9話:おや?この展開は……
すごく遅くなってしまった……
もうすぐ冬季休暇がくるので、少しはペースあがるといいけど……
長い廊下を広場から少し進むと、王宮の厨房がある。
現在ワタルたちの宿泊している客室とは反対方向にあるため、クラスメイトたちはほとんど来ることがないであろう場所だ。
しかしここに、探検の成り行きで厨房に訪問しようとする者が五名。メイド率いるワタルたちである。
この厨房は、外から料理風景が見える設計になっている。それ即ち、厨房からも外の様子が見えるということでもある。
料理長に弟子入りし、パーティー用の料理作りに励んでいる逸郎の視界に、厨房の外にいるワタルたちの姿が見えた。
「失礼します。料理長はいますか?」
「はい、何でしょうか?」
メイドの呼ぶ声を聞いて厨房から姿を現したのは、料理長だ。それに次いで、逸郎も一緒に出てくる。
両者とも、整った白い制服と縦長のコック帽を着用しており、料理長は勿論のこと、逸郎も様になっている。
二人が横に並ぶと、どちらもなかなかのイケメンだということも相まって、凄く絵になった。
きっとこれから先、もしずっと逸郎が厨房で働くのならば、彼らは女性陣の目の保養となり続けることであろう。
「いえ、特に何か用があるというわけではありませんが、料理の進捗が気になりまして」
「何だ、俺に会いに来てくれた訳ではなかったんですか」
「……馬鹿なことを言わないでください」
「はは、これは失礼」
料理長の冗談は、真顔でぶった切られた。
これには料理長も、笑って謝ることしか対処する術がなかったようだ。
「うわぁ、料理長……なんか可哀想」
「料理長、あんな冗談を言う人だったのか」
「え、違ったの?」
「ああ、普段だとキリッとしててかっこいい」
なら今はカッコ悪いのか。
逸郎の一言が、料理長の心に突き刺さる。
そんな料理長の心情など露知らず、メイドはすぐに話題を戻した。
「それで、結局のところ進捗はどうなんですか?」
「順調です。弟子である彼が手伝ってくれているので」
逸郎が照れる。
師匠に自分の腕を認めてもらったのだから、嬉しいのは当然であった。
あまり嬉しくない天職の"調理師"で良かったな、なんて思ってしまうほど。
逸郎のそんな表情を目にし、クラスメイトのワタルたちは目を丸くした。
逸郎はクールで通っているので、こんな表情もするとは知らなかったから。
と、そこでメイドが突っ込む。
「"彼"……?貴方まさか、弟子の名前を知らない訳ではないですよね?」
逸郎が、「あ、そう言えば……」という顔をした。
逸郎はまだ料理長に、名前を教えてもいないし教わってもいない。
両者とも、互いの名前を知らないということだ。
料理長も誤魔化すように、目線を泳がせた。
「はぁ……折角ですから、この機会に自己紹介をしては?」
「……そうします」
「しっかりして下さい」と言うかのように、メイドは溜息を一つ。
「あー、じゃあ改めて──ルーツ・ガウェインだ。これからよろしく」
「新崎逸郎です。よろしくお願いします」
料理長が佇まいを改め、逸郎に名を伝える。
乗じて、逸郎も料理長──改め、ルーツ──に名を伝えた。
二人は握手を交わす。
この自己紹介を機に、互いの結束が強まることになるだろう。
「では、私はこれで」
「なんだ、もう行ってしまうんですね」
「ええ。目的は終えましたし、私も他にやることがあるので」
そこで、本来の"料理の様子を見に来る"という目的を果たしたメイドは、厨房を後にしようと出入口の方へと歩き出す。
ワタルたちも急いでそれに追随した。
すると、メイドが出入口前で立ち止まって、逸郎に話しかける。
「逸郎様」
「はい、なんでしょうか」
「こんな人ですが......料理長をよろしくお願いします」
「本来であれば、俺の方がお願いする立場なのでは?」とは思いつつも、声には出さない。
「はい、一緒に頑張ります」
その代わり、そんな言葉を返す。
それを見たメイドは、少し微笑みを見せると、ワタルたちを後ろに厨房から去っていった。
逸郎とルーツは、ワタルたちを厨房の中から見送る。
五人の姿が完全に見えなくなり、厨房には料理人二人しかいなくなった。
「......はぁ、なんか一気に疲れたな」
「そうですね。というか、師匠でもあんな言葉を使うとは思いませんでしたよ」
「ああ、彼女とはいつもそういうノリでな......まあ、冗談を言っても、すぐ真剣に捉えるし、伝わってるかわかんないが。それも彼女のいい所なんだろうけどな」
「ポジティブですね」
「よく言われる」
ここからは、料理を進めながらも雑談の時間だ。料理をしながら逸郎とルーツが話し始める。主に逸郎が話しかける側で。
逸郎には、先程のメイドとの一連の会話の流れを見て、どうしてもルーツに聞きたいことがあった。
そろそろ頃合だろうと、逸郎はルーツに切り込む。
「師匠とさっきのメイドの人、どういう関係なんですか?」
「ん?ただの仕事仲間だ」
ルーツが無難な返事をする。
しかし逸郎は、ルーツの声のトーンが微妙に下がったのをしっかりと見逃さなかった。
話を始めるなら今だ。そう思い、逸郎はルーツにより深く切り込み始める。
「師匠、あのメイドの人のこと好きなんですか?」
「な、何を突然......理由を訊いてもいいか」
逸郎は思った。
この人、わっかりやっす、と。
なので、逸郎自身の推理をそのまま伝えることにした。
「まず、師匠の対応が人によって違います。それが、メイドの人と話す時に顕著に表れてました」
「お、おぉ」
「次に、先程師匠は、メイドの人のことを仕事仲間だとおっしゃいましたが、その時に声のトーンが微妙に下がりました」
「お、おぉ……?」
「僕はこれを、彼女をただの仕事仲間という関係に止めたくないということではないかと思うのですが、どうでしょう。合ってますか?」
「君、観察力すごいな!?」
「よく言われます」
珍しく、ルーツが大きな声を出す。図星だったのだろうか。
焦るルーツに、逸郎が畳み掛ける。
「で、結局のところどうなんですか」
「はぁ......そうだよ、その通りだ」
若干ニヤつきながら迫る逸郎に、ルーツは観念したように降参を告げた。
「ありがとうございます。その言葉が聞きたかった」
「あ、ああ。そうか?」
ニコニコしながらルーツを見る逸郎。そんな逸郎にルーツは、どうして笑っているのかを恐る恐る尋ねる。
すると逸郎は、こんなことを言い出した。
「いや、いい話の題材が増えたな、と思いましてね?」
こんな発言をされてしまっては、ルーツの心に余裕などない。バラされてはたまったものでは無いので、料理をしながらも掴みかかる勢いで逸郎に釘を刺す。
「正気か、君!やめてくれよ!?」
「大丈夫ですよ、話には匿名で出すので」
「大丈夫じゃない!俺の尊厳が......」
ルーツがこれほど大きな声で会話することはもうないだろう。
それくらいの声の大きさで少しパニックになるルーツをなだめるのに、逸郎の場合だとかなり時間がかかった、とだけ言っておこう。
厨房にはまだしばらくの間、二人の喧騒が続きそうだ。
「まさか、あの料理長に弟子ができているとは驚きましたね。しっかり師匠として模範になれるといいのですが」
厨房を出た後、メイドはルーツの心配をしていた。
それを聞いたワタルと暴龍天凱は、メイドの不安を減らそうと試みる。
「大丈夫だと思いますよ。料理長さんもしっかりしてそうだったし、新崎くんもきっちりしてるので」
「リュウちゃんの言う通り、あの人たちなら大丈夫だと思います。新崎君が羽目を外すなんて見たこともないし、聞いたこともありませんから」
「新崎さんはしっかりしていらっしゃることは理解しています。本当に不安なのは料理長の方ですよ」
料理長、このメイドには裏でも信用されていない模様。
ワタルたちの気持ちが"カッコイイ"と"なんか可哀想"が半々になるまで、ルーツの可哀想な評価が増してしまったようだ。
それはそうと、ルーツは何故ここまでメイドに冷たい対応をされるのだろうか。
確かにメイドの性格上、対応の仕方が冷たいと思われることはあるだろう。
だが、メイドのルーツに対しての対応は、"冷徹"と言うよりかはむしろ"心配"というように思える。
そこが気になったワタルたちは、メイドがルーツのことをどう思っているのかを聞いてみた。
何が心配の種なのか、どうしてそんなに心配するのか、と。
「彼は昔からああなんです。どこか鈍いと言いますか……料理ではそんなことないのに、普通に過ごしてる上では何かが抜け落ちているんですよ。料理している時みたいにきちんとしていれば、私がこんな心配をすることはないんですがね」
との事だ。
なるほど、言われてみれば確かに、弟子への自己紹介忘れなどの事故はあれど、料理となると完璧だ。逸郎と二人で作った料理も、素人の目にはどれも完璧に見えた。
だが、ワタルと暴龍天凱がもっと気になったのは、昔から、というメイドの言葉だ。
「そうなんですか……」
「昔から、ですか?」
ワタルと暴龍天凱は聞き逃さない。現代の高校生男子たち、特にワタルたちのような人たちは、他人の恋愛事情に敏感なのだ。
暴龍天凱はすかさず質問。メイドとルーツの関係を聞き出そうと感覚を研ぎ澄ます。
「はい、昔からです。私たちが小さかった頃、よく料理を作ってくださいました。その頃から一緒に王宮に就こうと約束していまして。それに、当時も今みたいに鈍いところがあったりしたんですよ」
「ほう……」と、二人の目が光る。
小さい頃から一緒。さらに、ルーツの話をする時は表情が些か綻ぶ。
これは確定演出では?と、目線を交わし合う二人に、メイドは怪訝な表情になった。
「……どうされましたか?」
「いやいや、なんでもないですよ」
咄嗟に誤魔化したのはワタル。
特に親しくもなっていないのにここで心の秘める部分に触ってしまっては、どうなるか分からない。
なので、今は二人の中に取っておくことにしたのだ。
「? そうですか……」
気にしても仕方がないと考えたのか、メイドは特に詮索することはなかった。
恋心を二人に知られてしまったことに勘づくのは、きっとまだまだ先の話だろう。
「……ワタルたち、怖い」
「今の若い人たちの心はわかんないなぁ」
メイドは引き続き、ワタルと暴龍天凱にルーツの事を話し続けている。
そんなメイドの話に、何度か目を光らせては目配せをし合うワタルたちをみて、サツキとエリアスは各々の感想を抱くのだった。




