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07.冒険者初日(下)

 ユルトベルグ大森林に入って三〇分ほどしたころ、俺はゴブリンと相対していた。


 ゴブリンは俺の腰より少し上くらいの身長で、緑色の肌と尖った耳が特徴だ。頭は禿げ上がっている。木のこん棒のような武器を持ち、しきりに俺を威嚇している。

 俺は盾を体の前に掲げ、、右手のショートソードは盾の影に隠している。相手に攻撃の予兆を悟らせない構えだ。


「ハルさん、基本は防御ですよ! 相手の動きをよく見て、盾をゴブリンのこん棒に当ててください!」


 カーラは俺の後ろで監督役、兼周りの警戒をしている。


「頭以外なら死にはしませんから、落ち着いて狙ってください」


「初心者に対して無茶を言うな!」


 言い返しつつも、ゴブリンから目を離すようなことはしない。


 ゴブリンはしばらくこん棒を振り上げたりして威嚇していたが、俺が退かないのを見て取ると、一歩下がってこちらを睨みつけた。

 数秒ほど睨み合っていたが、しびれを切らしたゴブリンが飛び掛かってくる。


 ―――左肩を狙っている!


 ゴブリンがこん棒を振りかぶった方向に盾を向け―――ようとしたが、うまく腕を動かせない。思わず大きく一歩下がると、振り下ろされたこん棒は空を切った。


「避けるなっっ!! 避ければ避けるだけ、足に来ますよ!」


 すごい剣幕で怒鳴られ、縮み上がる。この子、戦闘になると性格が変わるタイプなんだろうか。そういえば、昨日大イノシシにとどめを刺した時も、気合の入った声を出していたな。


「盾を構える!!」


 ゴブリンの攻撃を避けた拍子に、構えが解けてしまっていた。慌てて先ほどと同じ構えをとる。

 攻撃を避けられたことにイラついているのか、ゴブリンはこん棒を大きく振りかぶり、まっすぐ振り下ろしてきた。


 ―――今度は失敗しない!


 盾でこん棒を横から叩いていなすと、体の右側をこん棒が通り抜けた。その拍子にゴブリンと目が合う。知性を感じさせない、獣の瞳にビビった俺は、反射的に剣を振るった。


「あっ」


 驚くほどその感触はなかった。ゴブリンの喉元を剣の切っ先が通過すると、そいつは驚いたようにこん棒を取り落として、喉を抑える。抑えた手の隙間から、赤い血が噴き出した。

 ゴブリンは、信じられないとでも言うように、目を見開いてこちらを見る。力が抜けたのか、そのまま仰向けに倒れ込み、じたばたと暴れだした。


「まだ生きてますよ! とどめを!」


 カーラの指示に、俺は慌てて剣をゴブリンの首に向けた。しかし、手が震えてしまい、うまく動かすことができない。


 俺はこれからこいつを殺す。こいつを殺す。殺す、殺す―――


 何度か自分に言い聞かせたものの、やはり手を動かすことができなかった。


 やがてゴブリンの動きが鈍くなってきた。その時、カーラが近寄ってきて、剣を握っている俺の右手を上から握ると―――そのまま一気にゴブリンの喉を突き刺した。


 今度はしっかりと、肉を裂き、骨を断つ感触が伝わってきた。


 ゴブリンは、一度体を硬直させる。その後、体中から力が抜けたのが分かり、そして二度と動くことはなかった。




   ◆




「ハルさん、そんなに落ち込むことないですよ。全体的には悪くない動きだったと思います。初めてにしては上手くいった方です」


「ああ……」


 俺たちは、一度大きめの林道に戻り、腰を落ち着けていた。

 初めて自分の手で、他の動物の命を奪った。その時の感触が忘れられず、沈んでいる俺をカーラは一生懸命に励ましてくれた。


「……カーラは……初めて獲物を殺した時、どうだった? 俺みたいになったりしたか?」


 そうカーラに問いかけると、


「もちろん、私だって初めての時は大変でした……でもね、殺さないと自分が死んじゃうし、殺すことから逃げても、待っているのは餓えと渇きです。ここまで来たら、やるしかないですよ」


 と、割り切った答えが返ってきた。


「せめて、自分が奪った命を忘れないで、命を無下にせず、きちんと弔ってあげましょう。それが私たちにできる唯一のことです」


「そうか……そうだな。きちんと弔ってあげないとな」


 それきり俺たちの間には沈黙が流れた。やがてカーラは腰を上げると、俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。


「さあ、もう二、三回もやれば慣れてくると思います。今日中に克服しちゃいましょう」


 カーラは俺を元気づけるようにそう言った。


「ああ……そうだな。ありがとう」


 俺はこの世界で生きていくために、奴らの命を奪わなければいけないし、これ以上カーラに迷惑をかけることもごめんだ。

 俺は自分に言い聞かせるように、


「今度は上手くやるよ」


 そう言った。




   ◆




 ギルドへの報告は、モンスターの素材を以って行うそうだ。ゴブリンであれば右耳を切り取ってギルドに提出すると、討伐報酬として幾ばくかのお金が貰えるらしい。

 死体の耳を切り取るという行為に、最初は忌避感を覚えた。しかし、生きるためには仕方がないと自分に言い聞かせて、なんとか実行することができた。

 今、俺のズボンのポケットには、ゴブリンの耳が四つ押し込まれている。


 四匹目ののゴブリンをやる時には、カーラの言った通り、ゴブリンの命を奪うことに慣れてきていた。そんな自分がどこか恐ろしかった。


 俺がゴブリンを四匹倒した後、今度はカーラが狩りを見せてくれることになった。彼女は二本の短剣を巧みに使い、ゴブリンの攻撃を避けながら手足を切りつけていく。

 やがてゴブリンの体力が尽きたようで、足がもつれて転倒した。彼女は素早くゴブリンに近寄ると、胸を踏みつけてゴブリンの動きを封じ、短剣を喉に突き立ててとどめを刺したのだった。


 その後、二匹のゴブリンがたむろしているところに出くわした。カーラは俺におとり役(タンク)を任せると言った。

 カーラは俺の左斜め後ろに立つと、片方のゴブリンをけん制し、俺がゴブリン二匹の攻撃を同時に受けないよう、誘導する。俺がもう片方のゴブリンの攻撃を防いだところで、そのゴブリンに突進し、首尾よく二匹のゴブリンを片付けてみせた。


 俺たちは、無事に初めての狩りを終えて、日暮れ前にユルトベルグに帰り着くことができた。

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