果実の香り
八月の終わり、僕は、死んだ彼女と再会した。
あの交通事故から三年。毎日毎日、彼女の面影を追いかけ続けていた僕の魂が、ついに彼女のいる場所にたどり着いたのだ。
境界のような場所だった。現世とあの世の狭間。溶けかけた氷のように透明で儚い空間に、懐かしい果実の香りが漂っていた。
「久しぶりだね」
振り返ると、そこに彼女が立っていた。生前と同じ白いワンピース姿で、唇には少し作り過ぎた笑みを浮かべている。でも、瞳の奥に深い切なさを隠しきれていない。そんなところも、あの頃のままだった。
「どうしたの?そんな悲しそうな顔をして」
僕の言葉に、彼女は小さく笑った。その仕草に、胸が締め付けられる。
夏の日差しの中、街路樹の下で交わした最後のキス。彼女の柔らかな唇の感触と、果実のような甘酸っぱい香り。それが最後の思い出になるなんて、あの時は知る由もなかった。
「君を探してた」
「知ってる。ずっと見てたから」
「もう離れなくて済むね」
「うん...でも、本当にいいの?まだ君は生きてるのに...」
彼女の言葉に、僕は迷わず答えた。
「僕の人生は、あの日、君と一緒に終わってたんだ」
そう言って、僕は彼女を抱きしめた。温かい。生きているような、そうでないような不思議な感触。でも確かに、ここに彼女がいる。
「そっか。じゃあ、これからもよろしくね」
彼女が、はにかんだような笑顔でそう言うと、僕たちの周りで、現実が溶けていく感覚がした。氷のように透明な空間が、二人を包み込んでいく。もう戻れない。でも、それでいい。
彼女の手を取り、僕たちは光の中へと歩き出した。甘酸っぱい香りに導かれるように。
これが死後の世界なら、きっと永遠も甘美なものになるだろう。彼女の手を、二度と離さずに済むのだから。
果実の香りが、永遠に続く空間に漂っていた。
[完]
私の好きな曲を元に作った小説です。