生まれてきた意味
アズバ独白、後編。
次回から、再び現在に戻ります
【アズバ】
妻と出会ったのは、私が下界に直接視察に出ていた時のことだった。争いにより身寄りを失い、自身も命の危険に陥っていた彼女を助けたのが始まりだった。
聡明で、素朴な美しさを持っていた彼女に、私は生まれて初めての感情を覚えた。家族を失った絶望からか、最初は心を病んでいた彼女だったが、私の献身的な介護のおかげなのか、徐々に本来の性格――――笑顔の素敵な明るく優しい性格を取り戻していった。
彼女の美麗な笑顔を見るたび、私の心はますます彼女に傾き――――それが恋だと知ったのは、彼女に自分の愛を伝えた時だった。
――――他の誰でもない、君の笑顔だから良いのだと。見ているだけで、私の荒んだ心が綺麗に洗い流され、汚れが見事になくなるのだと。
彼女は、喜んで私の告白を受け入れ、めでたく私たちは夫婦になった。そして、そのちょうど一年後に、私たちの子が生まれたのである。
私に瓜二つに似た男の子――――ローガスと名付けたその子は、私の力を一部引き継いでおり、将来私に何かあった時は私の跡を継ぐ使命を帯びることになった。
だが、私自身はこの子にそんなつらい役目を負わせたくはない。この子には、自由に、自分の思いのまま生きてほしかった。
ならばこそ、私は今以上に努力せねばならない。幸い、多少無茶したところで身体に影響は出ない。私は、世界と二人の家族の安寧のために、より一層心血を注いだのだった。
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悲劇は、そんな決意をし、実行に移してからわずか三年後のことだった。
妻が、死んだ。原因は――――私に受けた呪いが、うつったことが原因だった。妻は一言もしゃべれなくなり、最期の言葉も遺せぬまま、目を覆いたくなるほどもがき苦しんで――――逝った。
心の中の最後の防衛ラインが、崩壊した。私は現実を受け入れられず、しばらく引きこもってしまった。世界の平和を管理するという使命があるにもかかわらず――――
妻が私のせいで死んだ。呪いは、近しい人にうつることがある。ならば、我が子ローガスはどうだ? いつか、あの子も呪いによって私の前から消えてなくなるのか? 私のせいで? 私が、神を殺してその座を奪ったから――――
(私は、私は、私は……)
何かを守ろうとするたび、大事にしようとするたび、それらがスルリと私の手から滑り落ち、粉々に砕け散っていく。
これが、罰だというのか? 私には、何も守れぬというのか? 愛することも、許されぬというのか?
(誰か……誰か教えてくれ……私は、どうすればよかったのだ? これから、どうすればよいのだ? どうすれば、私は罪を償えるのだ?)
それから、私は職務を放り出して下界にしばしば視察に出た。答えを探し、見つけ出すために――――
世界は表向きは平和だった。人々は私に感謝し、それぞれの生活を不自由なく営んでいる。
だが、光あるところには影がある。そして今の私には、その影が実にはっきりと色濃く映っていたのだ。
一部の地域では、いまだ戦争時代の爪痕が残っており、明日をも知れぬ生活を送っていた。また、戦争時に引き起こされた民族・部落差別が行われており、妻のように行き場を失った者達が少なくなかった。
私は、手当たり次第そうした人々を保護し、神軍の一員にしたり、普通の暮らしを保障したりした。その中で保護した者たちのなかに、ガデスやフィーリスといった、神子として覚醒する者もいた。
だが、こんなことをした所で私の罪の意識が消えることはなかった。所詮、こんなものは応急処置のようなものだ。いずれ、罪は再び浮かび上がり、私と世界に災厄をもたらすことになる。
そんな時だった。神の生まれ変わりの情報を得たのは――――
どうやら、とある村であのお方の魂が極秘に守られているというのだ。最初はその情報に半信半疑であったが、しばらくして、何故かその情報が真実なのではないかという、根拠のない推測が生じた。神の幻想に取り憑かれているだけだと思い、気にしないようにした。だが、その情報が頭から離れない。日に日に、神への想いが再び募っていくのだ。
(私は、どうしたというのだ? 一体何が……? あのお方はとうに滅びたというのに……)
ある日、久々にあのお方が夢に現れた。実に現実味のある夢だった。まるで、目の前に本当にいらっしゃるかのような――――
「アズバ、久しぶりですね」
「主よ……主よ!」
優しく語りかけてきた主に、私は不敬にも子どもみたく抱きついてしまった。主はそれを拒むことなく、優しく私を包みこんでくれる。親の温もりを感じ、私はそれを久々に目一杯味わった。
「私の代わりを、立派に果たしているようですね」
「主よ……それは違います。私は、あなたの代わりにはなり得ませんでした……そして、あなたが今の世界を滅ぼそうとした理由も、何となくわかります」
「彼らは非常に醜い。自分の大切なものを守るという大義を振りかざせば、平気で他者を傷つけて良いと思っている。私には、それが見えたのです。このままいけば、いずれ彼らは互いに争い始め、世界を犠牲にして自滅する未来が……」
「はい、あなたのおっしゃる通り、彼らは互いに争い始めた。口を開けば、家族を守るためだの、愛する人を守るためだのとのたまって……」
「彼らは実に狡猾です。そう言っておけば、あなたのような優しい人を簡単に騙せると思っている。本当は、彼らは壊したいだけなのです。内に秘めた獣を解放し、気持ちよくなりたいだけなのです」
「主よ……私は、私はどうすれば――――」
「私の可愛いアズバ……あなたにも罪がありますが、その罪は狡猾な彼らがなすりつけたもの。しかし、罪は罪。これを償うために、最善の方法が一つだけあります」
「それは、それは何ですか!?」
藁にもすがる想いだった。今思えば、私もまたあのお方に騙されていたのかもしれない。大切なものを失い、途方に暮れていた私には、あのお方の言葉全てが真実に思えたから――――
こうして、私は一人、ひそかに神――――すなわち竜の復活のために動き出したのだ。このときの私には、もはや正常な判断などできなくなっていた。
あのお方の愛がもう一度頂けるならば――――そんな身勝手な理由だけで、私は世界と子どもたちを売ったのだ。そして、神の依代となった、あの娘にも――――
そして、事は成り、用済みとなった私は捨てられてしまったというわけだ。何とも滑稽な話だ。ただ、私はお許しを得たかっただけなのに――――
私の生きざまは、間違っていなかったと認めてほしかっただけなのに――――
私は、何のために生まれてきたのだろうか……? 私が生きた意味は、あったのだろうか?
誰か、誰か……教えてくれ――――




