3話:最後の訓練
「まあ負けはしたが、今のは序の口。次の組からは手加減なしで相手するから、次の組かかってこい」
若干言い訳のようなことを口にしながら、ブザルは陽月と星也との試合を終えた直後にも関わらず、直ぐにシールドの中に入った。余程悔しかったらしい。
双子の試合で勇気づけられたのか、その後はスムーズに挑戦者が決まっていき、次々とブザルと戦っていく。
だが、先のブザルは本当に本気でなかったようで、陽月と星也のように簡単にはいかず、全体の勝利成績は二割ほど。
流石に勇者と賢者、弓術士のバランスとステータスの高いチームが相手だと、団長とは言えど苦戦を強いられた。
そんなこんなでクラスメイト達最後の組が終わり、最初と同じようにサツキとエリアスが集合をかけた。
「いやー、流石は団長。かなり強かったね!」
「だが、その一団長にも引けを取らない年少者達も、中々な強さだったと思うぞ」
サツキが褒めると、ブザルからクラスメイト達へ賞賛の言葉が贈られた。
自分よりも腕が上の者からの賞賛は、素直に嬉しいもの。クラスメイト達は喜び合い、互いに笑顔を向けあっている。
そんなクラスメイト達を見てブザルは、意外にも優しげな笑みを浮かべていた。
「今回の模擬戦で気がついたことがある」
だが、表情をスっといつもの顔に戻すと、ブザルはおもむろに話し始める。
クラスメイト達も、ブザルの話を聞くために、会話を直ぐに一時中断してブザルの方を向いた。
「コンビネーションと勝率の相互関係についてだ。今回戦った組の中には、コンビネーションがとても上手い組とそこそこな組、あまり出来ていない組の、大きく分けて三つあった」
クラスメイト達は真剣に聞いている。
それを確認すると、ブザルは再び話を紡いだ。
「天職の相性が関係するところもあっただろうが、コンビネーションがきちんと取れている組は、私からすると隙がなかった」
「確かに、最初の戦いでは全然攻撃できてなかったもんね」
サツキの補足に、頷くことで同意を示す。
「そう。コンビネーションを徹底することで、一人では防ぎようのない攻撃も防げたり、少しの隙も自分達のチャンスに変えられる。一人で戦うよりも、圧倒的に隙が少ない」
全員をゆっくりと見回して続ける。
「だから、実力が同じくらいの相手と戦う場合は、コンビネーションが取れている方が勝つ。これは、覚えておいて損は絶対にないと思う。今後模擬戦などの練習を積む場合は、実力も大事だが、コンビネーションも意識してみてくれ」
「わかりました」と、クラスメイト達の返事が返ってくる。
それを確認し、ブザル再び優しい笑みを向けた。
「ブザルくん、ありがとうございましたー!みんな、今言ってたことをしっかりと行動に移して行きましょー!」
サツキが締めると、何やらエリアスがサツキに耳打ちしだした。
顔を離すと、二人同時に悪い顔へと変わり──
「さて……ブザル団長の教訓も終わったし……」
「次はアタシとご主人だよね?」
実に悪い笑みを浮かべながら、模擬戦の申し込みをブザルに突きつけた。
流石にこれにはブザルも応じたくないので、拒否する。
「え、いやいやいや……死ぬだろ」
「保護魔法かけるから……死にはしないよ……」
「いや、だが……ほら、もう若い連中の番はもう終わっただろう?お前達二人ももう終わりだ」
「さっき『小さい方』って呼ばれたんだけど。なら、アタシも範囲に入ってるよね?」
「それは謝る。謝るから──おい、やめろ、引っ張るな!そっちはシールドの方だぞ!?」
「これでいいの……いいから、早く戦う……」
「絶対恨みしか篭ってないだろ!」
「いやー、ソンナコトハナイヨ」
「私に拒否権は無いのか!?」
「「ない」」
拒否しようとしても出来ないような理不尽がそこにあった。二人はブザルに、何かの恨みを持ってらっしゃるようだ。
「っ、いいよもう!やるなら最後までやってやる!来い!」
ブザルは、半ばやけくそ気味に剣を構えた。涙目である。
サツキがブザルに対峙し、エリアスはサツキの後ろでクラスメイト達に何か語りかけている。講義の続きだろうか。
「えー、皆さん……先程団長さんは、コンビネーションが大事だと言いましたが……時には、それだけでは解決できない場合があることを知っておきましょう……丁度、今のように」
クラスメイト達が、少し困惑する。そういえば、まだサツキの戦闘スタイルを知らない。
兵士たちが襲撃してきた時も、戦っていたのはワタルと暴龍天凱、それとエリアスだった。
なので、サツキがどんなことをして戦うのかをまだ知らないのだ。
エリアスの講義はもう少し続く。
「ちなみに、サツキの戦闘スタイルは魔法です……参考になれば、参考にしてみるといいでしょう……あ、あと、自分より相手が強い場合は……無理をせずに逃げるなどの方法も取りましょうね……」
──あれ、逃げるって言っても、展開的に無理じゃない?
そんな感想が聞こえてくるが、エリアス先生は華麗にスルーした。
そして、適切な策を取らないとどうなるかを、皆に教える。
「この場合は、逃げないと……こうなります」
「ご主人、もういいー?」
「いいよ、やっちゃって……!」
「はいよー」
エリアスの許可が降りた直後、サツキは指をパチンと鳴らした。
すると、ブザルの周囲に約五十個もの"炎弾"が出現する。
続けざまにもう一度指をパチンと鳴らすと、次に出てくるのはそれぞれ五十個程の"雷弾"と"水槍"。
後から出現したそのふたつは、バチッという音を鳴らしながら合わさると、高圧の電気を帯びた水槍へと変化した。
更に指を一振りすると、魔力でできた弾が、これまた五十個程、ブザルの周囲に浮かぶ。
攻撃の準備全てが完了するまで、三秒。それも詠唱無しで。
それは、真昼に輝く壮大なイルミネーションの如く。
なるほど、エリアスの言う通りである。参考にできるなら参考にする。ただし、必ずしもできるとは言っていない。否、もはや出来ない領域だ。
つまりは、「真似できるなら真似してみて。出来ないけど」ということだろう。
クラスメイト達はその美しくも非情な光景を唖然と見つめ、ブザルは苦笑いを浮かべている。
「じゃ、頑張って防いでみてね!」
短い言葉を合図に、空中に浮かぶ数々の魔弾がゆっくりと回転・収縮を始める。
と思えば、ブザルに触れるか否かというギリギリの位置まで近づいた途端、一瞬だけシールドに接するように大きく拡がると、一斉にブザル目掛けて飛来する。
今度こそブザルに猛攻が直撃するというその直前。サツキはブザルに何かを話しかける。
「次に『小さい方』なんて呼んだら──次は保護無しで戦ってあげるね」
「やっぱり私怨じゃ──」
……普通に私怨だった。
言葉を最後まで発する前に、ブザルは魔弾をしこたま喰らって爆発した。どうやら"炎弾"には、着弾すると爆発する仕組みが搭載されていたらしい。
シールドが揺れ、それを見ていたクラスメイト達の瞳も揺れる。サツキちゃんって、こんな子だったの……と。
凄まじい土埃が晴れ、シールドの中からサツキが姿を現す。
「みんな、おつかれー!今回の講習は、これで終わりだよ!学んだことをしっかり活用して強くなっていこうね!」
実に清々しい笑顔を浮かべてらっしゃる。
返り血はついてないが、返り土が服についているので、どこか恐ろしく見えてしまう。否、返り土が無くても恐ろしく見えてしまう。
今のサツキは普通に怖かった。
この事件の後、クラスメイト達の間では、「サツキとエリアスだけは怒らせてはいけない」という暗黙の了解ができたという……
ブザルが目を覚まし、サツキへの認識が少しだけ変わり、やっと全員の準備ができた頃。
全員が転送ゲートの前に集合した。
前回と同様のエフェクトと共に、サツキが新しく王都へのゲートを作成する。
「さて、みんな、準備はいい?出発するよー!」
出発の時間がやってきたのだ。
クラスメイト達も、それぞれで談笑している。異世界の街を訪れるのは初なので、楽しみな様子。
その中でも、ずっと王都訪問を楽しみにしていた者が二人ほど。ワタルと暴龍天凱である。
二人は目をキラッキラさせてゲートを見ている。
「ギルドとかあるのかな?」
「リュウちゃん。ギルドは必須だよ。無いなんて考えられない……」
早くギルドなどの異世界の産物を目にしてみたいようだ。もっとも、それはクラス男子達も例外ではないようで、互いに妄想を語り合っている者たちもしばしばいる。
「じゃあ、王都に転移するから、ついてきてね!」
サツキの指示が飛ぶ。
サツキとエリアスが一番手でゲートを潜り、次々にクラスメイト達が続けざまにゲートに入っていく。
自分たちの番が来るまで、ワタルと暴龍天凱はずっと話していた。
「──いよいよ王都だ……なんか緊張するよ」
「わかる、心臓が止まらない!」
「リュウちゃん。止まったらダメだからね?」
そんな言葉を交わしながら、クラスメイト最後の二人はゲートを潜った。
ブザルが最終確認のために周囲を見渡し、ひとつ頷くとゲートを潜る。
直後、帝国行きのものと王国行きのゲートが消えた。サツキが消したようだ。
後には、最初にクラスメイト達が転送されてきて、少し片付いた広場があるだけ。簡易キッチンは片付けられ、簡易ベッドは解体されて一箇所に固められている。
誰もいなくなって元通りとなった島は、何故か一気に寂しくなってしまったように思えた。
ワタルたち、王都へ。
この話を書いている間、何故か異様に筆が進みました。
……だって王都楽しみなんだもん。




