表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

04.ユルトベルグ

「ユルトベルグでは、みなユルト様に仕事を決めていただくんですよ」


 ある意味で衝撃的なカーラの発言だったが、蓋を開けてみればこういうことだった。


 ユルトベルグの子供たちは、一二歳になると『高等教育学校』か『職業訓練学校』のどちらかに進学することになる。

 カーラは職業訓練学校に進学し、一年目でさまざまな職業の基礎知識を学び、適性試験を受けた。その結果、モンスターハントへの適正ありということで、二年間にわたり武器の扱いや魔物の生態などを学んだそうだ。


 そこで優秀な成績を納めたカーラは、一五歳から今に至るまで、モンスターハントを生業とする『狩人』として活躍しているらしい。


 先ほどのカーラの言葉をそのまま受け取ると、ユルトベルグには職業選択の自由がないように聞こえて驚いた。しかし、どうやらユルトベルグ独自の職業選択の仕組みのことを『ユルト様のお導き』と呼んでいるようだ。

 

 ちなみに、カーラのに「他の職業に就きたいと思ったことはないのか」と訊いたところ、不思議そうな顔で、


「ないですね。ユルト様のお導きですし、狩人は私の天職ですから」


と断言した。




   ◆




 日が傾き始めるまで歩き続けた頃、鬱蒼とした森が突然途切れ、違う景色が顔を見せた。


 足元にはあぜ道があり、周りには農地―――小麦のようなものを育てているらしい―――が一面に広がっている。農地には疎らだが人影が見えた。職業訓練学校では農業従事者向けの授業もある、とはカーラの言だ。

 そして、遠くの方には石造りの横長の円柱のような形をした、大きな建物が見える。

 いや、遠くにあるので実際の大きさより小さく見えているだけだ。石造りの建物の周りには馬車小屋や宿屋だろうか、木でできた建物がいくつかあるが、どれも石造りの建物の半分以下の大きさだ。

 つまるところ、アレが―――


「ハルさん、見えてきましたよ! あれが私たちのユルトベルグです!」


 カーラが指さして教えてくれた。




   ◆




 近づくにつれ増していくユルトベルグの存在感に、俺は圧倒された。

 ユルトベルグは石でできた継ぎ目のない城壁に囲われており、高さは十メートル以上はある。城壁は端が見えないほど遠くまで繋がっていた。まるで一つの大きな石が鎮座しているようだ。

 道の先には木でできた大きな門があり、そのおかげでこれが城壁だと認識できた。


「なんというか…すごいな。城壁はどうやって作ったんだろう? 積み上げたようには見えないな」


「もちろん、ユルト様が魔法でお造りになったんです。一度も修理することなく、今まで私たちを守ってくれているんですよ。五十年前に魔物が大発生してユルトベルグに押し寄せた時も、傷一つつかなかったそうです」


 一度も傷つかず、修理する必要もなかったというのは驚きだ。普通は、何もなくても経年劣化でどこかしらに綻びが出るものだと思う。魔法で作ったからには、魔法でコーティングされていたりするのだろうか?


「ユルト様は百五〇年前に、ユルトベルグの中心とそれを守る壁をお造りになりました。それからずっと『運営省』でユルトベルグを治めておられるのです」


 胸を張って自慢げに言うカーラ。表情がコロコロ変わって可愛らしい子だな、と思った俺だったが、いま大事なのはそこではない。


「百五〇年前!? それから今までずっとあの街を運営しているのなら、賢者というのは大変長生きな人なんだな」


 魔法やモンスターが存在する世界―――もう俺はここを異世界だと確信している―――なので、もう大抵のことでは驚かないと思っていたが、まだまだ俺は甘かったようだ。

 五〇歳でこの街を作ったとしたら、今は二〇〇歳……長寿大国の日本でもあり得ない数字だ。


「もちろん、賢者と呼ばれる方々にもいろいろいます。普通は私たちと同じくらいの寿命なんだそうです。ユルト様は特に優れた魔法使いでいらっしゃるので、魔法で若さを保っておられるんですよ」


 ははあ……こんな大きい都市を魔法で作ってしまったことといい、ユルトというのは、いろいろと規格外の人物のようだ。


「まあ……私はユルト様のお姿を拝見したことがないんですが。一生に一度でも、遠目からでもいいから見てみたいものです」


 カーラによると、賢者ユルトは、運営省という政治の中心となる建物にこもりきりで、一般市民の前に姿を見せることはないそうだ。

 俺はふと思い立って、軽口を叩く。


「それじゃあ、ユルト様が本当に不老かどうかはわからないんじゃないか? もしかして、実はとっくの昔に亡くなっていて、今は後継者が政治をしていたりして」


 俺としては軽い冗談で言ったつもりだったが、カーラはそうと受け取らなかった。

 彼女は無表情でこちらを見つめると、冷たく


「―――私たちはユルト様を完全に信頼しています。ユルト様はそのお力でユルトベルグをずっと治められていますし、これからもそれは変わりません」


と言った。


「ごめん……そんなに長生きな人がいるとは信じられなくて。ユルト様というのは、すごい人物なんだな」


 どうやら彼女の地雷を踏んでしまったと気づいた俺は、平謝りしてなんとか許してもらうのだった。

 カーラはどうやら機嫌を直してくれたようだ。日本の感覚で軽口を言うと、怒られることがあるかもしれない。気を付けなければいけないな。


「そんなにすごい魔法使いなら……ユルト様なら、俺が元の場所に帰る方法を知っていたりするかな? もし会うことができれば、相談してみたいな」


「私もお見かけしたことがないので、お会いできるかはわかりませんが……何か力になれることがあれば協力しますよ! ……あ、そろそろ門に着きますね」

 

 話しているうちに、俺たちは門の近くまでたどり着いていた。ユルトベルグの住民だろうか、百人くらいの人たちが、門の前に二列で並んでいる。商人か輸送屋だろうか、馬車に乗った人もいれば、剣を佩いた武人風の人もいて、ここは日本じゃないんだなあと再認識させられる。

 門ではどうやら、入国審査のようなものを行っているようだ。俺たちはその列の後ろに並び、たわいのない話を続けながら、自分たちの順番を待つことにした。

序章はここまでとなります。


続きが気になる!と思ったらブックマークや★評価をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ