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09.治安維持隊

 不良冒険者のサムが剣を抜きかけたとき、鈍い音が路地に響いた。


 いつのまにか、サムと俺の間に女性が立っている。黒髪のロングヘアで、顔は向こうを見ているため、こちら側からはわからない。白地に金色のラインが入った制服のようなものを着ている。


 女性は日本刀のような形の剣を持っている。どうやら峰でサムの手首を打ったようで、奴はうずくまって手首を抑えていた。


「治安維持隊である。冒険者サム、暴力行為の企図を確認したため、貴様を逮捕する」


 女性は冷たく言い放った。

 俺と、後ろに立っている冒険者のユリアンはあっけにとられていたが、やがてユリアンが口を開いた。


「衛兵さん……、サムはまだ剣を抜いてねえし、金を奪ったわけでも、こいつを傷つけたわけでもない。見たところ手首が砕けちまってるようだし、ここは勘弁してくれねえか」


 治安維持隊の女性はこちらを振り返った。切れ長の目に黒い瞳が冷たい印象を与えるが、美人だ。身長は俺より少し低いくらい。カーラとは頭一つは違うだろう。


「そちらは冒険者ユリアンだな? ユルトベルグでは、暴力行為の企図は取り締まり対象だ。なにか異議があるか? 君もしょっぴかれたいのか?」


「いや……、クソ、ねえよ。俺は行っていいか?」


「君の犯罪行為は確認されていないから、問題ない」


 ユリアンは肩を落として路地から出て行った。仲間が逮捕されるというのに、冷たいものだ。


「冒険者サムを連れていけ」


 その声を聴いて、俺はサムの方を振り返った。いつの間にか現れたのか、女性と同じ服を着た男が二人、サムの後ろに立っている。


 女性が合図をすると、男たちはサムを連れてどこかに消えていった。サムは、手首を砕かれた痛みで逆らう気力もないらしく、おとなしく連行されていった。


「あの、助けてくれてありがとう。冒険者のハルです」


 一人残った女性に、俺はお礼を言う。正直、剣であのゴロツキに勝てる気はしなかったので、来てくれて助かった。


「こちらこそ、間に入るのが遅れてしまい、すまなかった。治安維持隊のツカサだ」


 彼女はそう言って握手を求めてきたので、俺は快く応じた。


「俺は昨日ユルトベルグに来たばかりなんだ。治安維持隊の人は初めて見たよ」


「住民はみな善良なので、あまり警備の必要がないんだ。だからハルが我々を見たことがないのも、自然かもしれない。まあ、外から来た冒険者は、たまにトラブルを起こすので、見回りの必要はあるがね」


 ツカサと二、三言葉を交わしていると、カーラが焦れたのか様子を見に来た。


「ハルさん、何かあったんですかー……って、ツカサじゃない! 久しぶり!」


 カーラは、ツカサの姿を見て驚いていた。知り合いだろうか?


「……ハルさん、もしかして何かやらかしたんですか?」


「そんなわけないだろうが! ゴロツキの冒険者に絡まれていたのを、ツカサが助けてくれたんだよ。ツカサとは知り合いなのか?」


「彼女とは幼馴染だよ」


 ツカサが言った。


「さっき、剣を教えてくれた女の子の話をしたでしょう。ツカサがその女の子なんですよ。私がいま生きているのもツカサのおかげです」


「私はさわりしか教えてないよ。カーラがいま活躍しているのは、君自身のたゆまぬ努力のおかげだと思うがね」


 ツカサは照れているのか、少し表情を和らげてそう言った。


「それにしても、君がハルと知り合いだったとは驚いたよ」


「この人、森の中で倒れていたんですって。たぶん王国の生まれだと思うんだけど、記憶喪失でお金もないって言うから、生活費を稼ぐために狩りを教えてるの」


「へえ、そんな物語みたいなことが現実にあるんだな……。無一文だったと言ったが、その武器はどうしたんだ?」


「……恥ずかしながら、カーラに借りているんだ。もちろん、必ず返すつもりだよ」


 ツカサは目を細めると、


「カーラに借金をしてるのか? 言っておくが……、もし彼女に何かあれば、容赦しないからね」


 と言った。最近は疎遠だったのかもしれないが、カーラのことは大事に思っているようだ。


「もちろん、恩人を裏切るようなことはしないつもりだ」


 俺の言葉を聞いて、ツカサは頷いた。


「くれぐれも頼む。……では、私は仕事があるので失礼する。カーラ、また会おう」


「またね、ツカサ! たまには連絡してね」


「ああ。ハルも、そのうち機会があればな」


 ツカサとカーラはユルトベルグ式の挨拶を交わして、俺たちは別れた。


「ユルト様のお導きがあらんことを」




   ◆




 その後、カーラに治安維持隊について教えてもらった。


 治安維持隊とは、ユルトベルグ全体の警備と要人の警護を担う組織である。高等教育学校を好成績で卒業した者のうち、特に素質がある者だけが入隊を許されるんだそうだ。要はユルトベルグにおけるエリートコースのようなものだろうか。

 ツカサは、幼い時から同年代の中では一番強く、正義感もあった。そのため、早い時期から治安維持隊入りは確実とみられていたらしい。


「そして、治安維持隊のみなさんのおかげで、ユルトベルグではここ二十年間、犯罪は起きていないんです」


 ツカサはそう締めくくった。

 俺は驚きを隠せなかった。いくら治安が良いといっても、全く犯罪が発生しないということはあるのだろうか?


「ユルトベルグの人たちは、皆さんいい人ばかりですから。治安維持隊といっても、外から来る冒険者さんに対応する方が主だそうです」


 ツカサに疑問をぶつけると、そう答えが返ってきた。

 確かに、街を歩く人々を見ても、みな身なりがよく温和な顔つきをしている。日本のように、ホームレスやヤンキーのような人は見たことがなかった。

 治安維持隊の目の届かない場所があるかもしれないことを考えると、犯罪が一切ないということを鵜呑みにはしない。しかし、治安が極めて良いという事実はあるだろう。


 そんなことを考えながら、俺はカーラとともに冒険者ギルドへ向かうのだった。

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