【第一章】男子と女子 サッカーとフットサル③
「ほら。太一。遅れてるぞっ!」
わたしは走りながら振り向いて、遅れ気味になっている太一を急かす。
「さ、三人とも速いって。本当に部活してきたあとなの?」
太一がぜいぜいと息を切らせていた。わたしたち一年生は、三年生が引退するまでの間、徹底的に走らされていたため、体力面で太一を大きく引き離してしまっていたようだ。
「知夏、スピード落とそうよ。実は俺も辛い」
「そうだ。今日は軽いランニングで済ますって話しただろ? 張り切りすぎだ」
そう言われても、これは不可抗力だ。リズミカルに足が上がる。前へ進みたくて体が疼く。どうやらわたしは楽しくて仕方がないらしい。
「いや、だって。こうして四人で走るの久しぶりだから、つい」
少しペースを落としつつ、わたしたちは夜の公道を走った。なるべく幅の広い歩道を選び、進んでいく。交差点を渡り、太一家がよく行くというファミレスの前を過ぎ、次の十字路を曲がっていく。
すると、その道沿いに、四方を背の高いネットで覆った、ナイター照明が煌々と輝く緑のピッチが見えてきた。
「お、フットサルコートじゃん。こんなところにもあったんだな」
恭平にも緑の芝生が視界に入ったようで、どことなくうきうきしているように見える。久斗も太一も同じ目をしていた。たとえ人工芝でも、緑のピッチはフットボーラーの心をざわつかせてくるから不思議だ。
最近できたばかりの私営のフットサルコートだった。ピンと張られた防球ネットの内側には、白いラインが引かれたコートが三面並んでいる。その上でボールを追いかけるプレイヤーの姿も見えた。
わたしたちは自然と足を止めて、ボールの行方を追っていた。
「最近、駅ビルの上にもあったりするし、流行ってるよな。フットサル」
「日本は土地がないから、サッカーコートよりも作りやすいだけだろ? 校庭でやってたミニサッカーくらいの大きさがあればいいからな。縦は、三十メートルちょいってとこか」
久斗がコートを目測する。わたしの見立てとだいたい同じだ。
「最低、縦二十五メートル、横十五メートルあればいいんだって。でも、Fリーグや国際試合のような公式戦が行なわれるコートは、縦が三十八~四十二メートル、横は二十~二十二メートルは必要らしいんだ」
「へー、太一。詳しいじゃん」
「ちょっと興味があって、調べたんだ。少年団でもさ、低学年の頃はフットサルよくやってたでしょ?」
「ああ、確かに。でもあの時は、フットサルとかサッカーとか、違いがあまり分かってなかったけどさ」
恭平が手を頭の後ろで組みつつ、照れ笑いをした。
「サッカーの大会に出ても八人制だったりしたしね」
「それ、本当はソサイチっていうらしいよ」
わたしたちが少年団に所属していた頃、低学年では四や五人制のフットサル、高学年では八人制のソサイチが練習や公式戦に採用されていた。コートが狭くなるぶん、ボールタッチの機会が増えるので、実戦経験を多く積めるというのが理由だった。
「昔は小学生でも十一人制のサッカーばかりやっていたらしいけど、バルセロナやレアル・マドリードのカンテラとか、ヨーロッパの強豪クラブの下部組織を見習って、日本でも取り入れたんだって」
「なるほどね。お、笛が鳴った」
「手前のコート、審判がいるね。きっと、大会でもやってるんじゃないかな?」
先ほどの笛は、試合の終了を告げるものだったらしい。コート上に散らばっていた選手たちが中央に集まり、握手をしてコートから去って行く。そして、次の試合の準備が始まる。
「それでは、ズンド・コスタさんとソンリエンテさん。コートに入ってください」
「ぷっ、ズンド・コスタだって」
審判が呼ぶ珍妙なチーム名に思わず噴き出してしまった。ズンド・コスタは、赤と緑のポルトガルカラーが鮮やかな、三十代から四十代のおじさんチームだった。お腹の出っ張りは年相応だが、太ももやふくらはぎには、昔取った杵柄ともいうべき、厚みのある筋肉が今も残っている。
「おお! 女の子のチームが出てんじゃん!」
恭平の歓声とともにコートに現れたのは、なんと女子だけで構成されたチームだった。白を基調にしてピンク色のラインの入ったユニフォームは、いかにも女の子らしく華やかで、わたしも思わず見とれてしまった。胸元にはチーム名らしきアルファベットが書かれている。
ソンリエンテ。意味は分からないけれど、単語の語感からスペイン語かポルトガル語ではなかろうか。もしくは、ズンド・コスタのように造語かもしれない。
「へー。珍しいな」
「五人いればできるし、フィジカルコンタクトも激しくないから、女の子でもやりやすいよね」
太一の言うとおり、性別、年齢に関係なく楽しめる。それがフットサルの長所だろう。このコートでは、休日は元より平日の夜でも、社会人や大学のサークルらしき団体がプレイしているのを、走りながらよく見かけていた。
「なあなあ、もっと近くで見ようぜ。知夏だって見たいだろ?」
そう言いながら、恭平はどんどん先に行ってしまうので、わたしたちも施設の敷地に入るしかなくなった。すぐ手前は駐車場になっていて車が停まっている。やはり仕事終わりの社会人が来ているのだろう。その奥にプレハブのクラブハウスと更衣室が見えた。わたしたちはすぐ右手の、大会の行われているコートへ向かった。
わたしたちはコートサイドを陣取って観戦することにした。防球ネットには、この大会のレギュレーションと対戦表が貼られていて、わたしが見ていると、その上から久斗がのっそりと現れた。
「九分一本の五チーム総当たり戦か。一チーム四試合するのか。へー、賞品も出るんだな」
「女子チームは、これが初戦みたいだね」
「らしいな。おい、恭平。初戦だってよ」
「おお、あの黒髪ポニテの子、すげえ好みだ。女子高生かな? すらっとしてモデル見てえ」
「こいつ、聞いてねえ……」
恭平の真剣に女の子を物色する姿には、わたしも呆れてしまう。
そろそろゲームが始まりそうだ。気を取り直して、ソンリエンテに目を向けてみる。メンバーは全部で五人。フットサルができるぎりぎりの人数だ。交代ができないからフィールドに出ずっぱりになる。高校生と大学生らしき女の子が三人。恭平が好みだと言った黒髪ポニテの子、ピンクのヘアゴムを付けたショートボブの子、それとお団子頭の女の子だ。それに社会人らしき女性が二人いる。金髪でちょっと怖そうなお姉さんに、キーパーの女性は見た目が肝っ玉母ちゃんって感じだ。どういった仲間なのか、まったく見当がつかない。
「それじゃ、楽しんでいこう!」
ソンリエンテのメンバーは円陣を組むと、ポニーテールの女の子が楽しそうに白い歯を見せた。顔が小さくて等身が高く、すらっとした足が眩しくてたまらない。あの子はなにか特別な雰囲気がある。
「ほんと、綺麗な人。だけど……」
爛々と輝く瞳は、明らかに、楽しむだけのつもりはないと語っていた。思わず、わたしも綻んでしまう。
「勝つ気満々じゃん」
両チームが中央で整列し、挨拶を交わしてコートに散っていく。試合はズンド・コスタのボールでスタートだ。
「ソンリエンテはダイヤで、ズンドコはボックスかな」
「それ、フォーメーションのことだよね。少年団で習ったやつ。ダイヤはFW1枚とMFが二枚、それとDFが一枚。ボックスはMFとDFが2枚ずつでいいんだっけ?」
「うん、形は合ってるよ。けど、フットサルでは、FWをピヴォ。MFをアラ。DFをフィクソとかベッキって言うんだ。ちなみに、GKはゴレイロだね」
「それ、なんとなく違和感があるんだよね……。サッカーの呼び方のほうがしっくりくるよ」
少年団ではフットサルの大会にも出ていたので、フットサルのポジションや戦術についても簡単なレクチャーを受けた覚えがある。とはいえ、その頃のわたしたちにとってはフットサルは、サッカーの延長にある競技でしかなかったから、わたしの頭の中はこんな有様だ。
ソンリエンテにポジションを当てはめると、金髪のお姉さんがピヴォで、ヘアゴムの子が右のアラ。左のアラにポニテの子がいて、フィクソにお団子頭の子が入っているようだ。
笛が鳴る。センターサークルにいた二人のうち、右側にいた年配の小太りな選手が、左側の坊主の選手にパスをする。坊主の選手が足の裏でボールを受けると、そこに後方にいたのっぽな選手が走りこんできた。
「チェック!」
前線にいた金髪のお姉さんが、すぐに体を寄せていく。しかし、先にのっぽの選手が思い切り足を振りきっていた。
ハーフラインから打たれたシュートが、一直線にソンリエンテのゴールを襲う。しかし、肝っ玉母さんのゴレイロが、それを両手でゴール上に弾き出した。ズンド・コスタから見て右サイドのコーナーキックになる。
「おいおい。キックインシュートかよ。しかもあの弾道。ガチじゃねえか」
久斗が苦笑いを浮かべるほど、力強いシュートだった。先ほどまで色めき立っていた恭平も顔色を変えて試合に集中し始めた。どうやらズンド・コスタは、名前が面白いだけのチームではないらしい。
「ボールが重たい感じだな」と久斗が太一の方へ顔を向ける。「フットサルってボールが跳ねないんだよな?」
「そう、ローバウンドで大きさもちょっと小さいんだ。コートが小さいから飛びすぎないようにするためらしいよ。でも、あのゴレイロもいい反応だった」
太一は、やはり自分のポジションの相手が気になるみたいだ。
さて、ズンド・コスタのコーナーだ。ボールをセットした坊主のアラが、サイドラインに沿って近づいてきた背の低いのフィクソへ出し、インサイドでシュートを放った。しかし、ヘアゴムの子がぴったりついていたし、ゴール前にいたお団子頭の子にコースを消されていたため、ボールはゴールの外側、サイドネットに当たってラインを割った。
「ズンドコのほうのフィクソ、だっけ。ガンガン打つね。ディフェンダーって感じじゃない」
私が呟くと、久斗が「ああ」と頷いた。
「コートが狭いから、どこだってシュートエリアになるんだ。フットサルだと攻めと守りって考え方は危険だな」
「でも、ゴールも小さいからさ。コースを切っておけば、そこまでの危険はないんじゃない?」
恭平の指摘するように、フットサルのゴールはサッカーのそれに比べ、ゴレイロが手を伸ばせばどこだって手が届きそうなほど小さい。直線的なシュートだけなら、選手がブラインドにならない限り、あの肝っ玉母ちゃんは止めてくれそうだ。
「だな。女子チームは落ち着いている」
ソンリエンテのゴレイロのスローからゲームが再開される。
ゴレイロからお団子頭のフィクソにボールが渡る。ズンド・コスタはハーフラインを越えた高い位置からディフェンスを開始した。前線でボールを奪うつもりらしい。すると、ヘアゴムの右アラがするするっと下がってボールを受けに来た。
「えっ?」
そこで、不思議なことが起きた。ディフェンスのはずのフィクソがパスを出すと、斜め右の右アラが作ったスペースへ走り込んだのだ。
「あれ? ポジションチェンジ?」
ヘアゴムの右アラがディフェンスの底に着くと、今度は左アラのポニテの子が下がって来てボールを受ける。ボールを渡したヘアゴムの子は、左サイドの空いたスペースへと走り込んでいった。
「えっ? 右アラがフィクソになって、さらに左アラ? どういうこと?」
ポジションチェンジはこれだけで終わらない。左アラだったポニテの子がフィクソになったかと思えば、右サイドでポジションを下げたお団子頭へパスをして右アラのポジションに走り込む。左右のアラが下がっては、フィクソがパスを出し、フィクソが上がる。これが何度も繰り返される。
「うわわっ、もうなにがどうなったのか分かんない」
頭の中がパニックを起こしそうだ。コートの上でも同じようなことが起こっていて、ズンド・コスタはマークにつくべき相手を捕らえきれず、混乱しているのが手に取るように分かった。
「8の字だ。ピヴォ以外、8の字で動いている」
「8の字?」久斗の言葉にわたしも人の流れを追った。「ほんとだ。8の字だ」
規則的に選手が8の字を描いて動いている。ポジションが激しく変化する。こんな動き、サッカーではあり得ない。
「ねえ、太一。あれ、なに? ねえ!」わたしは太一の袖を引っ張って答えを促した。
「ぼ、僕も詳しくは知らないけど、確かエイトっていうフットサルの基本戦術の一つだよ」
「基本? あんなに複雑なのに?」
「知夏姉ちゃんは、フットサルの試合見たことないの?」
「うーん、サッカーなら見るけどさ。フットサルは全然なんだ」
「Fリーグとか、競技としてのフットサルは、ああいった戦術を組立てながら崩していくんだ。それに競技フットサルはね。選手をゴレイロ以外はポジション分けしないんだよ。全部、フィールドプレーヤー。ポジションなんてあんな風にすぐに変わっちゃうから」
フットサルがサッカーの延長だと考えていたわたしは、両者の違いが、狭いコートや小さいゴール、それにローバウンドのボールといった、目に見えるものばかりだと思っていた。しかし、本当の違いは選手の動きにあった。まるで機械のように動く選手に、目を奪われてしまう。
フィクソの位置にポニテの子がやってきた。右アラのお団子頭がすっと降りてくるとパスを預けて、右サイドに走った。
そこで業を煮やした相手の坊主頭が、ボールを奪いに前へ出てきた。
変化が起こったのは、そのときだ。お団子頭は中央の位置へドリブルすることなく、サイドラインぎわに縦パスを送ったのだ。ズンド・コスタの背の低いフィクソが、ボールを受けたポニテに対してディフェンスに入る。しかし、それも意味のある動きではなかった。ポニテはすぐに中央にパスを出す。そこに左アラのヘアゴムの子が走り込んでくる。慌ててのっぽのフィクソが対応する。しかし、ヘアゴムの子はシュートするように見せかけて、ダイレクトで左斜め前にボールをはたいた。
「どフリーだ」
のっぽのフィクソが動いたことで、ピヴォの金髪のお姉さんがゴール前でフリーになっていた。金髪のお姉さんは足裏でボールをトラップすると、素早く右足のつま先を一閃する。ボールはゴレイロの顔の横を駆け抜けて、ゴールネットに突き刺さった。
笛が鳴り、審判がゴールを告げた。両手を挙げて喜ぶ金髪のお姉さんの元に、選手が集まっていく。
「すげぇ。完璧に崩したぜ」
「ああ、縦に入れたのが効いたな」
ソンリエンテの歓喜の輪とは裏腹に、ズンド・コスタは呆気にとられているようだ。彼らは、最初にちょっと脅かせば相手は怖がってなにもできず、有利に試合を進められると見くびっていたのだろう。しかし、彼女らは恐れるどころか、相手を翻弄し、点を取って見せたのだ。
ぞくぞくした。女子だけのチームが男子に勝つかもしれない。とても痛快な気分だった。
センターサークルにボールが置かれ、ズンド・コスタのボールで試合が開始される。流石に同じ手は食わないと、金髪のお姉さんがプレスをかけてコースを消した。ボールは一旦、のっぽのフィクソまで下げられる。
ズンド・コスタは、ソンリエンテのようにポジションが流動的ではなく、攻守がはっきりとしたサッカーに近いスタイルだ。前線がポジションを変えながら、フィクソが縦にボールを入れ、そこから個人技や落としたボールを他の選手が詰める動きで攻め込むが、組織的なディフェンスに阻まれ、シュートまで持ち込むことができない。ズンド・コスタの選手に苛立ちが滲んでいた。
ボールがラインを割り、ソンリエンテのキックインでゲームが再開する。スローインではなく、キックイン。これもフットサル特有のルールだった。
ソンリエンテは再び、エイトの動きで崩しにかかる。
「ズンドコは引いてスペースを消してる。相当、警戒してるな」
ハーフラインよりも下がってディフェンスをすると、相手にスペースを与える危険が減る。そのため、先ほどのように縦に入れられても対応はしやすい。それに、エイトの動きにも慣れたのか、ディフェンスは簡単に崩れなくなった。
それでも、ほんの一瞬だけ甘くなったディフェンスの隙を突いて、今度は左サイドに縦パスが入る。背の低いフィクソの前でボールを受けるのは、またしてもポニテの子だった。しかし、中央へのパスコースは、すでにのっぽのフィクソによって切られている。一点目と同じ手は使えない。
ポニテの子の判断は速かった。トラップした次のステップでドリブルを開始していた。重心をぐっと低く落として右足を大きく伸ばし、アウトサイドでボールを蹴った。相手の右側を抜くつもりだ。そう思わせるのが、彼女の狙いだったと気づいたのは、ボールの軌道がまるで、「く」の字を書くような劇的な変化を見せたときだった。
「エ、エラシコ!?」
「ロナウジーニョかよ!!」
往年の名サッカープレーヤー、ブラジルのロナウジーニョが得意とした、トリッキーなフェイントだ。彼女は髪をなびかせながら、右足のインサイドで急激に切り返し、相手ディフェンダーの逆を突いて置き去りにしてみせた。
目の前は開けたが、ゴールラインと平行する形となりシュートコースはない。さらに、のっぽのフィクソが詰めてくる。それでも、ポニテの子は迷わずシュート体勢に入った。のっぽの長い足がシュートコースを阻んでくるのも計算の上で。
「打った! しかも、股抜き!」
キレイに股の間を抜けたシュートがゴールへ向かう。ゴレイロにとっては予想外だっただろうが、コースがなさ過ぎた。ゴールキーパーの体に当たり、ボールがゴール前に流れていく。
そこに詰める人影があった。お団子頭の子だ。
「来た! 二点目!」
そうわたしが叫んだのと同時に、笛が鳴った。シュートを阻止しようとした坊主頭のスライディングがお団子頭の子の足に当たり、転倒したのだ。
審判が近づいてPKを指示し、坊主頭にはレッドカードが提示される。
「うわっ、一発退場……」私は眉を顰めた。
「相手は、四人で戦うのか?」
「いや、二分間だけ。その後、補充してもいいんだって」
「つーか、女の子相手に酷くね? あの子、大丈夫かな? 足に入ったように見えたけど……」
恭平の不安は的中し、お団子頭の子は立てずにいた。ソンリエンテの選手が彼女の前に集まって、「緑ちゃん、大丈夫?」「緑子。立てるか?」と気遣っている。どうやら緑子さんという名の彼女は、「ちょっと踏まれただけ。大丈夫。少し休めば復帰できると思う」と言いながら立ち上がり、金髪のお姉さんの肩を借りて、コート脇へと移動した。
「ヤバくね? 女子チーム、交代いないじゃん」
「うん……」
これでは、ソンリエンテもレッドカードを受けたようなものだ。しかも、二分で五人に戻ることのできるズンド・コスタとは違い、ソンリエンテには補充できる要員はいない。折角、押せ押せのムードだったのに、四人だけで勝負になるのだろうか。
すると、ポニテの子が急にキョロキョロと周囲を見回し始めた。もしかしたら、他にもメンバーが来ているのだろうか。そう思ってポニテの子を眺めていると、偶然、視線が合ってしまった。彼女の目が大きく見開かれる。
「えっ?」
ポニテの子は、わたし目がけて猛ダッシュして、防球ネットにしがみついた。あまりの勢いにわたしのほうが仰け反ってしまう。そして、思いも寄らぬことを言い出した。
「ねえ、試合に出てみない?」
後ろを振り返るが、誰もいない。顔を戻しても、ポニテの子はわたしから目を離さなかった。どうやら、わたしに対して言っているらしく、そして、冗談で言っているわけでもなさそうだ。
「ど、どうして、わたし?」
「あなた、女の子でしょ? えっ? あれ? もしかして違った?」
「い、いえ。合ってます」
「一応な」
久斗が余計な茶々を入れるので、ケツを思い切り蹴り飛ばす。
「あなたがた、サッカー部でしょ? 中学生かな?」
「当たり。俺ら浜西中のサッカー部です。ねえ、お姉さん、どうして分かったの?」
「ほら、サッカーする人のオーラってあるよね!」
「分かる、分かる!」
妙なシンパシーでつながった恭平とポニテの女の子が、頷き合っている。しかし、彼女の興味はすぐにわたしに戻ってきた。
「わたし、相澤比呂美。あなたの名前は?」
「あ、阿澄知夏、です」
「知夏。やろう! きっと、楽しいよ!」
夜なのに、まるで目の前に太陽があるみたいだった。思わず手をかざしてしまいそうになるのは、降り注ぐ照明のせいだけではないのだろう。胸がドキドキする。この人工芝に足を踏み入れたら、一体、なにが起こるのか。それが知りたい。だけど、それと同時に、怖さもあった。ソンリエンテのフットサルは、わたしの知らない世界のフットサルだった。その中で上手くできるのか、逆に迷惑をかけてしまわないか。そんなことが頭の中をよぎっていく。
「いいじゃん。知夏、やって来いって」
「そうだよ。一人減って困っているみたいだしさ」
恭平と太一が背中を押してくれる。行きたい気持ちが高まってくる。久斗を見ると、お尻を擦りながら、顎をしゃくった。心は決まった。
「わたし、出ます!」