表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/40

第24話 天都奏は気付かされる〈奏〉


あの色々あった飲み会から、二週間ほどたった。



(...........平和だ)



私―—――日野...........じゃなかった、天都奏は、書類を片付けながらそう思う。

夫である瑞稀との同居も慣れ、そしてビルが隣同士であると知ってからは、時々昼食も一緒に取る。

そして同期の米原と藤原、そしていつも挙動不審な柊と仕事をこなす。


そんな、変わらないルーティンを、私はしばらく過ごしている。



「...........平和っていいなあ」

「は?」



昼休憩中に思わず呟くと、目の前でうどんを啜っていた夫が顔を上げる。

相変わらず年を感じさせない無駄にいい顔でこちらを見上げた瑞稀からそっと目を逸らしながら、私は何気なく頬杖をついた。



「ほら、あの時言いそびれた『結婚前にすべきこと』の二つ目は『会社の人たちへtの発表』って言ったでしょ?」



クラッカーやら横断幕やらで結局言えずじまいだった二つ目の発表。

基本同僚や同期にはお互い知らせ終わったので、それはもうだいぶ落ち着いている。


最初こそ驚いていた彼らたちは、だんだん驚きから喜びへと変わった。

それこそ当事者である私よりも祝ってくれたので、とてもうれしかった。


そしてそれから何も起こらない日常。

平和だ。平和すぎる。だがそれがいいのだ。



「いや、わかるけど。なんでそれを俺に言うんだよ」

「いや、それがさあ」



だがしかし、である。

だいぶ落ち着いているのは、『二つ目』なのである。



「結婚前にするべきことって三つあるって言ったじゃん? 三つ目が一番大切だったはずなのに、それが何か思い出せなくて」

「思い出せないなら別に大したことじゃないんじゃないのか?」

「いや、大事だったと思うんだけど。なんだっけなあ」



まあ、確かに思い出せないなら大したことじゃないという瑞稀の意見も一理ある。

重要なことなら流石に覚えているはずだし、きっと大事だといってもそこまで重要ではないだろう。...........多分。


このまま結論付けていいものかと一瞬悩むが、なんとなく上げた視界の先に時計があり、それはそろそろ昼休憩が終わることを示している。

そしてそんな私の視線の先を見た瑞稀もちょうど食べ終わったらしい空のうどんの丼に手を合わせ、少しだけ急いで立ち上がった。



「ま、思い出したら教えてくれ。いつでも聞くから」

「うん、わかった。じゃあまた夜に」

「ああ」



ぱたぱたとどこか小走りで立ち去っていく瑞稀の背中にひらひらと手を振る。

私よりも少し休憩時間が短い瑞稀は、そのくせに休憩時間ギリギリまで食べ終わらない。

けれど食べるのが遅い理由が私と喋っているからだということを知っている私は、今日も苦笑いしながら幼馴染を見送った。



「さて、私も行きますか」



荷物をまとめ、最後に忘れ物がないかだけ確認する。

ちゃっかり私の分の会計まで済ましていたらしい瑞稀に「お金は今日の夜に返そう」と決意しながら、私はゆっくりと店を出た。



「あ、奏じゃん」

「ん?」



その瞬間、聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、思わず振り返る。

そこには同期の米原が手招きしていて、私はそちら側に駆け寄った。



「職場戻るんでしょ? 一緒にいこうよ。さっきまで天都さんとお昼だった?」

「うん」

「そかそか、色々大変だもんね」



どこかしみじみとした雰囲気の様子の同期に、私はその理由がわからず小さく首を傾げる。

そんな私の反応を訝しげに見た後、彼女はもう一度口を開いた。



「ええと、奏はそんなにゆっくりしてて大丈夫なの? 天都さんに全部任せてる感じ?」

「? 会計の話? それなら後でお金返すけど」

「うわ天都さん男前。じゃなくて!」



アンタ、本当に何かわかっていない? と米原が首を傾げる。

それよりさらに首を傾げた私を見て、彼女は恐る恐るというようにこちらを見上げた。



「えっと、この時期って大変なんじゃないの?」

「だから何が?」



いつもはきはき物事を言う彼女には珍しく、どこか引いているような――――「まさかな」という顔で冷や汗をだらだらとかいている米原に首を傾げる。

この季節に汗をかくなんて器用だな、とぼんやりした頭で考えていると、彼女は意を決したように口を開いた。



「結婚式の予定って、まだ立ててない感じ?」

「...........あ」

『思い出せないなら大したことないんじゃないか?』



米原の言葉にはっとした瞬間、脳内でポンコツな夫の音声が聞こえる。

けれど思い出せなかった私もなんてバカなんだろうと思いながら、私はもう見えなくなってしまった幼馴染の方向へ口を開く。



「全然大したことなくないじゃない、このバカー!!!」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ