5話:ダンジョン《後編》
ワタルたちがダンジョンの中に入っていってから三十分ほど。
彼らは今、八体の狼と対面していた。
好戦的で、普通の狼とは異なり四つの目がある。恐らく”魔物”というやつであろう。
三対八で、数で負けている。そして、その鋭利な爪の一つひとつが常人にとっては致命打になるほどの過剰な攻撃力。
傍から見ると、その差は歴然。圧倒的に不利な状況で、少女を守る二人のお兄さんに見えなくもないが……
実際は逆である。
確かに、魔狼の爪の攻撃力は過剰ではある。
だが、ここにそれを凌駕するキツネたんが一人。
「うーん、とりあえず燃やしとこっか──『炎弾』」
「「「「グルゥァァァァア!!」」」」
「「……」」
今キツネたんが放ったのは、火属性初級魔法『炎弾』。通常なら、バスケットボール大の炎の塊をひとつ飛ばして攻撃する魔法である。初級魔法なので、攻撃力もあまり期待できない。
だが、それはあくまで通常の場合である。
これをキツネたんがやると、今実践したものだと、数が八個に、大きさは倍に、威力は約四倍に、速度は元々の人が走る程度から倍程度に膨れ上がる。
これだけでも過剰すぎる攻撃力なのだが……
「……キツネたん、ひとつ訊いてもいい?」
「ん?いいよ?」
「今の奴って、普通の人が使ったら、そんなに攻撃力はないって言ってたけど……ほんとに同じ魔法?」
「うん、アタシがやるとこうなる!」
「す、すごいね」
「でも、本気じゃないけどね。それで倒せるか不安だったけど、まだ五階層だし、ギリギリ倒せたね」
どうやら、本気ではないらしい。
そこで暴龍天凱は、ふと気になった。
キツネたんが本気を出したらどうなるのか?本気で戦わないと勝てない相手はいるのか?
暴龍天凱は、直接聞いてみることにした。
「キツネたんでも、本気で戦う時ってあるの?」
「そりゃああるよー!このダンジョンの最奥とかが、多分そうだね!」
うそん、このダンジョンって、そんなにハイレベルだったの…
ワタルたちの心が折れかける。
だが、思い切って聞いてみる。
「本気でやったら、その魔法はどのくらいになるの?」
「そんな時にこんな弱い魔法はあんまり使わないけど……」
((よ、弱い……!?))
「そうだねぇ、今の奴の半分くらいの大きさで、75個くらい?」
「もうボクたち要らない気がするんだけど」
「激しく同意」
自分たちの必要性について疑問を抱くワタルたち。
キツネたんは、「そんなことない」と笑って慰めているが……
何も役に立つことがない。
その事実は変わらないわけで……
結局、大体がキツネたん無双で進んで行った。
流石にずっとこのままという訳にもいかないと、折れかけていた気持ちを奮い立たせたワタルたちが、途中で「僕たちも何かしたい!」と言い出したので、キツネたんが魔法の使い方を説明しながら二十階層まで進む。
キツネたんによると、どうやら魔法を使うには自分のステータスと適正のある属性を予め知る必要があるそうだ。
そのステータスを開くのには、『ステータスブロック』なるものが必要だったらしい。
ステータスブロックは、整った立方体となっていて、六つの面があるうち一つに魔法陣が描かれている。
道理で、この世界に来たての頃はステータスを見られなかった訳である。そもそもの方法が違ったらしい。
そして、ステータスブロックは一度登録すると、そのブロックは登録した人のステータスしか映さなくなるようだ。なので、今キツネたんが持っているものはキツネたんのステータスしか映さない。
キツネたんが持っているステータスブロックを見せてもらったワタルたちは、一時期はそれでステータスを見せてもらうつもりだったのだが、その事を聞いて、やはり今は魔法を使うことはできないのかと頭を垂れている。
だが、その問題を解決できちゃうのがキツネたん。かいけつゾ○リ異世界ver.である。
「このダンジョンは見たところ人工みたいだから、もしかしたら昔の未使用ステータスブロックならあるかも。探してみるね」
「へぇ、ここって人工だったのか……」
「でも、どこにあるかとか分かるの?」
「うん。ほら、ここってダンジョンでしょ?昔は、遭難した冒険者グループとかが、度々ここに挑んだり逃げ込んだりしたことがあったみたいでね。まあ、一人も帰ってきてないらしいけど……それでこの前、ここの近くを通った時に、商人を見かけたんだ〜」
「あれ、その商人さんって、もしかしてこの中に入っていっちゃったり……?」
「うん、する〜っとね。ああ、アタシはその商人が戻ってきたところは見てないよ!」
ワタルと暴龍天凱は合掌した。
商人さんの冥福を祈って。
「アタシが見た商人は闇商人っぽかったし、ステータスブロックも持ってるでしょ……違法だけど」
「……えーと、要は、その商人さんが持っていた未使用のステータスブロックを使おうってことだよね?」
「そうだねぇ」
「その商人さんの最期の場所って分かるの?」
「いや、分かる、というか、さっき回収してきたよ?十三階層目で」
「「え?」」
そういえば、キツネたんが「一瞬だけあっち行ってくるね」と言って、五秒だけどこかへ消えた時があった。
あの五秒のうちに何があったのか知らなかったのだが、二人分の未使用ステータスブロックを拾ってきていたのだと今知る。素早さが化け物である。
そしてその時キツネたんは、苔の生えたリュックと、その隣に横たわる骨を見たのだとか。
「リュックに苔?」
「しかも、その隣に骨って……キツネたん、その商人さんを初めに見たのって、どのくらい前?」
「二百五十年くらい前だねぇ」
ワタルたちは思った。
あんた何歳だよ。
「まあ、そんなことは今はどうでもいいとして、早速ステータスを見てみよっか!」
ワタルたちは思った。
どうでも良くねぇよ。
なので、疑問二つのうち一つを質問するために、勇気ある暴龍天凱が一歩踏み出す!
「その前にさ、キツネたんって何歳なの?」
「女性にトシは聞くもんじゃないぜ〜?」
折角の勇気はバッサリと切り捨てられた。
ワタルが暴龍天凱を慰める。
君はよく頑張ったよ……
そして、改めてステータスブロックの使い方を聞いたところ、魔法陣が描かれている面に自分の血を一滴垂らすだけでいいのだそうだ。
ある種の違法ルートで手に入れた品を、少しの後ろめたさを感じながらも、ワタルと暴龍天凱が早速起動してみる……前に、ふと気がつく。
どうやって血を採取するのか。
そこで再び、暴龍天凱が質問する。
「キツネたん、キツネたん。どうやって血を取るの?」
「あ、アタシがやる?いいよ〜、じゃあ、動かないでね」
動かないでね、という注意喚起に疑問を持ったワタルたち。だが、その疑問は、キツネたんの直後の行動によって解消される。
ひゅっ、と風切り音が聞こえたと思うと、ワタルと暴龍天凱の人差し指から、ごく少量の血液が流れていた。
「はい、おっけー!じゃあ、二人共、それをブロックに垂らしてどうぞー!」
「いや、何今の」
今のは何だと、思わずワタルが指摘する。
「『風刃』っていう風属性の初級魔法だね!それをちょっと人差し指に掠らせました!」
「……ちなみに、キツネたんがさっきの『炎弾』みたいにこれをやると、どのくらい切れるの?」
暴龍天凱が問う。
「このくらいの太さの鉄の棒が、スパスパ切れるくらいかな」
と言ってキツネたんが指さしたのは、直径三十センチメートル程の円柱だった。
「怖ぇよ!」
「キツネたん、もうあんまりやらないでね?」
「なんで?」
致命傷ではないにしても、指や腕が簡単に吹き飛ぶ危険のある魔法をポンポン放たれては、生きた心地がしないからである。
キツネたんから「心配しなくっても大丈夫だよ!」というお言葉が飛んでくるが、きっと人生で一番信用できない「大丈夫」だろう。初級魔法で、極太の鉄パイプがスパスパ逝っちゃうのだから。
冷や汗を流しながらも、ステータスブロックに血を垂らす。
すると、ワタルたちの『ステータス』が虚空に浮かび上がってきた。
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桜井 航 17歳
Lv.1 【鍛冶師】
《総合力》 24
体力 30
筋力 25
敏捷 25
魔力 10
耐性 30
技能:鑑定・神器創造・鉱物操作
転生:0回
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・神器創造
・・・神器を創造できる技能。
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鳳凰林 暴龍天凱 17歳
Lv.1 【魔術師】
《総合力》41
体力 30
筋力 20
敏捷 20
魔力 100
耐性 35
技能:属性適正《火・水・木・光・闇・土・無》・詠唱省略・魔法改造
転生:0回
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・属性適正
・・・火、水、木、光、闇、土、無属性があり、その中で適正がある属性の魔法を使う時に、魔法陣の簡略化・発動速度短縮・発動時魔力減少という三つの効果が現れる。
・魔法改造
・・・例えば、通常は一度に一発しか放てない『炎弾』を、一回の攻撃で、形を変えていくつも放てる、といったように、属性などの根本的なものを変えることなく、その魔法をアレンジするというもの。
「リュウちゃん、魔力100って何!?」
「いやそんな事言われても!」
「うん、レベル1でステータスがひとつ100いってるのは正直やばいね。常人で10から20だよ」
「キツネたんまで?!」
「これからどれだけ上がるんだ……」
ステータスが空間投影という形で表示される。
そして、暴龍天凱の魔力は常人の十倍あるらしい。
さらに、技能である。キツネたん曰く、「全属性適正に詠唱省略は頭おかしい」とのこと。
キツネたんも同じ技能を持っているはずだが。自虐である。
「あれ、でも、ワタルくんはステータスあんまり高くない……?」
「ほんとだぁ。あんまし高くない」
「それ以上は言わないで……」
ワタルが項垂れてしまった。
ワタルも常人よりは強いが、全体的なステータスの低さが目立つ。特に魔力が少ない。
それもそのはず、ワタルの天職【鍛冶師】は、非戦闘職である。普通なら、鍛冶屋に籠って、金槌でカンカンしている筈である。
「あはは、ごめんね。でも、その代わりと言っちゃったらあれだけど、技能はとっても恵まれてると思うな」
「え、そうなの?」
「うん、『鑑定』は鍛冶師なら誰でも持ってるような技能だけど、その後のふたつは……少なくとも、アタシが生きてる間には二、三人しか見てないよ」
どうやら、ステータスが低い代わりに、技能は少なくても、その内容は凄まじいそうだ。
一流の鍛冶師が鋳造した武器でも、『神器創造』には足元にも及ばない。
何せ、このスキルを習熟すれば、常人が鉄製の短剣をカンカンしている間に、ワタルは『鉱物操作』『神器創造』の技能で、金槌も使わずに、易々と伝説級の大剣を作れるのである。
二人共、技能としてはまだまだ未熟だが、上達したらどんな化け物になるのか。
「あ、あと、この《転生》って何?」
「確かに、他の欄はなんとなく分かるけど、そんな表記聞いたことないよ?」
「ああ、これはね……」
キツネたんに、説明をもらう。
どうやらこの《転生》というものは、最大レベル(レベル100)に到達すると、ステータスをほんの少し弱化する代わりに、レベル表記を一に戻すというものらしい。
要は、レベル上限解放である。
転生時に、特別技能というものを習得できるが、その代わりに、転生することが出来るのは、一般に一回のみなのだという。
「とにかく、出発!さあ、最初の獲物はどこかな!?」
「「言ってることが怖ぇ!」」
キツネたんに続いて、ワタルたちが後を追う。
そして、二十五階層まで進んだワタルたちに、最初の獲物が訪れた。いわゆる、オーガというやつである。
「さあ、行ってらっしゃい!」
「いや、ちょ、押さないで!自分で行くから!」
「ワ、ワタルくん、迫ってきてるぅ!」
いきなり鬼の魔物の前に突き飛ばすキツネたん。鬼より鬼畜の所業である。
パニックになったワタルたちは慌てている。魔物はすぐそこまで迫ってきている!
「焦らないで、さっき教えた通りに殺って!」
「「一体誰のせいでこんなに焦っていると!?」」
キツネたんのせいである。
荒れる気持ちを押さえつけて、最初に魔法を行使したのはワタルだった。
三つある技能のうち、使うのは『鉱物操作』だ。簡単な魔法で、なおかつ天職なので、詠唱は要らない。
「とりあえず、『鉱物操作』!」
魔法名を口に出すと同時に、魔物の目の前の地面が隆起する。
この魔法は文字通り、鉱物を操る魔法。
そして、このダンジョンは、キツネたんによると、鉱山の中に作られたダンジョンらしい。
すると当然、地面には大量の鉱物が埋蔵されているわけなので、ワタルにはうってつけの環境だ。
魔物は突然隆起する地面に止まりきれず、激突して足を止めた。
「今だ、リュウちゃん!」
「うん!えーと、とりあえず『氷雨』!」
暴龍天凱の魔法、『氷雨』。
幾つもの氷の弾幕を作り、敵に一斉掃射する魔法。
技能『属性適正』のおかげで、無詠唱での魔法行使。レベル1のできることではない。
「えっと……こうか!」
暴龍天凱がタクトを振るように指を振り下ろすと、周囲に漂っていた氷塊が、魔物の方に一斉に向きを揃える。
そして、次の瞬間に放たれた氷の弾幕は、魔物の身体に突き刺さり、動きをさらに鈍くする。
「『鉱物操作』」
そこへ更にワタルが魔法のトリガーを引く。
先程のような、地面を隆起させる使い方ではない。咄嗟に考えた独自の使用法を編み出す。
武器にする使い方だ。
ワタルは、地面の一部を『鉱物操作』でちぎり取る。
そして、ワタルがちぎり取った地面の一部は、あっという間に長槍に姿を変えた。
残酷な心は、今は捨てる。
この世界で強くなって、みんなを守らなければならないから。だから、
「僕達の糧になれ」
この世界で初の獲物を狩るべく、ワタルは身動きの取れないオーガに向かって肉薄し、手に持つ長槍を突き出す。
ぐさりと胴体に槍を突き刺され、貫通されたオーガは、最初は槍を抜こうともがいていたが、瀕死だったのもあり、やがて目の光を失い、遂に動かなくなった。
倒したのだ。
この手で。
「やった……リュウちゃん、援護ありがとう」
「うん、ワタルくんも、ナイス特攻!」
互いを褒めあっていると、キツネたんから声が掛かる。
「お見事。二人とも、ほんとにレベル1?連携と動きがピッタリすぎて、信じらんないんだけど。本当はベテランなんじゃないの?」
賞賛の言葉。今の連携は、キツネたんからすると、結構場数を踏んでいる、玄人の冒険者の動きであったそうだ。
それを聞いて、ワタルと暴龍天凱はドヤ顔を決めながら、言った。
「「親友なので」」
「凄いね、絆だけでそんなのできる人なんてそうそういないよ……ああ、そういえば、ステータスブロック見てごらん。今の魔物、初心者にとってはなかなか強い部類に入るから、きっとレベルが上がっているはずだよ」
キツネたんに促され、ステータスブロックを確認してみる。
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桜井 航 17歳
Lv.2 【鍛冶師】
《総合力》 30
体力 38
筋力 32
魔力 15
耐性 35
技能:鑑定・神器創造・鉱物操作
転生:0回
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鳳凰林 暴龍天凱 17歳
Lv.2 【魔術師】
《総合力》54
体力 35
筋力 23
魔力 115
耐性 37
技能:属性適正《火・水・木・光・闇》・詠唱省略・魔法改造
転生:0回
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「やったね、レベルが上がってるよ!」
「よかったねぇ、その調子で頑張ってね!」
レベルが一つ上がっていた。
そう言われてみると、少し力がついた気がする。
自信が湧いてくる。
ワタルがふと前を見ると、次の階層へと続く階段が見えた。
「あれ、次の階への階段じゃない?」
「あ、ホントだ。ワタルくん、行こう!」
「そうだね。さあ、キツネたん、先を急ごう」
「うん、じゃあ、行こうか」
ワタルたちが駆けていく。
その後ろ姿を、キツネたんは少し離れて見ている。
(親友か……ご主人は、友達というよりも主人だからなぁ……)
キツネたんは、親友というものを持ったことがない。
だから、ワタルと暴龍天凱の関係は、キツネたんにとって羨ましく見えた。
(贅沢は言わないから……アタシにも、友達くらいはできるといいな……)
そしてまたキツネたんは、ワタルたちに眩しいものを見るような視線を向けるのだった。