはなあ」
「同期三人の誰より早く結婚したわね」
「行き遅れ…………」
「「殴られたい?」」
「すみません調子乗りました」
ちなみに私彼氏いるわよ、とさらりと言った蒼井に、綾瀬が目を向く。
いつから!? と本気で驚いた言葉に首を傾げながら、蒼井は蕎麦を食べていた箸を置いて手を合わせた。
「3年目よ。いってなかったっけ?」
「聞いてないけど!? 天都は!?」
「聞いてた」
「俺ハブリじゃん!!」
俺だけ行き遅れなんて嫌だぁぁああ!! と叫ぶ綾瀬に、「うるさい」と頭を叩きながら、蒼井はお盆の上に置いた箸をそろえる。
そのまま立ち上がって片付けようとした蒼井は、何かを思い出したかのようにこちらを不意に振り返ってきた。
「そういえば天都君。二回目のプロポーズはいつにするの?」
「プロ...........ぽお、ず?」
「そりゃ、話に聞いただけでも酷いあのプロポーズで終わりとか言わないわよね? さすがにもう一回ちゃんとしなおしたほうがいいと思うわよ」
思ってもみなかった言葉に血の気が引くのが分かる。
そんな俺を見て「嘘だろこいつ」という顔をした同期二名に向かい、俺は深々と頭を下げた。
「あの、おすすめのプロポーズスポットとか、教えてくれたり...........」
「「さっき馬鹿にされたから教えてやんない」」
「大変申し訳ございませんでした蒼井様綾瀬様この通りです...........」
この後コーヒー二杯をおごらされたが、まあこれは必要経費だと思う。




