11話:怒りの向く先は
移動中。
車のようなスピードで木々の間を縫うようにして駆けていくワタル達。
一刻も早く到着し、クラスメイト達を救わなければならない。
「……」
時間が経つにつれ、エリアスの禍々しいオーラが少しずつ広がっていく。
こちらを早く鎮めるためにも、クラスメイト達を救うことに全力を出さなければならない。怖いエリアスの影響で死人が出る前に。
サツキが人の姿に変身した。オーラを中和するかのように、辺りに光の粒子が少量撒き散らされる。
──生徒に……………ないで………さい!
笹野先生の叫び声が、微かに聞こえた。
ワタルと暴龍天凱は唇を噛み締め、エリアスの発するオーラは更に濃く、広くなった。
笹野先生の声が聞こえるということは、クラスメイト達がいる場所に近づいている証拠。もうすぐ着くかと推測したワタルは、サツキに問いかける。
「もうすぐかな?」
「うん、かなり近いと思うよ。先生の声が聞こえてきたもんね」
「サツキたん、あとどのくらいかな?」
「もうすぐそこ。目と鼻の先だよ。減速した方がいいね」
人の姿に変身したサツキが答える。
サツキの返答を聞いて、四人は常人が走るくらいの速さまで速度を落とした。
森の一部で開けた場所が、木々の間から見えた。
複数人で固まっているクラスメイトもいるが、現在進行形で襲われている生徒が三人。
皆揃って、表情に絶望を宿していた。
(皆からあの人たちを引き離すには、何をすればいいかな……)
暴龍天凱が考える。
そして、思いついた。
「ワタルくん」
「うん」
たったそれだけの言葉と、他人には意味不明のハンドシグナル三つだけで意思を汲み取ったワタルは、サツキにある注文をした。
「今、強い光出せる?」
「できるけど、やる?」
「頼んだ」
注文の意図を理解し、光球を作り出す。勿論、詠唱無しで。
その強い光は、ワタル達に見覚えのあるものだった。サツキの変身中に出てくる光の粒子の拡大版だ。
それについては後で本人に聞くとして、今起こっていることに集中する。
まず、クラスメイト達から帝国兵を引き離すには、順を追って行動する必要がある。サツキの光球は、言わばそのための布石だ。
注意を自分達に向けさせて、クラスメイト達の安全をできる限り確保する事が第一優先。
サツキが前に出した拳を握りしめると、光球は先とは段違いの輝きを放った。
広場側から見れば、森の一部が突然輝き出したように見えただろう。
クラスメイトを含め、全員が一斉にワタル達の方を向いた。
注意を引き付けたタイミングを見計らい、ワタルと暴龍天凱が広場へ飛び出す。
「「みんな、大丈夫!?」」
「航さん!暴龍天凱さん!」
笹野先生が最初に声を上げた。
次いで、クラスメイト達の間にざわめきが広がっていく。
藁にもすがる思いでワタル達に助けを乞う者もいるが、大半は絶望している。
クラスでも対して目立った存在ではなく、常にゲームをしているという印象が強い二人が帰ってきたということは、犠牲が二人増えるだけというのが共通意見だ。
誰だってそう考えるだろう。
ワタルだってそう考えるだろうから。
「なんだ貴様らは?まあいい、捕らえておけ」
「! 航さん、暴龍天凱さん、危ないです!」
四人いる兵のうち二人、ワタル達を捕えるために歩み出る。他の二人は、あかり達の場所から見向きもしない。
それでは意識を引き付けた意味が無い。残り二人の意識も、こちらへ誘導する必要がある。
なので、先程考えた技を実行する。
「鉱物操作」
ただの石ころでも鉱物と認識されるようだ。なら、そこら辺にある石ころだって操作できる。
「なんだ、鍛冶師か」
兵士の一人が嘲笑う。
「おい坊主。悪ぃが、ちょっと拘束すっから。大人しく縛られてくれないか?」
「答えは想像つくよね?」
「……はっ、やっぱり力で大人しくさせないとダメかね?」
手の上に頭くらいの大きさの岩ができた。
兵士が武器に手を掛けた。
「お前たちが、力で?」
暴龍天凱の言葉に、兵士の頬がピクリと動いた。顔から表情が消える。
「おっと、ただの糞ガキと栄誉ある帝国兵との格差もわからんほど、お前らはバカじゃないよな?」
「ああ、そこまで僕達は馬鹿じゃない」
「なら──」
「ああ、分かるさ。根から腐りきった性格してる帝国兵とか言う阿呆共と僕達の違いくらいはね」
ワタルと暴龍天凱はそのまま続ける。
ワタルの手元にあった岩は、会話をしている間に、鉱物操作によって溶けるように床に垂れ流れ、地面に広がっていく。
「そんなのが力で?」
「所詮下っ端であろうお前たちが、ボクたちを?」
「「笑わせるなよ、下っ端が」」
「てめぇっ」
兵士が武器を振り下ろした。
クラスメイト達からは悲鳴が上がる。
兵士とクラスメイト達は、切り裂かれて血を吹き出すワタル達を幻視した。
だが、現実はいつも、予想の斜め上を行く。
地面に広がった液状の岩から固形の岩がせり出し、剣の一撃を防いだ。
続いて二撃、三撃と迫るが、同じようにして防ぐ。
変化は五撃目に起こった。
防ぐのは今まで通りに。だが今度は、その岩から突きが兵士目掛けて飛び出した。
ただ吹き飛ばすことだけを目的としたので、殺傷能力は無い。
突然勢いよく飛び出してきた岩の柱に反応しきれず、兵士は吹き飛ばされていった。
ワタルの背中を守る暴龍天凱の方でも、戦闘が起きていた。
ワタルの相手の兵士とは違い、暴龍天凱の方の兵士が使う武器は槍だ。
鋭い突きを放ってくるが、魔法でお構い無しに防いでいく。
「今回は水魔法の練習をしてみようかな、っと」
「ふざっ、けるなぁっ!」
水でできた縄を操り、槍を絡めとることで防ぐ。かなりの高等技だ。
余裕の表情で攻撃を防ぐ暴龍天凱に、兵士は突きを放ち続けながら怒声を浴びせる。
しかし、後ろのワタルが兵士を吹き飛ばしたのを確認し、暴龍天凱は練習をやめた。
「練習は終わりみたいだね。それじゃ、仲間のところに行ってらっしゃい」
「何だと!?」
兵士の足に水の縄を巻き付け、腕を大きく振るう。
するとその動きに合わせて、水の縄は掴んでいた兵士を投げ飛ばした。
「さて、やっと僕の考えた戦い方を試せる」
「じゃあ、いざと言う時は援護はするから近接はお願いね」
「ありがとう」
すると、また手元に岩を集め始めるワタル。
更には、自分で身体強化魔法まで掛けた。
実は先程エリアスに、身体強化魔法の使い方を教えて貰っていたのだ。
どちらかと言うと、脳に直接刷り込んだという表現の方が正しい。
向かいには、四人の兵士がいる。あかり達の場所から見向きもしなかった兵士二人が、これはまずいと思い加戦したのだ。
四人重なろうが、今のワタルと暴龍天凱に勝てるとは言い難いが。
身体強化したワタルと二人の兵士が対立する。
一人が雄叫びを上げながらワタルに襲いかかる。
「まずは貴様からだ!」
「やれるもんならね」
だがワタルは、手の上の岩を操作しながら、そんな言葉を返す。
「対人戦は初めてだから──変に怪我しても文句言うなよ?」
そう忠告しながら創造するのは、相手の兵士の武器と似ているが異なる武器。
円錐状の細長い刀身。軽く振りやすい造形のその武器は──レイピア。
剣同士がぶつかり合う硬質な音が広場に響く。
兵士がバックステップで下がり、その後ろからもう一人の兵士が槍を突き出す。
ワタルはレイピアを分解。頑丈な盾を左手に形成した。
そして盾はそのままに、右手に短剣を創造。
突きの一撃を盾で軽くいなし、無防備となった背中に短剣でカウンターを決める。
だが、ガードしていなかったとはいえ鉄製の鎧である。そう簡単には貫けない。
強化された筋力で吹っ飛ばし、鎧を少し凹ませるだけに留まった。
次いでその身を両断せんと剣を振り下ろす兵士を一瞥し、ワタルも横に飛び退いて回避。
着地先でバク宙をして三メートル程距離をとり、暴龍天凱の元へ戻るためにもう三度地を踏む。たったそれだけで、十メートル以上の距離が開いた。
「ワタルくん、アタシ達は出番なさそうかな?」
「うん、思ったより弱かったし。苦戦することは無かったからね」
「それは何よりだよ。怪我しないよりはいいよね」
雑魚扱いされて激昂した兵士が、四人一斉に距離を詰めようとした。
だが、直後に目に入った狐耳の少女と森から現れた少女を見て、その足が止まってしまう。
「私は……ちょっと出番が欲しいですね……」
理由は二つ。
まず、美人すぎるため。クラスメイト達も、少女を見て感心の声を漏らしている。
兵士達の野性的な願望は当然湧いてきたのだが──
そんな願望は、もうひとつの理由によって折れた。
もうひとつの理由は、少女から出る尋常ではないオーラが、彼らを萎縮させたため。
「あ、あのー、エリーさん?どうしたの?」
「ご主人、抑えて!抑えて!」
「え、エリィ、おつちこう?」
「リュウちゃんも落ち着いて!言葉が変になってる!」
悔しながらも自分たちでは倒せなかったワタル達ですら、そのような態度なのだ。
兵士達は身構えた。
腰が引けながらも、きちんと戦闘の構えをとるところは、帝国兵の威厳というものが伊達ではない証拠だろう。
だが、相手が悪かった。
何やら話し合っていたワタル達から、エリアスが進み出る。
更に身構えた兵士達に向かって、エリアスは言った。
額に青筋を浮かべながら。
無機質な目に影を差して。
とてもゆっくり、言い聞かせるように。
エリアスの口が開く。
一瞬で距離を詰められた。
光の消えた目が四人に向けられ──
「……あなた達……ちょっとだけ、遊びましょう……?」
その言葉を合図に、蹂躙劇の幕が開いた。




