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02.遭遇

 森に流れる自然の音楽を楽しみながら歩く間に、さまざまな思い出が頭をよぎった。


 保育園に通っていたころ、カブトムシを捕まえたくて、夏休みに早起きして親父と一緒に近所の山に上ったが、一匹も捕まえられなかったこと。

 小学校の林間学校で、周りに街の灯りが一切ない状況で、そのままの姿の天の川を見たこと。

 昔は虫も平気で触れたはずだったが、苦手になったのはいつからだっただろうか。


 思い出に浸っている中、俺が異変に気付けたのは僥倖ぎょうこうと言っていいだろう。


 しばらくは森に流れる自然の音楽を楽しみながら歩いていた俺だったが、ふと気が付くと、鳥や虫の声が聞こえなくなっている。

 しんと静まり返った森に、今までとは違う不気味さを感じた。いつの間にか腕には鳥肌が立っている。


 なんだってんだ? どうして、急に静かになったんだろう。


 本能的な恐怖を感じた俺はあたりを見回すが、風景に特に異変は感じられない。

どうやら、たまたま鳥や虫がいない場所に足を踏み入れてしまったんだろう。

俺は気を取り直すと、沸き上がる恐怖を無視して歩みを進めることにした。


 葉の擦れる音だけをBGMにしばらく考える。どう見ても、鳥や―――これはこれで嫌な想像だが―――虫だらけに見える大自然で、たまたま俺がいる一角だけ、何もいないということはあるだろうか?

 被捕食者である小動物が、天敵から身を隠すために静かにしているということはないだろうか。

 もし、その天敵が俺を見つけてしまったら。


 気が付くと、歩みは小走りに変わっていた。

 気温は暑くはないが、運動と極度の緊張で汗が止まらない。

 まだ何かがいると決まったわけでもないのに―――そう思ったが、一度早くなったペースはそう簡単に落とせそうになかった。


 やがて体力の限界が来たのか、足に力が入らなくなってきた。

 俺はふらふらになりながら道端の木に背を預け、座り込んで息を整える。

 しばらくの間、聞こえるのは、俺のぜいぜいという荒い息遣いだけだった。




   ◆




 ―――ぶるるるっ。


 やっと息が整ってきたところで、もたれかかっている木の幹の裏側から正体不明の獣の声が聞こえ、俺は動きを止めた。

 後ろにいる『何か』に、俺がいることを気取られないよう、息を潜める。心臓の音がやけに大きく聞こえて、口から漏れてしまいそうで、俺は両手で口を塞いだ。

 すん、すん、という空気が通る音が聞こえる。どうやら俺の匂いを探っているらしい。


 緊張のあまり動けないでいると、そのうち音は聞こえなくなった。俺はほっ、と一息つき、立ち上がろうとすると、


 ―――すんっ。


 耳元で聞こえたその音に、俺は飛び上がって驚いた。


「うわあっ!」


 転がるように木から離れ、振り向くと―――そこにいたのは、見たことがないほど巨大な、黒いイノシシだった。

 そいつは、四本の足で立っていながらも俺の肩くらいまでの大きさがある。黒い体毛と裏腹に、驚くほど白い二本の牙は、俺の太ももくらいの太さがありそうだ。

 どうやら怪我をしているようで、額には血が固まっているのがわかる。そのためか気が立っているようで、血走った目でこちらを睨みつけている。俺を排除する気満々のようだ。


「ちょっと待て、落ち着けよ……洒落にならないって」


 俺は相当パニックになっていて、なんとか見逃してもらおうと大イノシシに話しかけた。もちろん通じるわけはなく、こちらに突進する準備だろうか、膝を折り前のめりになった。

 なんとか突進をよけようと、俺も軽く膝を曲げ、足先に体重を乗せる。パニックになっている自分と冷静な自分が頭の中に同居しているような、何とも言えない感覚だ。


 走り出しを見逃さないよう、かつてないほど集中していたが、さすが野生生物のバネと言ったところか。まずい、と思ったときには既にそいつは目の前に来ていた。

 俺は無様な闘牛士のように飛びのきながら体をひねり、地面を転がることでなんとか直撃を避けることができた。


 そいつは勢い余って木にぶつかったが、ものともせずこちらに向き直る。俺は立ち上がろうとしたが、右足に力が入らなかった。

 見ると大イノシシの牙がかすったようで、大きな切り傷ができ、とめどなく血が流れている。もしかしたら傷が動脈まで達しているかもしれない。


 大イノシシは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。俺は腕を支えにしてなんとか立ち上がろうとするが、やはり無理なようで、もう一度地面に転がってしまう。

 

 大イノシシは先ほどの焼き直しのように膝を曲げ、前足に体重をかける。そいつがもう一度こちらに突進しようとするのがわかり、俺は死を覚悟した。


 その瞬間―――銀色に煌めく何かがが自分の後ろから飛んできて、大イノシシの額に突き刺さった。

 よく見るとそれは、大振りのナイフのような、両刃の刃物だった。

 大イノシシは一度大きくのけぞると、恐ろしい呻き声をあげて横倒しになる。だが、まだ生きているようで、足を必死に動かし、体を横にひねって起き上がろうとしているようだ。

 何が起きたのかわからないが、助かったのだろうか? いや、まだ大イノシシは生きているし、今にも起き上がりそうだ。俺は地面に座り込んだまま、なんとか大イノシシはから距離を取ろうとしていると、


 「ぁぁぁあああああっっっ!!!」


 俺の後ろから人影が飛び出し、雄たけびをあげながら大イノシシに向かっていく。先ほど大イノシシの額に刺さった武器と寸分違わぬ刃物を両手で逆手に持ち、飛び上がると大イノシシの首にのしかかりながら、体重を乗せて突き刺した。

 大イノシシは、ぶひいいぃぃ―――と断末魔の叫びをあげると、それきり動かなくなった。

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