8話:クラスメイト達の危機
一方その頃。
ワタルたちがダンジョンを出た頃、ワタルたちとは別の二班は、それぞれの仕事を終え、ワタルたちの帰りを待っていた。
「さて、僕達の指示されたことは全て終わったので、あとは自由行動です。危険のないように、各自自由に行動しましょう」
「先生、自由行動とは言っても、何もすることがないのですが……」
一度集合して、この後することについて相談するつもりだったが、特にやることもなかったため自由行動としたのだが、この空間で何をしろというのか。そんなみんなの異議を代弁したのは、藤井あかり。
いつでもふわふわニコニコした空気を纏い、いつも場を和ませてくれる、おっとり系女子である。
ブロンズの髪をストレートに下ろしている高速母性生産機な彼女の人気は、優香と同様凄まじく、ファンクラブがあったほどだ。
ちなみに優香のファンクラブもあって、一時期は二つのファンクラブ同士が対立し、優香とあかりを困らせたこともあったのだが、一年ほど前に和解し、今では学校中に『優香とあかりの可愛い姿が見たい同盟』の名をあげている者が多数いるらしい。
対立していた時とは別の苦労が出てきた為、二人はその時と同じくらい困っているようだ。
あかりが何をすればいいのかを問うと、いよいよ笹野先生は何をすべきかが分からなくなってしまった。
そんな時、笹野先生に救いの手が差し伸べられた。
「先生ッ!この場合、夜に備えて暖を取る準備をした方がいいかと!」
「確かに、夜が心配ですね。遼真さんの言う通り、夜に向けて今できることをしておきましょう」
手の主は、熱血系男子、焔遼真。赤みがかった茶髪をボウズに仕立てあげた、野球LOVEな野球部キャプテンである。
家族でよくキャンプへ行くため、サバイバル知識は豊富。他のクラスメイトが慌てている間、「ここでサバイバルできるのか。楽しそうだな!」と、一人でワクワクしていたのは秘密である。
そんなサバイバル上級者の言うことだ、やることは正しいのだろう。笹野先生も、遼真の提案に賛成し、全員が遼真に従うよう促した。
──三十分が経った。
暖を取る用の薪を全員で拾い、倒れた木から葉を取ってきて、大きな簡易ベッドもいくつか完成した。今日はここで夜を明かす予定だ。
帰ってくるワタルたちをみんなで迎えようという笹野先生の提案に、場にいる全員が賛同したため、焚き火を焚いて待つことにした。
笹野先生が、薪を置き、火を点けようとしたところで、火種がないことに気がつく。
火種となりそうなものがないかを遼真に尋ねるが、
「この辺探してみましたけど、火種になりそうな物はないっスね!」
どうやら、探した限りはなかったようだ。
サバイバルのプロがないというのだから、素人の自分たちには尚更見つけられないということは、誰だって分かることである。
火種に早々に区切りをつけ、ワタルたちが帰還する時についでに火種となるものを持ち帰ってきてくれることを願いながら、焚き火は断念した。
日が傾き始めた。
本来ならば明かりが欲しいところだが、火がないので、松明はおろか、焚き火すら焚けない。
「航さん達、遅いですね」
先生が声をこぼす。
確かに、もう帰ってきてもいい時間だろう。
転送された時よりは結構広くなった、整理された土地の中心で、ワタルのクラスメイトたちは集まっていた。
「事故とかに遭ってなければいいけどね!」
「迷っちゃってたりして!」
不吉なことを言うのは、双子の天海兄妹。
兄の天海星也、妹の天海陽月である。
小さな頃から悪戯常習犯だったこの双子は、高校生の後半を越えた今でも、その悪戯好きは健在である。
その罰が当たったのかは知らないが、身長は少し低いままである。
……暴龍天凱の方が低いが。
「こら、そういうことはあまり言っちゃいけません!メッ、だよ!」
「「は〜い」」
そして、あかりの母性に包み込まれて、二人は静かになった。
笹野先生が天海兄妹の悪戯の対応に困っている時などに、あかりの存在は非常に頼りになる。もはや、傍から見れば完全に親子であった。
「そろそろ来るって言ってるんだから、変なこと言わないの!わかった?」
「「分かりました〜」」
「お、噂をすれば、ワタルたちが帰ってきたみたいですよ、先生!」
あかりの説教が終わったところで、遼真がワタル達と思われる人影を見つける。夕焼けが逆光となって顔はよく見えないが、だんだん薄暗くなってきた森の中を松明で照らしながら進んでくる。
だがその光景に、笹野先生は違和感を覚えた。
まず、松明。
その人影が持っていた松明には、鉄の部品で装飾が施してあった。ワタルたちが松明を作るならば、木の棒の端を少し燃やすだけでも十分だ。そもそも、装飾する技術などは持ち合わせていない。
実際は技術だけは持ち合わせているが、笹野先生達はワタルたちが”技能”を得たことを知らない。そもそも松明に装飾する必要なんて無いので、結局その違和感は的を射ている。
そして、彼らが鳴らす音。
一歩近づいてくる度に、足音が鳴る。制服を着ているワタル達であれば、スニーカーで土を踏みしめる音が聞こえてくる筈だ。
だが、笹野先生達が聞き取ったのは、そんな音ではなかった。
ガチャン、ガチャンと。
鉄等の鉱物でできた装備でもない限り、そんな音はならない。
鉄製の制服?論外だ。
この足音は、鉱物でできた防具が、歩く時にぶつかり合う音。
更に、帰ってくる方向。
一部のクラスメイトは、ワタル達が森の東側を探索すると言う情報を耳にしている。勿論、笹野先生も聞いていたので、そのことは知っている。
にも関わらず、彼らは北西からやってきた。
帰ってくる方向。鉄で装飾された松明。鉱物でできた防具。
三つの条件が揃った。証明終了だ。これはワタル達では──
「皆さん!隠れてください!彼らは航さん達ではありません!」
先生が声を張る。その声を聞いて、クラスメイト達は各自隠れようとする。
簡易ベッドの中。木の陰。草むらの中。とにかく、どこでもいいので隠れられる場所に。
「そこにいる者、誰だ!」
「変わった服装だな、どこの奴らだ?」
「とりあえず、取り押さえろ!」
笹野先生が声を張ると、そんな声が聞こえて来る。それと同時に、かなり手馴れた様子で包囲されてしまった。
実は、クラスメイト達が包囲された相手は、この世界の一国、実力主義社会を地でゆく、とある帝国の探索兵達だった。
帝国は実力主義なので、横暴な性格の人間が大半を占めている。当然、それは兵士も例外ではない。
戦うための武器も持たない中、一国の実力者グループと戦うなど、勝ち目はないのは分かりきったこと。
そもそも笹野先生には、生徒たちを危険な目に合わせるつもりは毛頭なかった。
「全員捕らえろ、女は傷つけるなよ」
だが、そんな笹野先生の思いは実現しなかった。
リーダー格らしき人間が指示を出す。
同時に、クラスメイト達は次々と縄で縛られていった。常時装備している道具らしい。
女は傷つけない。これに笹野先生は、女子にはきちんと配慮をしてくれるものだと思ったが、彼らの目を見て確信する。
全員、下衆た目をしていた。よって、これは配慮ではない。不埒なことをするつもりだ。
「お、いい女がいるじゃねぇの?」
「っ、生徒に手を出さないでください!」
笹野先生の怒号を無視して帝国兵のひとりが近づいていったのは、あかりだった。
温厚な性格の笹野先生が怒声を放つこと自体とても珍しいことなのだが、今はそれどころではない。
「ひっ……!」
男の手が、あかりの顔に触れる。小さな悲鳴をあげると、男は薄笑いをし、その手を下へと伸ばしていく。あかりの反応が、逆に男の嗜虐心を刺激してしまったようだ。
あかりが助けを願い、笹野先生が絶望する。
他所でも同じようなことが二箇所ほど起こっているが、全員助けに入ることが出来る状況ではない。
全員が覚悟を決めた、その時。
暗くなってきた東の森に、松明よりも数段強い光が輝いた。
突然の事に、帝国兵達が全員振り向き、誰何しようとする。
だがその前に、光が出てきた方向から、クラスメイト達にふたつの声が届く。
それは薄暗くなり始めた森によく響いた。
「「みんな、大丈夫!?」」
その声は、不可思議な力を手に入れて帰還したワタル達のものであった。




