一話
今は結構いい時代だ。私と一緒のベッドで肌を晒して眠る彼女をそっと撫でながら、そう思った。
私が彼女と付き合い始めたのはちょうど今から7年前、17歳。私たちが女子高生を謳歌していた最後の年だった。
いや、それは語弊がある。謳歌できていたのは私だけで、彼女はお世辞にもラストJKにふさわしい日々を過ごしているとは言えなかった。
彼女は私と違って友達がいなかった。別に成績がいいわけでもないし、何か特徴があるわけでもなかった。大人になって教員免許を取ってから、若輩者なりに教育についていろいろ学んだり経験したりする上でわかったことだが、教室内の彼女は最も典型的なタイプの落ちこぼれだった。何事にも無気力で勉強することも人間関係を構築することもない。教師からすると、ヤンキーだとか遊んでばかりいるせいで成績が低いだけの生徒よりもよっぽど悩みのタネであるが、しかしあまりにもありふれているタイプの人間だ。つまり、彼女は特段に魅力のない、ふつうの人間だった。
対して私は、その高校内では勉強もできたし、自分で言うのもなんだがカワイイし、明るくていわゆるトップカーストの人間だった。私が大学に進学して教員免許コースを志望したのもそうした輝かしい思い出があったからだと思う。
ある日までは彼女とは話したこともなかったし、同じクラスでも彼女を気にかけることはなかった。別に侮蔑の対象として見ていたわけでもない。ただ世界が違っただけだった。
そんな私は、彼女に恋をした。
昔から私にはそういうケがあった。他の女の子との恋愛関係にあったことはなかったが、たくさんいる仲のいい男友達の1人にも恋することもなかった。それまでに少しでもステキだと思った人はみんな女の子だった。
しかし明確に“好き”だと思ったのは彼女に対してだけだ。もし同じような世界がたくさんあって、それぞれに私がいて同じような人生を歩んでいるとしたら、彼女と恋に落ちて、付き合うことになって、同じ屋根の下に住むような運命をたどるのはほんの一握りだけだろう。
授業中にたまたま目をやった教室の端っこに彼女がいて、私が彼女のことを認識して、ちょっと気まぐれで彼女について思考しなかったら、私は卒業まで彼女と挨拶を交わすこともなく卒業していたはずだ。しかしこの世界での私は、そんなささいなことの積み重ねで彼女が気になるようになって、教室の中じゃない彼女を知って、自身の願望を叶えるための積極性と行動力、良い意味での思慮の浅さを持っていた。私は紆余曲折を経たのちに、彼女に想いを告げて、彼女はそれに応えてくれた。
私と彼女は恋人の関係になった。もちろん公然の関係とはいかなかったが、その後に意外と困難はなかった。高三の後半、時期はあまり良くなかったが、受験がある中での少ない時間にしては充実した時間を過ごせたし、私が大学に進学した後は2人になる時間が大きく増えた。2人は確かに同じ高校から別々の環境に行ったが、それによって関係に翳りが出ることはなかった。不安だった初めてのエッチもスムーズにいった。はじめて人と付き合って、一番嬉しいのは彼女が私だけに見せる表情をたくさん見れることなのだと気づいた。
ふと、隣の彼女がモゾモゾ動く。社会人になって本格的に同棲するようになってからも、彼女の新しい表情を見つけ続けている。今は昔よりも人の生き方が多様化して、恋愛に関してもさまざまな形が認知されてきている。それが違和感なく受けいられるには程遠いが、少なくとも邪魔されない。一昔前だったらこうはいかないだろう、少なくとも両親とは絶縁ものである。昨今暗い話題が飛びかっており、社会人になってそれらを実感する機会も増えてきたが、それでもこうして彼女と同じ家に住んで、両親や気の置けない親友にはそれを応援されていて、エッチして、余韻の中少し語り合って、こうしてまどろむ彼女にそっと手を触れられる今の生活が脅かされる心配が無い今の時代に生まれて良かったと思うのだ。
それはそれとして、今日の彼女はもう私に構ってはくれないらしい。彼女は私がちょっかいをかけるのも気に留めない姿勢をとっている。彼女はエッチした後はいつも、疲れてしまうのかすぐに寝てしまうのだ。私は余韻に浸ったあと彼女への好き好きモードに入ってしまって、彼女にハグしたりキスしたりしたくなってしまうから、こうなってしまったら少し悲しい。
でも、確かに明日も朝は早い。私も早く寝て,明日に備えるのが賢明だ。そう思って私も枕に頭を乗せ瞼を閉じると、とたんに無自覚だった眠気が押し寄せてきた。目が覚めたらまずは隣の彼女の寝顔を見るだろう。そうしてささやかな喜びを享受した後、私とは違って起床時間を縛られていない彼女を起こさないようにそっと布団を出るだろう。そしていつも通り朝のルーティンをこなして、まだ新鮮味を感じる職場に赴くのだ。そんなことを微かに思いながら私は眠りに落ちた。
次の朝。起きた私の目に入ってきたのは、妙に高い見知らぬ天井だった。
隣に彼女はいなかった。