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第2話 結婚『前』にすべきこと


「はい、天都ご夫婦ですね。婚姻届を受理しました」



そう言ってマニュアル通りにニコリと笑った女性————役所の人は、そう言って一枚の紙............婚姻届を渡す。

それを隣の幼馴染————妻が受け取ったのを確認した俺は、お礼を言ってその場を後にした。



「「..............」」



お互い何となく気まずいまま、受付を通り過ぎ、フロントを通り過ぎ。

そしてついに役所まで出てきてしまった俺は、不意に隣にいた人に勢いよく、それはもう離しはしないとでも言いたげにがっしりと腕を掴まれた。



「............瑞稀」

「な、何」

「天都ご夫婦だって.........!!」

「お、おう」



私、既婚者...........!! と拳を上に突き上げガッツポーズをしている幼馴染に向かい、俺は思わず苦笑が漏れる。

握りしめられた婚姻届と、その左手の薬指に嵌められた指輪に反射した奏の顔は、誰がどう見ても上機嫌だった。



「お前、本当に美人だよな」

「は? 知ってるけど」

「謙遜という言葉を覚えた方がいいぞ」



俺が半眼になると、彼女は「別にいいじゃない、事実なんだから」と何でもないような顔で告げる。

それに大きなため息を吐くと、奏は小さく首を傾げた。



「でも何よ、藪から棒に」

「いや、別に律儀に俺との約束を守って30歳まで待たずとも、結婚できたんじゃないかなって」

「はあ!? あんた、本当に私が既婚者になっただけで喜んでると思ってんの!?」



俺がそう言うと、信じられないというような顔をした幼馴染の顔が眼前に迫る。

そのまま彼女は俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた後————



「............何だよ」

「別に。そんなこともわかんないよーじゃ、あんたは一生結婚できなかったって話」



逆に半眼になった彼女に突然手をぱっと離される。

お前と結婚できたからいいんだよ、と呟くと、「ばーか」と言った彼女からの少しだけ............ほんの少しだけ手加減されたパンチが腹に当たった。







◇◇◇◇◇







「結婚の前にすべき、三つの大切なことー!」

「いえーい」



とりあえず持ってきたクラッカーを鳴らしてみる。

けれどどこか壊れていたのかぽすん、と間抜けな音を立てたそれは、青筋を浮かべた幼馴染によって奪われた。



「いーい? これは結婚の『前』にすべきことなのよ。どっかの誰かさんが本当に30歳になるまで会いにもせずにいきなりプロポーズしてるからこんな事態になっているんだけれども」

「ごめんください」

「ぶっ飛ばすわよ」



哀れ、俺の代わりにぶっ飛ばされた可哀想なクラッカーは、散らかった男の部屋の隅にゴミとしてご臨終する。

とりあえず結婚したのだから一緒に住もう、という考えに至った俺たちは、現在二人でも十分やっていける広さのマンション————俺の家にいるのだけども。



「きたな」

「うっせ。男の一人暮らしなんてこんなもんだ」

「やんなきゃいけないことが一つ増えたじゃない」

「お前が押しかけてきたんだろうが!」



やれやれ、と大仰にため息をつく仕草をした彼女は、ソファの上に退けてあったパーカーをぽいとどこかへ放り投げる。

そのまま彼女はパーカー分空いたスペースができたソファに腰掛けると、長い足を組んで優雅に座った。



「なあ俺の席は」

「ないわよ」

「家主なのに?」

「やかましい。じゃ、まず一つ目の発表」



にこり、と。

とても楽しそうな顔で奏は笑った。


けれど俺は知っている。

彼女————日野.............いや、天都奏という人物は、俺が嫌がることをする時だけ、酷く綺麗に笑うのだ。



「————義実家への挨拶です!!」



..............何だか嫌な予感がするな、とは朝から思っていたのだ。

朝から————そう、彼女のカバンから、俺の地元行きの飛行機のチケットが見えた時から。



「やってきました、天都家ー!!」

「ああやると思ったよこのバカが!」



俺はお前に詳しいんだ! と叫んだ声は、秋の青く澄み渡った空に吸い込まれた。






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