08.不良冒険者
08.不良冒険者
初めての狩りを終え、俺とカーラはユルトベルグに帰ってきた。
「ハルさん、初めてにしては結構よかったですよ」
ギルドへ向かう途中、カーラが言った。
「最後の方は、ゴブリンを殺すのにも慣れてきたようで、よかったです。最初はモンスターを殺せない人も多いんですよ」
「……慣れたわけではないよ」
俺は、剣を持っていた右手を見つめながら言った。ゴブリンにとどめを刺した時の、生々しい感触がまだ残っているようだ。
「ただ、生きていくためには仕方ないって、割り切っただけだ」
「そうですか。まあ、躊躇わないならなんでもいいです。躊躇ってる間に、他のモンスターに襲われることだってありますからね」
毎年、新人のうち一人はそのパターンで大怪我、ないし亡くなっているとのことだ。
「カーラは最初のころ、どうだったの?」
「私はそれほどでもなかったかな? 同級生の女の子に剣を教えてもらっていたので、戦闘はそれほど苦労しませんでした。最初にとどめを刺すときは、少し緊張しましたけどね」
「へえ、同級生に剣を……。もしかして、戦闘になるとキャラが変わるの、その子の影響だったりする?」
「忘れてくださいよ! 今まで誰かと一緒に狩りをしたことがなかったので、内緒にしていたのに……」
カーラは照れ隠しに怒ってしまった。
「ごめんごめん。ところで、誰とも一緒に狩りをしたことがないって言ったけど、その女の子とは?」
「あの子は私よりよほど優秀だったので、高等教育学校に進学して、今は治安維持隊の小隊長をやっているんです。だから狩りを一緒にしたことはないんですよ」
確か、ユルトベルグの子供は十二歳になると、職業訓練学校か高等教育学校のどちらかに進学するはずだ。
「へえ、カーラと同級生というと、今は一九歳だよね。その年で隊長ってすごいんだな」
「私の自慢の友達ですからね!」
カーラは自分のことのように嬉しそうに話してくれた。
カーラの学生時代の話を聞きたいところではあったが、他にも気になっていることがあったので訊いておく。
「ところで、ゴブリン四匹で、大体どれくらいの金になるんだ? 今日の宿代、足りるかな」
ちなみに、宿代は一泊二〇ゴールドだ。この街では平均的な値段だそうだ。
「大体十二ゴールドくらいですね。ハルさんが持っているお金と合わせれば、足りると思いますよ」
俺は財布を取り出すと、所持金を数えながら言った。
「ええと……これが一ゴールドだよな? うん、足りるはずだよ」
その時、一ゴールド硬貨を誤って落としてしまった。
硬貨は、俺たちの真横にある暗く細い路地へと転がっていってしまう。
ギリギリの生活をしているので、たった一ゴールドでも俺にとっては貴重な金だ。
「あっ! しまったな……。ごめん、ちょっと取ってくるよ。ここで待ってて」
カーラが頷いたのを確認すると、俺は落とした硬貨を探すため、路地へと足を踏み入れた。
◆
それから数分後、俺は二人のガタイのいい冒険者に囲まれていた。
手首に護符を巻いていることから、この二人も外から来た冒険者だろう。
何があったかって? 俺にもわからない。路地でたむろしていた彼らの前を通ったところ、因縁をつけられてこうなったんだ。
「兄ちゃん、冒険者なりたてだろォ? 先輩の言うことは聞かなきゃいけないよな」
俺の前を塞いでいる男が、手の平を上に向けて差し出している。つまり、金を出せということだ。
続いて、俺の後ろ側に立つ細面の男が口を開く。
「逃げようなんて思うなよ」
こちらは前の男よりは話が通じそうだ。
「出すもの出せば無事に帰れるんだ。金はまた稼げばいい。命より大事なものなんてねえだろうが」
一般的にはその通りだ。しかし、今の俺にとっては、金を失うことは命を失うことと同義だ。なにしろ、手持ちの金を渡したら今日の宿代すらなくなるからだ。
「ちょっと待ってくれよ。今持ってる金が全財産なんだ。これを渡したら野宿するしかないんだよ」
「あ? 関係ねえよ。てめえはさっさと有り金出しゃいいんだ。それか―――」
前に立つ男は、話している途中でこちらの後ろ側、俺が来た方向に視線を向けた。
「てめえの連れてる女をここに連れて来いよ。そうしたらてめえは行ってもいいぜ。あとはこっちで楽しむからよ」
強面をいやらしく歪めながら、男は言った。
恩人を害するという発言に、頭に血が上った俺は語気を強める。
「お前、カーラに手を出したら許さねえぞ」
弱者と思っていた俺が言い返したことで、頭に来たのだろう。男は頭突きをするかのように顔を突き出して、こちらを睨みつける。
「クソガキ、てめえのショボい剣でどう許さねえか、言ってみろよ」
「サム、手を出すなよ。治安維持隊が来るかもしれねえ」
「ユリアン、黙ってろ」
後ろに立っている男が口を挟む。強面の男の名前はサム、後ろに立っている男はユリアンと言うらしい。
「へえ、あんたら初心者いびって楽しんでるわりに、衛兵ごときにビビってんのか? よくそれで先輩面できるもんだな?」
よせばいいのに、さっきの発言でキレてる俺は、男たちを挑発してしまう。
サムは顔を真っ赤に染め、剣に手をかける。今にも抜きそうだ。
「てめえ、もう泣いて謝っても許さねえぞ。腕の一本は覚悟しとけよ」
「サム、抜くな!」
「ユリアン、てめえは黙ってろ! ここまで虚仮にされて、引き下がれるわけねえだろうが!!」
いよいよ男が剣を抜くというその時―――鈍い音が路地に響いた。