10話:重要任務
今夜のパーティー会場は、メイドの元々の仕事場所だ。
料理長、もといルーツの料理の進捗を見に行く、という建前で一時的に抜け出していたメイドが仕事に戻ると言うので、ワタルたちはその後もで探索を続けていたようだ。
そろそろ自分たちの準備もしなければならない時間か、と思い、それぞれの部屋に帰って行った。とは言っても、サツキとエリアス、ワタルと暴龍天凱は二人ずつそれぞれ同室だが。
ワタルと暴龍天凱が部屋に入ると、既にルームメイトである悟と佑介が各々の準備をしていた。
メイドが悟たちにスーツを着付けているところだった。
悟はとびきりのイケメン故に、どんな衣装でも似合ってしまう。
一方佑介はというと、筋肉による体の厚みのせいで、スーツがピチピチになっていた。
悟がそれを見て吹き出す。
ワタルと暴龍天凱も釣られて笑ってしまったので、佑介は思わずジト目になった。
「申し訳ございません……只今、もうひとつ上のサイズの物を用意しますので、少々お待ち頂けますでしょうか」
「あ、あざっす。あと、そんな気にしなくてもいいっすよ。こういうの慣れてますから」
佑介の着付けを担当していたメイドが、申し訳なさそうな雰囲気を漂わせて、急いでスーツを取りに行った。
待機してくれていたもう二人のメイドが、ワタルと暴龍天凱の着付けを始める。
三人が順調にスーツを着ていく中、一人だけ全然進まない。
佑介は、今だけは自分の筋肉を恨んだ。
「まあまあ、そんな難しそうな顔するなって」
「悟……」
慰めの言葉をかけたのは悟だ。
ああ、やはり親友は持つべきだ。今回のように何度励まされたかわからない。
親友の優しい言葉を予見し、佑介の口からため息のような声が出た。
さっき佑介を一番最初に笑ったのが悟であることは、もうとっくに頭の外のようだ。
「きっと次はちゃんとサイズ合うよ」
てっきり「佑介は笑顔が一番似合うから、そんな顔する必要はないよ」という言葉をかけられると思っていたが、どうやら違ったらしい。
悟は佑介の心配ではなく、佑介の服の心配をしていたようだ。
「……悟」
佑介の口からは、今度はため息のような――否、本当にため息が出た。
自分に対しての心配かと思えば、まさかの服に対してだったのだ。当然といえば当然の反応だろう。
「もう俺、いつもの服装で出るわ」
「え!?ちょ、どうしたんだよ!俺なんか言ったか!?」
「…………じゃあな」
「あ、待ってくれ!俺がなんかマズイこと言ってたなら謝るから!頼むから戻ってきてくれ!!」
とうとう拗ねてしまい、いつも着ている服を着て部屋から出て行ってしまった。
ちなみにこの服は、人によってデザインが異なっている。"裁縫師"のクラスメイトが作ってくれたものだ。
悟が佑介を連れ戻そうとするが、悟も着付けている最中だったので、呼ぶことしかできない。
ワタルたちの部屋には、しばらく悟の声が響くことになった。
「いやぁ、言葉は選ばなきゃだめだね、ワタル君」
「ほんとそれ……僕たちは気を付けようか」
「うん」
ワタルと暴龍天凱は、悟に聞こえないように話した。もっとも、今の悟には普通の声で話しても聞こえなかっただろうが。
その後、着付けを終えた三人でパーティー会場へ向かったが、道中で佑介を見ることはなかった。
尚、佑介はこの後きちんと着替えてから少し遅れてパーティーに参加しました。
ワタルたちがパーティー会場に着くと、大半のクラスメイトは既に揃っていた。
みんなスーツやドレスといったパーティー向けの服に身を包んでいる。
普段は制服で過ごしていた面子なだけあって、皆それぞれの大人っぽさが表れているようだ。
普段活発だった者たちはちょっぴり大人な感じになった自分を意識して、お淑やかに振舞ったりしている。
一方、あかりや逸郎たちのような元々大人びていた者たちは、スーツやドレスが驚くほど似合っており、「本当に十代なのか」と貴族の方々から注目を集めていた。
今回のパーティーに出席する全てのメンバーが集まった時点で、パーティー主催者である国王が開式宣言をし、とても豪華な料理の数々がホールに運ばれてくる。
料理が置かれている区画とは別の場所にミュージシャンらしき人々が集まって椅子に座り、穏やかな音楽を奏で始めた。
ホール中央でパーティー参加者たちが踊り始める。どうやら社交ダンスは、異なる世界だとしても概ね共通のものらしい。
ワタルたちがまだぺシム島にいる時の、「どこかの国に歓迎されたときはパーティーに参加することになるかもだから、ダンスの練習だけはしておこうか」というサツキのお節介が功を成し、一応全員ダンスはできるようになっていた。
今回のようなパーティーで恥をかくことは未然に防止できたので、クラスメイトたちはサツキのお節介に感謝している。
だが、先ほど注目を集めていたクラスメイトたちは曲が終わる度に、また別の人からダンスの申し出を受け、なかなか料理を食べる隙がない状態だ。
「うーん、やっぱり悟くんとかあかりさんは人気みたいだ」
「ワタルくん。それはボクたちが不人気ものだということ?」
「そうはいってないよ、リュウちゃん」
そんな人気者集団と離れたところで、ワタルや暴龍天凱、その他多数のクラスメイトたちはルーツと逸郎の作った豪華な料理を堪能していた。
料理を楽しむ者、ホールの装飾に感嘆する者、友人たちと話し笑いあう者など、楽しみ方は人それぞれであったが、クラスメイトたちは皆パーティーを楽しんでいる様子だ。
このままパーティーの楽しい気分がずっと続くと思われた。
しかし、どんなに楽しい場所でも、その雰囲気をぶち壊すような者はどこにだっている。
もちろん、このパーティーに参加していた者の中にも、例に漏れずいた。
「異世界からの転移者といえど、所詮ただの子供だろ?勇者がいるとはいえ、それ以外が優遇されるくらいなら、そんな子供なんかよりも俺たちのほうにお金を使ってほしいよな」
ふと、そんな言葉がワタルと暴龍天凱の耳に届いた。
貴族らしくない発言と言葉遣い。
声のした方を見ると、身なりの良い、いかにもチャラそうな男が二人で話していた。
本人たちはヒソヒソと話しているつもりなのだろうが、丸聞こえである。
ワタルと暴龍天凱は、「異世界にもDQNぽい人っているんだな」と心の中で呟きながらその場を後にした。
向かうは王のいる場所。
二人は"炎術士"の遼真を連れて歩き出す。
遼真は一瞬戸惑いはしたものの、直ぐに自分の担当する作戦を思い出し、緊張したような顔つきになった。
ワタルたちが王の元へ移動する間も、周囲にいた一部の貴族がクラスメイトの悪口のようなことを言っているのが聞こえていた。
(気分悪いな)
ワタルは少し顔をしかめる。
そんな微細な表情の動きさえも察知し、暴龍天凱は心配そうな眼差しをワタルへ向けた。
ワタルは視線で「大丈夫」と伝えると、表情を普段通りに戻す。
少し歩いて王に近づくと、王の視線がこちらに向くのを感じた。
「どうしたんだ君たち。パーティーはお気に召さなかったかな?」
「いえいえ、とんでもない。このような形で私たちを楽しませて頂き、とても喜ばしいです。ですが……一つだけ相談よろしいでしょうか?」
「構わないが、まずは顔を上げてくれないかな?」
跪き、頭を垂れる。
ワタルたちがその体勢でいることに王は落ち着かないようだ。王は「転移者という立場上、私と君たちとの格差はほとんどないに等しいのだよ」と笑いながら告げ、ワタルたちに顔を上げさせた。
「それで、相談とは?」
「はい、このパーティーに出席している方々についてです。私が周囲の声に耳を傾けていると、どうも私たち"転移者"のことを快く思われない方々もいらっしゃると言う事なのですが」
「ふむ……詳しく聞かせておくれ」
王の表情が少し険しいものになった。
王が「その者たちの処罰について検討せねばな」と独り言を零す。
王都の貴族の印象が、転移者であるクラスメイトたちから見て悪くなってしまえば、勇者たちに何かを依頼する時に何かと困る可能性がある。
それを懸念して、王はきっとそのような行動を取ろうとしたのだろう。
「あっ、王様、処罰とかはいいですよ!これも予想してたことですし、自分たちで解決できるならそうしたいです」
「む、そうか」
慌てて暴龍天凱が止める。
本人の言う通り、元から予想していたことだ。なので、その対策などはもう練ってある。
「先程のお話の続きですが、転移者にあまりいい感情を持っていない方々の認識を改めるために、一つ許可していただきたいことがあります」
「言ってみよ」
"転移者"反対派の貴族たちの認識をそのままにしておけば、突っかかってきたりモチベーションの低下に繋がるだろう。
かといって王が彼らに何らかの処罰をしようものなら、「転移者だけが優遇されすぎている」という認識を改めるどころか逆に熾烈化させてしまうことは明白だ。
そこでワタルたちは、少し前にクラスメイト総出で話し合った結果、ある行動をとることに決めた。
「私たち"転移者"とは、どのような人たちなのか?本当に僻み嫌うべき存在なのか?それを判断してもらい、私たちと貴族の方々との関係を崩さずに保つために──"おもてなし"の許可を頂ければと」
通称、みんなでなかよし大作戦。
その名の通り、クラスメイトたちがいろいろな人々と良好な関係を維持するための重要任務。
「確かにその方法ならば、関係も崩れることはない――いいだろう。」
王の許可もとった。クラスメイト間での打ち合わせも事前に完了。
舞台は整った。
クラスメイトたちと王都の人々の関係を賭けた壮大な計画が、今動き出す。




