7話:三百年越しの景色
その後、ワタルたちは戦闘を終え、サツキと同じく、とんでもない美貌を放つ少女の元へと駆けて行った。
サツキの過剰な攻撃力と数の暴力のおかげもあってか、残りの魔物はすぐに片付いたので、戦闘中に少女が他の魔物に襲われることもなかった。
地上へと向かって歩きながら、ワタルたちは話し始めた。
「それじゃあ、事情説明をお願いしてもいい?」
「うん……サツキ、ちょっと説明手伝って……」
「わかった!」
ワタルが質問すると、少女は悲しそうにポツポツと説明を始める。肩まで伸ばした黒い髪で顔に影を作りながら。
「えっと……私、三百年くらいあの地下室に封印されてて……それで、ずっとそこにいて……ずっとこのままなのかな、と思ってたら、いきなり地震が起きて……それで封印用魔法陣が壊れたから、出て来れたのはいいけど……魔力量が残り少なくて……」
「魔力が少なくなってきたら、倦怠感とかが出てくるんだよね。ほぼ完全に枯渇しちゃうと、最悪の場合は……死んじゃうこともあるんだ」
サツキが補足の説明を入れる。
そんな状態で三十階層も進んできた少女に、ワタルと暴龍天凱は言葉もない。
サツキが続ける。
「よくそんな状況でここまで来れたよねぇ」
「いや、でも……その後、ほとんど何も出来なかったから……」
「いや、それでもすごいよ。死の淵だなんて、僕には想像もつかない」
「人間離れしてるね、そんな状況で生き残るなんて。ボクは真似出来ないよ」
褒め言葉を連ねる三人。だがその中で、暴龍天凱の「人間離れしている」という言葉を聞いて、ピクっと震えた後、少し落ち込んでしまった。
「あ、あれ?ボクもしかして、何か言っちゃダメなこと言っちゃった……?」
「いや……大丈夫……」
「あー、えーと、キミは……」
「鳳凰林暴龍天凱です」
「え、長い。じゃあ、これからは略称で呼ぶね。んーと……ボ○ちゃ━━」
「それはダメだと思う」
素早くツッコミを入れたのはワタルだ。
何故ダメなのか?
それは、いつも鼻水をぶら下げて、芸術的な鼻水芸を披露している某五歳児の名前と被っているからである。
不満げなサツキは、次の略称を思いつく。
「むー、じゃあ……そこの子がリュウちゃんって呼んでるから、リュウくんで」
「……いいんじゃないかな」
今度は却下されなかった。
サツキは少し安心している。
だが、若干ワタルがつまらなさそうである。
もう何パターンかやりたかった、という思いが、暴龍天凱にビシビシ伝わってくる!
だが、どうしようもないので、暴龍天凱はスルーした。
「キミは?」
「桜井ワタル」
「キミは名前普通だから、ワタルくんでいいね」
「……悪かったね、名前が普通じゃなくて」
名前が普通ではない暴龍天凱さんは、拗ねてしまわれたようだ。
「さて、話を戻そっか。さっきリュウくんは、ご主人に言った言葉が何か気にかかるものだと思ったんだね?」
「うん、そうだね。落ち込んじゃったから、まずいこと言っちゃったのかな、と……」
暴龍天凱は、ワタルと同じく、優しい。
なので、今のように相手をよく見て、反省するべきを反省することが出来るのは、暴龍天凱の優しい心の現れだろう。
「多分だけど、封印?されるまでに何か嫌なことがあって、それとリュウちゃんの言葉が偶然重なっちゃったんじゃない?」
ご名答。完璧な推測である。
これには、サツキも少女も驚いた。
「か、完璧に合ってるのは何で!?ほんとは三百年前のご主人の友達だったとかないよね!?」
「いや、それしか理由ないでしょ、普通に考えて」
「普通じゃないよ!」
だそうだ。確かに普通ではない。この世界に来てから、考え方が完全にファンタジーである。
「そういえば、キミはなんていうの?」
「わ、私……?えっと、エリアス……っていうの……」
暴龍天凱が、ワタルも気になっていた質問をする。
本名は、エリアス・A・グリヴィオ、というらしい。
ワタルと暴龍天凱は思った。
「「か、かっこいい……」」
「か、かっこいい……えへへ……」
だって、かっこいいじゃん、と。ミドルネームいいじゃん、と。
本人もそう言われて嬉しそうなので、かっこいい認定である。エリアス・A・グリヴィオという名前は、やはりかっこよかった!
そうこう雑談をしているうちに、もうダンジョンの出口である。
エリアスとサツキは、やはり、友達と過ごしていると、時間が早く感じると感じた。
「さ、もうすぐ外だ。早く行こう」
「うん、早く行こう。時間を忘れてたから、悟くんたちもだいぶ待たせてるかも……」
サツキたちは、気がついていなかった。
自分たちが、無意識のうちにワタルたちを『友達』だと認識していることに。
そして四人は、特にエリアスとサツキは、まるでまだまだ話し足りないとでも言うかのように、ずっと話していた。
崖の一部から四人の人影が見えた。
遂にワタルたちがダンジョンの外へ出て来たのだ。
エリアスにとっては、約三百年ぶりの日光である。
なので、一番に外へ出てきたのはエリアスだった。
目を痛めないようにそっと目を開ける。
外に出られたことを、目に少しの感涙を浮かべ、ぴょんぴょん跳ねながら全力で喜んでいた。
他の三人は揃って、仕草が三百歳じゃないと思った。まだ幼いといえる頃に封印されたので、精神年齢はそのままなのかもしれない。
絵面は完全に、『お外で飛び跳ねる美少女』である。
ひとしきりはしゃいだ後、ワタルたちはまた歩き出す。エリアスは、サツキに魔力を分けてもらっているので、先程とは違って魔力枯渇はない。
「そういえばワタルくん、さっき言ってた悟くんって人、誰?」
「ああ、僕のクラスメイトだよ。実は僕ら、多分だけど別世界から転移されてきたんだ。何故かは分からないけどね」
エリアスとサツキは、また驚いた。
何せ、この二人は、この世界の人間ではなかったのだから。
「そりゃ災難だったね……ワタルくんたちは、動揺とか焦りとかはないの?」
「うーん、まあ、最初は焦ったり、動揺したりしたよ。でも、他のみんなはパニックになってたから、自分はちゃんと行動しないとなって思ったんだよね。だから、今はそこまでではないかな」
「あと、ボクたちは、こういう時にどういう行動を取ればいいかとかは、予習済みだからね」
「予習……?ワタルさんたち、なにで予習したの……?」
「「小説を読んで、自分だったらどうするかを考える」」
「やっぱりキミたちのやることは普通じゃない!」
「でも、今こうしてそれが役立っているんじゃないか」
「うっ、反論できない……」
ワタルたち四人は、やはり傍から見れば、長年一緒にいる親友だった。
コミュニケーションをとることを少し苦手とするワタルと暴龍天凱であるが、すんなりと話せている。
それがサツキとエリアスの人柄故なのか、ワタルたちも二人に何か感じるものがある故なのか。あるいは、両方なのかもしれない。
「たしか、もうすぐで僕達が悟くん達と待ち合わせしている場所に着く。出来れば、三百年前になんで封印されてしまったかをみんなにも教えて欲しいんだけど……」
「……うん、わかった……教えてあげる……」
「ありがとう」
人前に出ることへの羞恥心と、過去の記憶への嫌な思いが混ざり、言葉では表し難い心が表情に出てくる。
だが、前者はこれから改善していくこと。後者はもう過ぎ去ったことだ。ワタルたちが危機を救ってくれたことで、同時に心も救われた。
終わりのないように思える永い牢獄の中で、孤独の時間を過ごしていた。
だが、もう孤独ではない。
サツキとも再会できた。
新しい友もできた。
再び、陽の光を浴びることが出来た。
再び、友という生きる上での希望を持てた。
これ以上に、何を求めることがあるだろう?
からっぽだった心に、希望を与えてくれた。
ならば、自分も彼らの心に居続けられるように、できる限りのことをしよう。そう思うことが出来た。
遠くに悟達の姿がぼんやりと見えてくる。
サツキがキツネの姿に変身した。
「それじゃあ行こうか、エリー」
「エリー……?」
「ああ、あだ名で呼んでみても良かったかな?」
「……うん、いいよ。じゃあ私は……ワタルって呼んでもいい……?」
「勿論」
実は、ワタルが他人をあだ名で呼ぶのは、本当に親しい人のみである。
暴龍天凱をリュウちゃんと呼ぶように、ただ名前が長いからそう呼ぶという理由だけではない。暴龍天凱をリュウちゃんと呼ぶのは、親友だからという理由もあるのである。
そしてワタルは、サツキを一度サツキたんと呼び、エリアスをエリーと呼んだ。
これは、二人を親しいと思っているということ。
そのことをこの場で一人しか知らない暴龍天凱は、親友に『親友』と呼べる人が増えて、嬉しい限りであった。
「みんなと合流したら、エリーとサツキたんに僕達のクラスメイトを紹介しようかな」
『あ、まだ『たん』つけるんだ!?なんで!?』
「……うん、ワタルのクラスメイト……楽しみにしてる。それと……サツキ『たん』とは……?」
『やめてご主人、そこ触れないで!』
「あ、悟くんが手を振ってる!早く行こう!」
そんな元気溢れる三人と一匹は、地震によって倒された木々を超えながら、一際高くそびえる大きな木と、そこで待つクラスメイト達のもとに向かって歩を進めていった。
・A・