鋼の悪魔は棺に宿る
戦火に焼かれる街を駆ける影が一つ。
戦車のような姿をしてはいるが、それは明らかに戦車とは異なるフォルムをしていた。
「くそっ、なんでこんなところに脚車がいるんだ!」
「知るか! 馬鹿言ってないで走れ!」
脚車。四つの脚部とその先端にあるローラーを使用し圧倒的な機動力と走破性を実現した新時代の陸戦兵器。
本来はこんな辺境の都市での武力衝突には投入されるはずのない高級品である。
ゆえに、兵士たちはその高級品と遭遇した己の不幸を呪い、叫びをあげながら走るしかない。
速度では敵わない。
物陰に隠れようとしても赤外線センサーで発見される。
そしてコンクリート製の壁など、脚車の主力武装であるレールキャノンの威力の前では無意味だ。
死なないようにするには、ひたすら逃げ回る以外の対処法がない。
「こちらブラボーチーム! 脚車が出やがった。援護を――」
言い切る前に、脚車が放った対人機銃の弾丸が兵士の身体を貫く。
それを見た兵士は、最初の一発がスローモーションに見え、そのあとは自分の隣にいたはずの同士が一瞬にして赤黒い肉の塊に変えられていくのを見ているしかなかった。
短い悲鳴をあげる。声にもならない声をあげ、しかし足を止める事は死を意味すると理解しているがゆえに走る。
「くそったれがっ!」
ハンドグレネードのピンを抜いてすぐさま脚車めがけて投げつける。
足止めになればそれでよし。直撃で手傷を負わせられるならばなおよし。
だがその希望は打ち砕かれる。
ぐっと姿勢を低くすると、そのまま跳んだ。
四つの脚部を利用した跳躍。戦車としてはありえないその動きに兵士たちは口をあけて茫然と見つめる。
脚車の対人機銃が兵士たちのほうを向く。
「畜生ぉ、畜生ぉぉぉ!!」
兵士の叫びとともに、炸裂音と金属音が響く。
一瞬の出来事で何が起きたのか、兵士たちには理解できなかった。
だが先ほどまで目の前にいたはずの脚車は装甲を陥没させて地面に落下し沈黙していた。
『こちらコード:ヘルキャット。緊急の依頼を受注した』
「ヘルキャット……? あの一匹狼の傭兵か!」
『一仕事終えた後の受注だ。仕事はこなすが、弾薬・燃料・修理費はすべてそちらに請求させてもらう』
声の主が近づいてくる。
兵士たちの目の前に現れたのは赤い脚車。その正面には山猫のエンブレムが描かれていた。
独自の改造がほどこされたその脚車が戦線に到着するなり、空にいくつかの光が見えた。
「嘘だろ……奴ら、地対艦ミサイルをこんなところにぶっ放したのか!?」
『問題ない』
機体の左側面に取り付けられたレールキャノン角度を変え、それらに向けて発射した。
その弾丸はすべてミサイルに命中し、空中で爆発させる。
だがそのミサイルはただのミサイルではなく、中に脚車を搭載した運搬用のものであった。
つまり、迎撃されることも想定したものであり、爆発は攻撃の威力を軽減させるためのものだ。
『ちっ。面倒な』
数は四。それらが着地するのを妨害すべくレールキャノンを発射するも、撃ち落とすことができないまま着地を許してしまう。
『そちらは撤退を。迎撃する』
レールガンの弾が尽きたのか、ターレットを回転させ装備を切り替えて一気に加速していく。
向かうのは正面から向かってくる四機の脚車。
それらが一斉にロケット弾を発射する。
『……!』
レールキャノンと入れ替えられたグレネードランチャーに角度をつけて数発発射。
そのうちの一発が敵を直撃し、大破させる。
ほかのグレネード弾が地面に着弾した爆煙を煙幕替わりに突撃しつつ、グレネードランチャーからレールキャノンに切り替え、すれ違いざまにその砲身を振り回して転倒させる。
行動不能となった脚車に向かい飛び上がってレールキャノンを突き刺して動力の伝達パイプを破壊し、機能を停止させる。
これで二機。
残った二機はまだ爆煙が消えていないためかヘルキャットの機体を見つけられずにいる。
赤外線センサーも働かず、熱探知は役に立たない。
『終わりだ』
だが、ヘルキャットからは丸見えだ。
茫然としているところへ機銃から放たれた弾丸が殺到する。
退陣用装備では脚車の装甲を貫くことはできない。
だが、四つある脚部の関節部分は別だ。
稼働する都合上どうしても耐久力に難が出る。そこならば対人用装備で十分通用する。
無数の弾丸を受け、吹き飛ぶ脚部。重心が偏ったことにより転倒し、その大きすぎる隙を狙いグレネードランチャーを撃ち込んで破壊。
『レールキャノンもグレネードランチャーも残弾ゼロ。と、なると』
左側面のターレットに装備されたバルカン砲をアクティブにし、最後の一機へ向かう。
やや大回りになりながら、後ろに回り込む。が、そのタイミングで煙が晴れはじめ、こちらの姿も相手から丸見えになる。
とはいえセンサー類はまだ影響を受けている。高速で動き回るヘルキャットの脚車はとらえきれていないようであるが、旋回しながらロケット弾を乱射し、牽制を仕掛けてくる。
だがそのロケット弾をバルカン砲で撃ち落とし、一気に距離を詰める。
『使い方がなってないんだ』
姿勢を低くし、まるで滑り込むように懐に飛び込むと超至近距離でバルカン砲を撃ちこんでいく。
数十発あるいは何百発もの弾丸を短時間で消費しつくし、弾丸の雨はたやすく装甲を貫き脚車を沈黙させる。
『……依頼者の撤退を確認。これよりこちらも撤退する』
五機もの脚車を導入した勢力は確実に勝てる戦いを、たった一機の脚車によって覆された。
赤い脚車を駆る傭兵は、コクピットで笑みを浮かべる。
自身の戦果に満足していたというよりも、状況を覆された相手の悔しがる様を思い浮かべての笑みである。
ゆえに彼女は自分の傭兵としての名前に、性悪女と名付けた。
・登場機体解説
レッグタンク
正式名称は多目的多脚型戦闘車両。レッグタンクという名称はあくまでも愛称であるが、この名称が一般的に浸透している。
機体の左右にウェポンラックを有し、そこに武装を取り付ける事で様々な状況に対応できる新世代の戦車である。
徹底したオートメーション化が図られており、従来ならば複数人で行っていた戦車の操縦をたった一人でも行えるようになっている。もちろん、その分操縦者にかかる負担は大きい。
踏破性能は既存の戦車を上回っており、通常時は四つの脚部に備え付けられたローラーを使用した高速移動を行うが、岩場など不整地地帯などでは歩行することで地形の影響を無視して移動できる。
当然ながら歩行による移動はローラーを使った移動より速度は低下するが、それでも乗用以上の速度は出せる。
また脚部の角度を変えることによって車高を自在に変化させることが可能であり、ある一定の深さまでならば河川すら突破する。
あらゆる勢力が使用する量産兵器ではあるが、コストは既存の戦車よりもかなり高いうえに関節を有する以上そこに負荷が集中して破損しやすいという欠点を抱える関係で重要度の低い戦場への投入は極めて稀である。
逆に言えば最前線などではあらゆる陣営が使用する関係で珍しい機体ではなく、戦場から回収した残骸から傭兵たちが自分専用のレッグタンクを組み上げる事も珍しいことではない。
また傭兵たちにとってレッグタンクを所有するということは自身の実力のパラメーターの証明でもある。
動力源はガソリンと電気のハイブリッド。