冬のメロディーと小さな音楽家さん
マドカのパパとママは、オーケストラで音楽家をしているの。
パパはチェロで、ママはヴァイオリン。
2人とも、とってもキレイな音を出せるんだ。
大人の人はパパとママを、「弦鳴に愛された浪切夫妻」って呼んでるの。
だからマドカも、お歌や音楽が大好きなんだ。
幼稚園で習ってるカスタネットやハーモニカ。
先生がお歌に合わせて弾いてくれるオルガン。
それに勿論、パパのチェロにママのヴァイオリン。
どれも素敵な楽器だけど、キレイな音が出る物はまだまだあるんだよね。
春夏秋冬、自然の中には素敵な音がいっぱい。
春はウグイスが「ホーホケキョッ」って可愛く歌うし。
夏にはセミが「ジージー」と元気よく鳴くし。
秋には落ち葉が風に吹かれて、カサコソと乾いた音が鳴るの。
だけどマドカが大好きなのは、冬になると聞こえる音なんだ。
吐く息が真っ白になっちゃう位に寒い、冬の朝。
そんな時は幼稚園へ行く前に、早起きしてお庭へ出てみるんだ。
雪じゃないけど、真っ白に霜が降りた、マドカのお庭。
お気に入りの真っ赤な長靴で恐る恐る踏んだら、小さくサクッと音がするの。
「やった、出来てる!」
そしたらマドカは大喜びで、お庭に飛び出すの。
冬になると出来る霜柱。
それを軽く踏んだら、小さいサクッ。
力いっぱい踏んだら、大きなザクッ。
小さいけど、とっても素敵な音が鳴るんだ。
「それっ!ケンケン、パッ!」
右足だけでジャンプして、降りる時は両足で。
サクッサクッ、ザクッ!
幼稚園で習った遊びの掛け声に合わせ、キレイな音が足元から聞こえてくるの。
とびきり寒い日にしか聞けない、冬のメロディー。
それを鳴らせるマドカは、小さな音楽家さんだよ。
「ケンケン、パッ!」
サクッサクッ、ザクッ!
「ケンケン、パッ!」
サクッサクッ、ザクッ!
冷たく澄んだ空気に、キレイに響くなぁ…
すっかり楽しくなっちゃって、マドカは夢中で霜柱を踏んでいたの。
だけど何回目かのケンケンパは、今までと違ってたんだ…
「ケンケン、パッ!」
サクッサクッ、ストン…
「あれっ…?」
いつものような綺麗な音が鳴らない。
それに、何だかツルツルしている。
それに気付いた時には、もう遅かったんだ…
ツルンッ、ドッシ~ン!
赤い長靴を履いた両足は空振りし、マドカは転んで尻餅ついちゃったの。
「きゃあっ?!」
こんな悲鳴なんて、冬の音楽会の考えに無いよ。
だけど、おかしな音はまだまだ終わりじゃなかったんだ。
メキメキ、バキッ!
「うっ!?」
お尻の下で何かが割れる音がする。
痛かったけど、それ以上に冷たかったの。
「な、何これ?!」
気付けば幼稚園の制服は、スカートとブラウスもビッショビショ。
マドカったら、凍った水溜まりを踏みつぶしちゃったんだね。
お尻は痛いし、スッゴく冷たい。
だけど何より、おかしな音が入ったせいで、冬の音楽会はぶち壊し。
それがとっても、悲しいんだ…
「うっ…うわああん!」
知らないうちに、涙がドンドン流れてきちゃう。
自分の泣いている声が聞こえてきて、ますます悲しい気持ちになっちゃうよ…
「ちょっとマドカ、何があったの!大丈夫?」
ビックリしたママが、お庭に降りてくるの。
そうして水溜まりから引きずり出され、マドカの冬の音楽会は終わったんだ…