9016K列車 超える喜びにならない?
あさひサイド
あさひ「イタタ・・・。」
ベッドから起き上がろうとするだけで体が痛む。
輝「大丈夫。メイドの仕事ってそんなにキツいのか。」
痛そうな声を聞かれていたらしい。テル君が心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。
あさひ「キツくは無いんだけど、普段使ってない筋肉をいっぱい使ってる印象で。そのせいかな、きっと。」
輝「まぁ、ほどほどにしときなよ。崇城さんも別にそこまで気は張らなくていいって言ってくれてるんでしょ。」
あさひ「それはそうだけど、そこにつけ込んで手を抜いて良いって言うのは違うじゃない。だから、今日も行かないとね。」
ちょっと体を動かすと痛む。
輝「湿布貼ろうか。」
あさひ「ゴメン。お願い。」
輝「どこら辺に貼れば良い。」
あさひ「腰の辺りにお願い。あっ、パンツ見ないでね。ブラ外さないでね。今はそういうことしてる暇無いから。」
輝「はいはい。分かってるよ。でも、もうパンツは見えちゃってるし・・・。」
あさひ「いやぁ。恥ずかしい。」
輝「それに「今は」って事は「夜は良い」って事。」
あさひ「・・・そんなにしたいの。」
輝「許してくれるんならね。」
あさひ「ダメ・・・。」
否定した。だって・・・。
輝「アレ、まだ根に持ってるの。」
あさひ「保存して欲しくなかったのに・・・。」
今出来る渾身のふくれっ面を旦那に向ける。
輝「可愛かったんだから、仕方ないじゃないか。・・・ねぇ、アレ持って帰ってきて良いんなら家でも着て欲しいな。」
あさひ「コスプレの趣味はないと思ってたのに・・・。」
まさかそんなことまで考えてたとは・・・。これは本当に誤算だ。亜美ちゃんに話したら・・・いや、知られるだけで「何なら持って帰りなさい、ていうか持って帰れ。命令よ。」とか言われそうだ。軽蔑するぅ・・・。
輝「多かれ少なかれ、男にはそういう趣味があると思うけど。女の子にこういう服着て欲しいって言うのは。・・・ああ、考えてみればあさひの雇い主は崇城さんなんだから。」
あさひ「やめろっ。それやったら離婚よ。そう。本当に離婚するからね。」
輝「じゃあ、先にあさひの身体に既成事実を作ってからだね。そしたら簡単に離婚出来ないでしょ。」
意地悪そうな顔をしながら、私を見る。既成事実を作るって言うのはそういうことだよね。既成事実がもう作られていると言えばそうだが、生はまだ・・・。
あさひ「考えてることが鬼畜。」
輝「合理的と言って欲しいなぁ。」
何処の漫画の悪役か。
あさひ「・・・ここにいたら本当に既成事実にされてからメイド服着てすることになりそうだわ。イッ・・・。」
いきなり体を動かした者だから、色んなところが一気に悲鳴を上げる。
輝「ほら。じっとしてて。」
あさひ「うう・・・。ありがとう・・・。」
何か複雑だ。
あさひ「今日って夕方からだっけ。」
輝「そうだよ。夕方から出勤して、夜超えて帰りは明日の朝だね。」
あさひ「そう言うところだもんねぇ・・・。晩ご飯何か作ってあげようか。」
輝「それはもうお母さんが作ってたよ。あさひが起きてこないからって。」
あさひ「・・・ああ。先超されてたか・・・。」
輝「終わったよ。」
湿布を貼って貰ってからだが少し楽になった。ベッドから起き上がって、
あさひ「今日も行かないといけないしね。着替えるから、出といて貰える。」
輝「はい、はい。」
テル君が部屋から出たのを確認してから、服を着替えて、出る支度をする。
あさひ「あっ・・・。」
有ることを思いだした。そういえばまだ抽選予約をしていなかったなぁ・・・。早いところ抽選予約をしておかないとな・・・。
あさひ「おはようございます。」
光君の家に着くなり、大きな声で挨拶をした。
瑞西「おはようございます。輝さん。」
私を迎えてくれるのは瑞西さんだ。ビシッとしたお辞儀で返してくる。こういうのを見ると自分がどれだけそういう部分の手を抜いていたかを思い知らされる。
瑞西「今日もよろしくお願いします。」
あさひ「はい。あの、まずは何からすれば良いですか。」
瑞西「そうですね。掃除はまだ済ませていないので、掃除をお願い出来ますか。」
あさひ「はい、分かりました。」
瑞西「それと本日お嬢様は撮影の為に外出されています。掃除が終わりましたら、希望様、隼人様のお世話をしてください。貴之と法華が来るまでは私達だけですので大変かとは思いますが、よろしくお願います。」
動画撮影か・・・。今日は何処に向かっているのだろうなぁ・・・。
???「誰か来てるの。瑞西さん。」
奥の部屋からひょこっと顔を現したのは亜美ちゃんの旦那さん、永島光君だ。
光「モズ・・・。本当に家で働くことになったんだ。」
と言う。モズというのは小学校の時からの渾名。私の旧姓は「中百舌鳥」だったからね。
あさひ「お世話になってます。」
瑞西「光様。本日は夕方から出勤だと伺っていますが。」
光「ああ、うん。確かに夕方から出勤だけど、それまでは暇だから。」
瑞西「仕事もあることですから、家事は私達でやりますので。どうかゆっくりしていてください。」
光「何か、それも悪い気がするんだよねぇ。ウチ、何にもしてない気がして。」
瑞西「何をおっしゃいますか。お嬢様が子育て・ご趣味に集中出来るのは光様が働いていらっしゃるからでございますよ。光様は十分お嬢様の力になっています。どうか自分を卑下するのはおやめください。」
光「・・・それも何度言われたことかな。」
あさひ「・・・ハハハ。やっぱり慣れないんだね。」
咳払いが聞こえた。瑞西さんの目線が痛い。
あさひ「あっ、すみません。すぐに掃除やります。」
瑞西「謝罪は「申し訳ありません」、ですよ。」
光「・・・そこまで厳しくなくても・・・。」
瑞西「・・・お嬢様からまた叱られてしまいますね・・・。厳しくするなと言われていますのに・・・。」
後ろでそういう話を聞きながら奥の部屋まで行き、メイド服に着替えて、掃除に取りかかった。
家自体はそれほど大きいものでは無いから、二人でやれば掃除もすぐに終わる。それからは子供達の世話。まぁ、これが大変だ。子供に思い通りになれなんて言うつもりはないが、予期しない行動に出られるのを見ていると思い通りにさせたいという感情が理解出来ないこともなかった。
休憩は瑞西さんと交互に取る。こういうのは取らないとダメなものだ。労働基準法とかに引っかかってしまうからね。と言ってもあまり休憩している感じがしない。何かあればすぐに動かなければならないからだ。電話とか子供の世話は時間を選んでくれないからね・・・。それを含めてきつい仕事だ。
あさひ「ハァ・・・。」
休憩の時間だけはちょっとだらしなくなりたい。机に突っ伏していると、
光「お疲れ様、モズ。」
光君が近くに来ていた。
あさひ「ッ、どうかしたの。」
光「休憩中でしょ。崩して、崩して。チョコレート持ってきたけど、食べる。」
あさひ「・・・ありがとう。」
光「・・・希望も隼人も大変でしょ。」
と言った。
あさひ「本当大変。子供って本当に予期しない事するから。亜美ちゃんよく頑張ってるよね。これでまだ子供が足りないなんてよく言えると思うわ。」
光「・・・家にはお母さんもいるし、お父さんもいるし、ウチだっているし、瑞西さんだっているし、貴之君と法華ちゃんもいるしね。子供育てるのに手伝える人が多いからかな。」
あさひ「そんなにいたら、大助かりだよねぇ。家はお母さんくらいしか任せられる人いないかなぁ・・・ていってもお母さんも働いてるからあんまり無理は言えないか。」
自分の家と比べてしまう。こういう境遇でないと何人も子供を育てられる自信がない。
光「その時になったら瑞西さんが出張するかもね。「昔手伝ってくれたのだから、行きなさい」って亜美に言われて・・・。」
あさひ「亜美ちゃんって迷わず友達待遇しそうだから怖い。」
光「ハハハ。それ聞いたら怒られる奴だね。」
私は光君が持ってきてくれたチョコレートを口に運ぶ。
あさひ「甘い・・・。」
光「疲れた体に糖分は効くからね。・・・それはそうと何で家で働くことになったのか聞いても良いかな。」
あさひ「えっ、亜美ちゃんから聞いてないの。」
光「亜美はいつものことだよ。「明日からあさひさんを受け入れることにしたから、よろしく。」としか言われてないんだよね。」
絵が想像出来た。確かに、亜美ちゃんの場合それだけで済ませようとするだろうな。でも、その後に理由は聞かなかったのだろうか。そう思ったけど、
あさひ「うん、テル君にプレゼントを贈ろうと思ってね。その為にお金が必要だから、私も働いて稼ごうと思っただけ。」
光「だからってここ来る。別に求人出してるわけでも無いのに。」
あさひ「だよねぇ・・・。亜美ちゃんから「何なら家で働いてみない」て言われたのが事の発端でね。私もアルバイトとか正社員で働いてはいたけど、もう接客業やりたくなくて。」
光「ここも接客業みたいなものだと思うけどね。」
あさひ「でも、理不尽なクソ客は来ないでしょ。」
光「ハハハ。多分、ここで一番理不尽なのは希望と隼人だろうね。」
あさひ「ああ。言えてる。フフフ。」
光「・・・そうか。輝にプレゼントねぇ。」
と言ってから、
光「何をあげるつもりなのかは輝から聞いたよ。すっごい目を輝かせながら語ってたから。職場でも嬉しいのが周りに伝わってて、もしかしてモズとの間に子供がっていう噂もあったくらいだしね。」
その姿も簡単に想像出来た。テル君の目光ってただろうなぁ。ただ、「TRAINSUITE四季島」を超えて子供で喜ぶ・・・とは思えないなぁ・・・。うん、何でだろう。
あさひ「あぁ・・・。自分でハードル上げすぎたかも・・・。」
光「いいんじゃないか。」
あさひ「・・・。」
光「輝、青函トンネルを通りたいんだろうから。」
あさひ「えっ・・・。」
光君の言葉の意味が私には分からなかった。