04.ユルトベルグ
「ユルトベルグでは、みなユルト様に仕事を決めていただくんですよ」
ある意味で衝撃的なカーラの発言だったが、蓋を開けてみればこういうことだった。
ユルトベルグの子供たちは、一二歳になると『高等教育学校』か『職業訓練学校』のどちらかに進学することになる。
カーラは職業訓練学校に進学し、一年目でさまざまな職業の基礎知識を学び、適性試験を受けた。その結果、モンスターハントへの適正ありということで、二年間にわたり武器の扱いや魔物の生態などを学んだそうだ。
そこで優秀な成績を納めたカーラは、一五歳から今に至るまで、モンスターハントを生業とする『狩人』として活躍しているらしい。
先ほどのカーラの言葉をそのまま受け取ると、ユルトベルグには職業選択の自由がないように聞こえて驚いた。しかし、どうやらユルトベルグ独自の職業選択の仕組みのことを『ユルト様のお導き』と呼んでいるようだ。
ちなみに、カーラのに「他の職業に就きたいと思ったことはないのか」と訊いたところ、不思議そうな顔で、
「ないですね。ユルト様のお導きですし、狩人は私の天職ですから」
と断言した。
◆
日が傾き始めるまで歩き続けた頃、鬱蒼とした森が突然途切れ、違う景色が顔を見せた。
足元にはあぜ道があり、周りには農地―――小麦のようなものを育てているらしい―――が一面に広がっている。農地には疎らだが人影が見えた。職業訓練学校では農業従事者向けの授業もある、とはカーラの言だ。
そして、遠くの方には石造りの横長の円柱のような形をした、大きな建物が見える。
いや、遠くにあるので実際の大きさより小さく見えているだけだ。石造りの建物の周りには馬車小屋や宿屋だろうか、木でできた建物がいくつかあるが、どれも石造りの建物の半分以下の大きさだ。
つまるところ、アレが―――
「ハルさん、見えてきましたよ! あれが私たちのユルトベルグです!」
カーラが指さして教えてくれた。
◆
近づくにつれ増していくユルトベルグの存在感に、俺は圧倒された。
ユルトベルグは石でできた継ぎ目のない城壁に囲われており、高さは十メートル以上はある。城壁は端が見えないほど遠くまで繋がっていた。まるで一つの大きな石が鎮座しているようだ。
道の先には木でできた大きな門があり、そのおかげでこれが城壁だと認識できた。
「なんというか…すごいな。城壁はどうやって作ったんだろう? 積み上げたようには見えないな」
「もちろん、ユルト様が魔法でお造りになったんです。一度も修理することなく、今まで私たちを守ってくれているんですよ。五十年前に魔物が大発生してユルトベルグに押し寄せた時も、傷一つつかなかったそうです」
一度も傷つかず、修理する必要もなかったというのは驚きだ。普通は、何もなくても経年劣化でどこかしらに綻びが出るものだと思う。魔法で作ったからには、魔法でコーティングされていたりするのだろうか?
「ユルト様は百五〇年前に、ユルトベルグの中心とそれを守る壁をお造りになりました。それからずっと『運営省』でユルトベルグを治めておられるのです」
胸を張って自慢げに言うカーラ。表情がコロコロ変わって可愛らしい子だな、と思った俺だったが、いま大事なのはそこではない。
「百五〇年前!? それから今までずっとあの街を運営しているのなら、賢者というのは大変長生きな人なんだな」
魔法やモンスターが存在する世界―――もう俺はここを異世界だと確信している―――なので、もう大抵のことでは驚かないと思っていたが、まだまだ俺は甘かったようだ。
五〇歳でこの街を作ったとしたら、今は二〇〇歳……長寿大国の日本でもあり得ない数字だ。
「もちろん、賢者と呼ばれる方々にもいろいろいます。普通は私たちと同じくらいの寿命なんだそうです。ユルト様は特に優れた魔法使いでいらっしゃるので、魔法で若さを保っておられるんですよ」
ははあ……こんな大きい都市を魔法で作ってしまったことといい、ユルトというのは、いろいろと規格外の人物のようだ。
「まあ……私はユルト様のお姿を拝見したことがないんですが。一生に一度でも、遠目からでもいいから見てみたいものです」
カーラによると、賢者ユルトは、運営省という政治の中心となる建物にこもりきりで、一般市民の前に姿を見せることはないそうだ。
俺はふと思い立って、軽口を叩く。
「それじゃあ、ユルト様が本当に不老かどうかはわからないんじゃないか? もしかして、実はとっくの昔に亡くなっていて、今は後継者が政治をしていたりして」
俺としては軽い冗談で言ったつもりだったが、カーラはそうと受け取らなかった。
彼女は無表情でこちらを見つめると、冷たく
「―――私たちはユルト様を完全に信頼しています。ユルト様はそのお力でユルトベルグをずっと治められていますし、これからもそれは変わりません」
と言った。
「ごめん……そんなに長生きな人がいるとは信じられなくて。ユルト様というのは、すごい人物なんだな」
どうやら彼女の地雷を踏んでしまったと気づいた俺は、平謝りしてなんとか許してもらうのだった。
カーラはどうやら機嫌を直してくれたようだ。日本の感覚で軽口を言うと、怒られることがあるかもしれない。気を付けなければいけないな。
「そんなにすごい魔法使いなら……ユルト様なら、俺が元の場所に帰る方法を知っていたりするかな? もし会うことができれば、相談してみたいな」
「私もお見かけしたことがないので、お会いできるかはわかりませんが……何か力になれることがあれば協力しますよ! ……あ、そろそろ門に着きますね」
話しているうちに、俺たちは門の近くまでたどり着いていた。ユルトベルグの住民だろうか、百人くらいの人たちが、門の前に二列で並んでいる。商人か輸送屋だろうか、馬車に乗った人もいれば、剣を佩いた武人風の人もいて、ここは日本じゃないんだなあと再認識させられる。
門ではどうやら、入国審査のようなものを行っているようだ。俺たちはその列の後ろに並び、たわいのない話を続けながら、自分たちの順番を待つことにした。
序章はここまでとなります。
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