9018K列車 大人の黒い話
亜美サイド
まもなく1ヶ月・・・。
亜美「・・・。」
コンコン。扉をノックする音がする。
亜美「どうぞ。」
瑞西「失礼します。」
一礼して、瑞西が入室する。手にはティーセットがある。
瑞西「紅茶とお菓子をお持ちしました。いかがですか。」
亜美「せっかく用意してくれたのに、ごめんなさい。今は紅茶だけいただくわ。」
瑞西「分かりました。」
持っていたティーセットを近くの机におき、手慣れた手つきで瑞西が紅茶を用意する。
瑞西「どうぞ。」
亜美「ありがとう。」
瑞西「・・・。」
亜美「なぁに。」
瑞西「分かってしまいますか。」
瑞西はどこかやってしまったという表情も含めた言い方をした。
亜美「分かるわ。この家では一番長い付き合いだもの。当ててあげようか。」
瑞西「・・・お嬢様、悪癖が出ていらっしゃいますよ。人の話は聞くものですよ。」
亜美「失礼。」
瑞西「輝さんを雇われて、まもなく1ヶ月経ちます。私も輝さんの働きには大いに感謝しております。お嬢様のご判断に感謝しております。」
亜美「それが言いたかったの・・・。」
瑞西「はい。」
亜美「・・・自分の給料が下がるようなことはやめてとでも言いに来るのかと思ったわ。」
私の言葉にビックリしたようで、持っていたお盆が床に落ちる。
瑞西「失礼しました。滅相もありません。そのようなことを私が・・・。」
それを拾い上げようと更に取り乱すが、
亜美「別にそう考えるのを非難しているわけではないわ。人間現状維持を一番望むものであるから。」
瑞西「・・・。」
亜美「貴方が思ったような結果にはならないから安心なさい。貴方にはここ1ヶ月迷惑をかけたでしょう。あさひさんの教育も途中から貴方に移ってしまったし、負担では無かったかしら。」
瑞西「それが私の仕事ですから。問題はありません。」
亜美「貴方に問題はなくても、私には問題があるわ。そう言う意味で、貴方には手当を払います。」
瑞西「・・・あまり打算で私の給料をお決めにならない方がよろしいかと思います。何れじり貧になるのはお嬢様なのですよ。」
亜美「・・・それもそうね。貴方のお給料は広告収入から払っているのだしね・・・。」
少し考える。私の動画は安定的に再生され続けている。大きな黒字を私に与え、それらは動画に関わるものと瑞西にお給料として反映されている。そして、これらの条件は家計に影響を与えないという前提の上に成り立っている。危ない橋を渡っている自覚はずっと前から有る。一応、経営者だからね。
亜美「・・・良い考えがないのよね・・・。」
瑞西「まぁ、長年悩んでいらっしゃるのは理解していますから、今更とも思いますが。」
亜美「・・・私もまだまだね・・・。」
あさひサイド
メイド服を脱ぎ、自分の服に着替える。今日の仕事も終わった。仕事を始めた時よりは仕事終わりの疲れ方が違う気がする。それだけ体力も回復してきたと言うことだろうか。
瑞西「お疲れ様でした。」
瑞西さんが声をかけてくる。
あさひ「お疲れ様です。瑞西さん。」
瑞西「着替えが終わりましたら、お嬢様の部屋にお越しください。」
あさひ「何かあるんですか。」
瑞西「給与明細を受け取る為です。」
あさひ「あっ・・・。」
瑞西「輝さんにとってはここで働いて初めてのお給料になりますね。」
そうか。もうそんなに経ったのか。昔もそうだけど、働いて得るお金って言うのは感慨深いものだ。
あさひ「分かりました。じゃあ、私は後で行きます。」
瑞西「お疲れ様。」
先に瑞西が出る。私も着替えて早く行かないとな。着替えが終わったら、亜美ちゃんの部屋に行った。コンコンと扉を叩くと「入っていいわ。」誰かも確認せずに部屋の主は入室を許した。
亜美「来たわね。」
部屋の中には瑞西さん、その息子の貴之君と娘の法華ちゃんもいた。
貴之「あっ、おばさん。」
瑞西「お姉さんです。」
貴之君の言葉にすかさず瑞西さんが訂正をいれた。私もまだ22歳。おばさんと言われるのはショックすぎる年齢だとは思っている。普段は厳しい人だが、そういう部分は見習わないとな。本気でメイドを目指すに関係なく・・・。
瑞西「ちゃんと謝りなさい。」
あさひ「べ・・・別に良いですよ。子供の言うことですから。」
瑞西「・・・そういう甘やかしも私はダメだと思っているだけですから。」
・・・貴之君、将来は奥さんに頭の上がらない旦那さんになりそうな予感。
亜美「あさひさん。はい、これ。」
と言って1枚紙を渡してくる。
あさひ「あ・・・ありがとうございます。」
亜美「中身は期待して良いわ。とだけ言っておくね。」
あさひ「・・・期待して良いって言うのは・・・。」
瑞西「では、私はこれで失礼しますね。貴之、法華。帰りますよ。」
大人の黒い話になる前に瑞西さんは切り上げようとする。貴之君も法華ちゃんもお母さんについて部屋の扉のそばまで行き、
貴之・法華「それでは亜美お嬢様、輝さん。さようなら。」
と声を揃えた。
亜美「じゃあね。いつでもいらっしゃい。」
あさひ「二人とも、さようなら。」
丁寧な扱いで扉がゆっくりと閉まる。大きい音も立てずに閉まる。面接なら完璧だ・・・。
亜美「・・・昔の自分があんな風に子供らしくなかったと思われていたと知っていると、二人の将来が色々と心配なのよ・・・というか複雑・・・。」
と呟いた。亜美ちゃんのその言葉に同意する。初めて会った時は同年代とは思えないほど大人びていたなぁ・・・。
亜美「私、小さい時からセーラーチャンネル立ち上げて活動してたから。私が初めて顔出しした時なんて、「話し方からして最低でも大学生だと思った」って言われたのも今は良い思い出だけど。」
あさひ「・・・因みに顔出ししたのっていつ・・・。」
亜美「小学校4年の時ね。」
小4の時に最低大学生だと思われる女子って・・・。
亜美「流石にその後は学業に集中したらっていう批判は貰ったけど。まっ、そういう批判は名門高校の試験問題を満点取って黙らせてやったわ。それでもカンニングしたんだろとか、親が解いたんだろとかいう批判もあったけどね。」
あさひ「そういうのって一度粘着されると面倒くさくない。」
亜美「ええ。面倒くさいことこの上ないわ。だから、そういうのは無視が一番。そうすれば大概のアンチは消えていくわ。それでも消えないアンチは私にとっての最大の貢献人。手堅く収入に変えさせて貰ったわ。評判落とす為に活動してるのに、利益になっているって最高の皮肉よね。」
と言って笑う。こうでないとネットで活動なんて出来ないんだろうな・・・。
亜美「あっ・・・中身の話。どうせ後で見るんだから、先に言っちゃうわ。○○万よ。」
えっ・・・。
亜美「まさか、学生のアルバイトくらいの金額しかもらえないと思ってた。」
自分の思っていたことを言い当てられる。
亜美「貴方だって普通に大人なのよ、家庭を持ったね。いくら旦那さんが働いているとはいえ、お給料を減らす理由にはならないわ。労働には相応の対価を払います。その点は安心して。」
あさひ「・・・でも、これって広告収入が大半でしょ。」
亜美「と言うか、広告収入しかないわ。」
あさひ「広告収入絶たれたら、私も解雇かな。」
亜美「少なくとも解雇はないわ。休職扱いかしら。」
あさひ「ハハハ・・・。そういう方面でも期待しちゃうわよ。」
亜美「・・・ええ。できうる限りね。もちろん、出来ないことはあるし、どうしてもの時は切るから。それが社会ってもの。その時は覚悟してちょうだい。」
あさひ「そうなる前触れはちゃんとあると思うから、覚悟しとくわ。」
亜美「・・・しけた話ばかりしてるわね。」
あさひ「ハハハ・・・。そうだね。」
亜美「貴方もお金にがめつくなったんじゃないかしら。」
あさひ「・・・それはそうかもだけど、亜美ちゃんも・・・。」
亜美「実績作れば、親を黙らせられると思ってた人間よ。動画の広告収入だって立派な実績の一つだわ。活動開始初期は赤字垂れ流しだったし、黒字になり始めた頃だっていつ赤字に転落するかも分からない綱渡りの状態。今でも、いつ収入が絶たれるか分かったものじゃないわ。貴方にも見えないところでためるストレスって言うのは半端じゃないのよ。」
対外的には初めて見せる弱さなのかもしれない・・・。