14話:地獄の一ヶ月
「……えーと、皆さん、こんにちは……」
「こんにちは〜」
クラスメイトの一人が挨拶を返す。
「……私はエリアスといいます……。今から皆さんに、魔法を教えようと思いますので……よろしくお願いします……。あ、私のことは……エリアスと呼んでもらって……」
一夜明けて始まった、魔法教室第二講。
日が昇ると同時に開講した。
今回の講師はエリアス先生です。
「礼ッ!」
「「「よろしくお願いしま〜す」」」
遼真の号令を筆頭に、クラスメイト達の挨拶で幕を開けた第二講。まずは基礎から学ぶのは、どの世界でも共通の学習法である。
国語や数学と同様に、魔法もその原理を学ばないと使えない。公式を覚えるのと同じだ。
「……えーと、まずは……属性についてですね……第一講を受けていた人達はもう知ってると思いますが……一応、復習のために見ておくのがいいと思います……」
では早速始めます、という言葉を合図に、魔法の解説をしていく。
七つの属性と、魔法を使用する前提条件を説明し、ステータスブロックをクラスメイト達に渡す。もちろん、空間断裂で今取ってきたものだ。
因みに、兵士達を放り込んだ光の膜はこれと同じものらしい。要はエフェクトの違いだ。
「その技、サツキたんのと同じ……?」
悟が、キツネ状態の時に使った空間断裂と同じものだということに気がついた。
「あ、同じっていうか、アタシがサツキだよ」
「昨日のキツネは……?」
「それもアタシだねー」
「??どういうことだ?」
何も知らないクラスメイト達もいる。
どう説明しようか。
変身ができるということを今明かしても、これからの進行に支障は出ないだろうか。
うーん、と唸り、ワタル達を見る。
サツキを見て、三人は頷いた。どうやら変身して説明しても構わないらしい。
許可は貰ったので、実際に目にすることで納得してもらおうと、変身の準備を始めた。
「コレ見てもらえば分かるかな」
そう言うと同時に、光の玉がサツキの周囲に現れる。
それはサツキを飲み込み、一瞬強い光を放つと消えてなくなった。
後には一匹の美しい毛並みの狐がいる。
『アタシは、人の姿と動物の姿で切り替えられるのさ』
「おお……」
「……すげ、ファンタジーだな」
佑介が思わずといった様子で言う。
ワタルと暴龍天凱がそちらを見ると、驚いた顔の悟と、目をキラッキラさせた佑介がいた。
佑介とは話が合いそうだ。
「これで納得してもらえたかな?」
「ああ、ありがとう」
再び人の姿に変身して、エリアスが授業を再開する。
「……えー、では、授業を再開しますね……今渡したブロックに血を一滴垂らすだけなので……では、やってみてください……」
ステータスブロックに血を垂らす作業。そう、それは魔の所業。何をするのか分かっていない人たちに、一瞬にして恐怖を与える悪夢。
体感した者にしか分からないあの恐怖が、当事者五人の間に渦巻く。
例えるならば、そう、母親と共に歯医者へと出向く瞬間。
お菓子を買う、という甘い言葉で注意を逸らし、母に期待してついて行ったあの夕方。
だが、着いた先は”駄菓子屋”という桃源郷などではなく、”歯医者の玄関”という名の地獄門だった。
『風刃』を体験したワタル達が感じた恐怖は、正にそれなのだ。
五人がスッと後ろを向いた。見たくないとでも言うかのように。視線は遠く彼方へ……
「でも……エリアス先生、血なんてどうやって取るんですか?専用の道具があるとかですかね?」
毎度恒例の言葉をエリアスに言ったのは、あかり。さながら足を踏み外して罠にかかってしまった羊のよう。
しかし、エリアスという狩人は罠にかかった獲物を決して逃がさない!
「……そうですね……では、魔法が得意なサツキに任せましょう……お願いします」
「はいはーい、じゃあ君たち、ちょっとその場に立ったまま動かないでね?」
何もわからないので、言われるがままに動かなくなるクラスメイト達。
だがその行動が、数秒後には後悔へと繋がる一本道を作り上げた。
もう逃れられない。
精巧に作り上げられたマネキンの如くその場で固まるクラスメイト達を、ワタル達は悲しそうに見てから、再び視線を彼方へ飛ばした。
「じゃ、行くよー、動かないでね〜」
「え、なんで?」
「魔法はコントロールを維持するのが難しいのさ──『風刃』」
クラスメイトの一人の質問に答えた直後。幾つもの風の刃が、予め引かれた線路をなぞるように曲がりながら進む。
反応する猶予も与えずにクラスメイト達全員の指を掠めたそれは、スピードを緩めることなく進み、その向かいにあった倒木を輪切りにして消えた。
「……使う魔法が多いほど、使う魔力も大きくなるので……今のサツキのように多数放つのではなく、如何に少ない手数で相手にダメージを与えるか……というのも大事です……」
硬直している男子生徒と泣きそうな女子生徒、そしてあまり動揺した様子の見られない先生を見て、ワタル達は同情の眼差しを彼らに送った。
この時点で、動揺しない先生を意識していたのはサツキだけだった。
そんな彼らの様子には目もくれずに、無慈悲と言っていいほどスムーズに授業は進んでいく。
「はい、では……先程渡したステータスブロックに、血を一滴垂らしてみてください……」
言われた通りに、魔法陣が描かれている部分に各自指を触れさせる。
すると、空中にホログラムのような物が投影される。
「な、なんだこれ!?」
「おお、なんかアニメっぽいな」
クラスメイト達から、そんな声が聞こえてきた。
「……ここからは、第一講を受けた五人もまだ学んでいない事なので……五人も、ステータスブロックを用意してください……」
「さっき渡したステータスブロックを使ってね〜」
「わかった」
ここからは、ワタル達も参加して授業が進む。
属性については説明したので、次は実習だ。
「では……その出てきたホログラムを見てください……自分の名前、年齢、職業、ステータス、技能が記されているので、各自で確認してみましょう……」
エリアスに従い、先程確認し損ねた悟達も一緒に確認する。
「私は……『奏楽士』?吹奏楽部だったからかなぁ?」
「『操風士』か、名前からして風の魔法だろうな」
「おお、『竜騎士』!?かっこいい!」
自分の職業を見て、喜びの声を出す者もいる。だが、もちろん逆も有り得る訳で……
「ちょっと待ってよ、『神絵師』って何!?確かに私は絵描くの好きだけどさ!」
「……おい、オレが幾らガラの悪い見た目してたってよ、『狂戦士』は酷いんじゃないか?」
「『調理師』……まあ、だいたい予想はついてた」
各個人から見て、ふざけた職業名だと衝撃を受ける者たちも多数いる。
因みに、悟、佑介、優香、そして皆の聖母様は……
「あら、『弓術士』。まあ、妥当よね」
「私は……『療養士』?アニメとかでよく見る回復術士とは違うの……?」
弓道部の優香は『弓術士』、聖母様は『療養士』だった。
そんな中、佑介がホログラムを凝視して固まっている。
そんな佑介を不吉に思った悟は、取り敢えず原因を聞いてみることにした。
「……」
「佑介、どうした?」
「いや……悟。ほら、夢が叶う瞬間って、こう……形容し難い何かがあるだろ」
「ゆ、夢が叶ったって、お前まさか……」
ぐふふふふ、と気持ち悪……気味の悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりとステータスブロックを悟と優香に見せる。
そこには何と……
「「賢者!?」」
「嘘だろ、一体どこに適性が……」
「どこにって……全部だろ?」
「賢者に筋肉なんて必要あるか……?」
「あったり前だ。いつか思い知らせてやるぜ、この上腕二頭筋でな……!」
一人の賢者が誕生していた。筋骨隆々の賢者が。
指示を出さないでいたら、杖で敵を殴り倒していきそうだ。
「あ、悟はどうだったんだ?」
脳筋賢者が、ふんぞり返りながら悟の天職を聞く。
すると悟は、「あー……」と気まずそうに視線を泳がせた後、スっとステータスブロックを起動させた。
不都合な天職だったのだろうか。
その答えは、『どちらとも言えない』だ。
戦闘能力は申し分なく、立場も高い。
だが、一部の小説を読むことで、悟はその職業の大変さや民衆への対応の面倒くささを理解していた。
世界的には限りなく都合のいい天職だが、普通に生活をするとなるとあまり都合の良くない天職。
佑介と優香の視線が、悟の天職の欄に留まる。
二人とも直ぐにはその天職の意味を理解できなかった。
「「……勇者!?」」
思わず叫ぶ。その叫び声に反応して、クラスメイト達がぞろぞろと寄ってきた。
「勇者!?見せてくれ!」
「まあ、悟だったら納得だね」
「勇者すげぇ!俺もなりたかったわー」
──勇者。
それは、誰もが恐れる困難に、勇気を持って立ち向かう者。
どんな事があっても、危険を顧みずに戦う戦士。
仲間や世界中の人々を救うために立ち上がり、世界に蔓延る邪悪と戦う正義。
そんな輝かしい天職をこれから何に使うかは、悟次第である。勇者という職業に恥じない行いをするであろうことは、そのリーダー向きの性分から明らかだが。
よって、クラスメイトたちが悟の天職を見て納得するのは、ごく当然のことのように思える。
その後クラスメイトたちは、嬉しい声やら残念そうな声やらを響かせながら、各々ステータスの確認を終えていった。
そして、クラスメイトたち全員が天職を確認し終えたので、ここからはエリアス先生&サツキ助手の猛特訓講習が始まる。
「さて......全員が確認し終わったとのことなので......ここからは、いよいよ実際に魔法を使っていこうと思います......」
魔法実技と聞いて盛り上がるクラスメイトたち。
頑張って早く習得してやる、と息巻いている彼、彼女らのやる気は、エリアス鬼コーチの鬼トレーニングの下でどれほど長続きするのか。
と、ちょうど魔法講座を始めるという時に、広場の端に移動させておいた『ゲート』から兵士が一人出てくる。
「突然で悪いが、王から『転移者たちの中に良い天職持ちの者がいないか確認してこい』と勅命を受けた。誰か、王へ報告するに足る人材はいないか?」
話を聞けば、どうやら転移者の中にはレアな天職を持った人が多くいるのだという。
もしかしたらそのような人材がいるかもしれないとあたりを付け、この兵士は王の命で再び派遣されてきたとのこと。
「あ、いるよ。悟って子なんだけどね」
「ほう、では、ステータスを見させてもらおう」
サツキが悟を指名し、ステータスブロックを起動した。
空中にホログラムが映し出され、そこには『勇者』の文字が。
兵士は少しの間呆然とそれを見ていた。
サツキが「そろそろいいかな?」と兵士に問いつつ、ステータスを消す。
その声でハッとした兵士は、溜息を吐きながら申し訳なさそうな声音で全員に告げた。
「おぅ……これは国家間会議モンだぞ。取り敢えず、勇者が現れたと報告してくる。会議は多分長くなると思うから……一ヶ月は覚悟しておいてくれ」
「はいはい、ご苦労様〜」
サツキがおざなりな感じに返答すると、駆け足でゲートに入って行った。
「だってさ。だからみんなには、この一ヶ月で魔法の基本と応用ちょこっとをマスターしてもらうね」
「サツキと私も頑張って協力するので......早めに覚えて、色んなことをしましょう......」
「「「はーい、わかりましたー!」」」
クラスメイトたちの元気な返事が森に響く。
果たして、一ヶ月後のクラスメイトたちはどんな成長を遂げているのか。
これから先の一ヶ月。その間に幾つもの悲鳴が飛び交うことになるなどということは......現時点ではサツキとエリアスを除き、誰一人として予想だにしていなかった。
「さて、始めますかー」
「......死なない程度に頑張ってくれればいいけどね......」
小声にして、周囲に聞こえないよう呟き合う少女と妖狐。
エリアス先生のスパルタ魔法講座と同時に、ワタルたちの異世界生活が幕を開けた。




