決戦の幕開け
時はほんの少しさかのぼる――――
「神聖な大地が……こんなに荒らされるなんて……」
「かなりドンパチやってるみたいだね」
オルトス、リンベル、そしてカグヤの三人は、神島にある祭壇に急ぎ向かっていた。カグヤのお付きの人々が先行して、道の安全を確かめている。姿は見えないが、人々の争う音があちらこちらで響き渡っていた。
「バンクとボンクは連れてこなくてよかったのかい? オルトス」
リンベルがふと、世間話でも始めるかのような軽い口調でオルトスに尋ねる。オルトスは少しだけ考え込むと――――
「ああ、ここから先の戦いはあいつらには厳しいからな」
「結構揉めたんじゃない?」
「まあ、駄々はこねられた。無理矢理黙らせてきたけど」
「相変わらずそういうところは不器用だねえ……それが最後になるかもしれないんだよ?」
リンベルは最後に真面目なトーンに変え、真剣な表情でオルトスを見た。オルトスはそれに対し、フッと軽く笑みを見せた後――――
「別れの挨拶は、村を出た時にもう済ませてるよ。あいつらももう子どもじゃねえんだ。覚悟くらいはできてるだろうよ」
「そうかい? まあ君がそう言うのならそれでいいけど――――」
すると、黙って話を聞いていたカグヤが、ふふっと穏やかな笑みを浮かべた。
「オルトス様はお二人のことを信じてらっしゃるのですね」
「付き合いも長いからな。あいつらの気持ちはある程度理解できる」
「ふふふっ、素晴らしいです。お二方も、おそらくオルトス様のことを信じていらっしゃいますよ。そうでなければ、あなたさまをこうして一人送り出すことはしないはずですから」
「そういうもんか」
「そういうものです。お二方の信頼を、裏切るわけにはいきません。生きて帰りましょう、オルトス様」
「へっ、言われなくても」
そう言って、オルトスもまた、カグヤに不敵な笑みを見せた。そんな二人のやり取りをリンベルが微笑ましく感じている次の瞬間――――
三人の目指す先、祭壇から突如、光の柱が出現した。三人は驚愕に満ちた表情でその柱を見つめる。そして、三人を嫌な胸騒ぎが襲った。
「――――急ごう!!」
「はい!」「ああ!」
三人は、祭壇へ向かうスピードを速めるのだった。
そして、時は現在に戻る。
~~~~~~
「こ、これ、は……」
オルトス、リンベル、カグヤの三人は祭壇に到着し、最悪な状況に絶句する。カルミナやハルカだけでなく、中央の神子たちも倒れており、彼らは悲痛な叫びを上げ続けている。それも当然だ、なぜなら――――
敬愛する父親――――アズバの胸を、変わり果てたアリシアの右手が貫いていたのだから――――
その光景を見たリンベルは一瞬言葉を失ったが、すぐに我慢できなくなった。身体を震わせ、絶望に満ちた表情を浮かべながら、叫んだ。
「アズバああああああああ!!!!」
その瞬間、リンベルは瞬時に間合いを詰め、アリシアに襲いかかる。目の前の少女から発せられる懐かしくも、恐ろしい気配――――リンベルはすぐに理解する。
神は、舞い降りたのだと。この世に絶望と苦痛を振り撒くために――――
アリシア、もとい竜はリンベルを視界に捉えるとニヤリと不気味に笑い、アズバを刺した右手を引き抜いてリンベルの攻撃を受ける。お互い、生身の身体のはずなのに、剣がぶつかり合う時のような金属音がした。
「久しいですね、リンベル」
「感動の再会とは、いきませんね!! かつての主よ!!」
リンベルは目一杯の怒りをぶつけながら、身体をひねって竜に蹴りを入れる。竜はそれを受けるが、勢いが押し殺すことができず、竜の身体が舞った。リンベルはすかさず追撃にかかり、竜の腹に渾身の拳打を食らわせる。
それを甘んじて受ける形となった竜は、そのまま床に激突し、土煙が舞った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らしながら、リンベルは厳しい目で土煙を見つめる。
――――この程度で奴がやられるはずはない、次に備えなくては。
リンベルがそんなことを思いながら構えると――――
「鈍りましたね、リンベル」
背後から声が聞こえた。慌てて振り向いた瞬間、リンベルの首がガッと掴まれた。不敵な笑みを浮かべながら、掴んだ張本人――――竜はそのままリンベルを軽々と持ち上げる。
「う……ガッ……」
「しかし老いてもなお、このラッシュは中々のものでした。しっかり鍛えている証拠ですね、感心感心」
リンベルを褒め称えながらも、竜の手が彼の喉に食い込む。その度に、リンベルは苦しそうにうめき声をあげた。
「さて、それじゃあ本番といきましょうか。私も身体が暖まってきましたし――――」
竜がそう言いかけた瞬間、竜は突然の違和感に襲われる。身体が全く動かないのだ。力も入らず、そのままリンベルを落としてしまった。
「あなた様の相手は、リンベル様だけではありませんよ……御神よ」
竜がチラリと視線を向けた先――――厳かな神官服を身に纏った女がこちらに対し、手をかざしていた。
――――何やら仕掛けたらしい、さしずめ身体を見えない力で拘束するといった類いのものだろうが――――竜にとっては児戯に等しかった。
「なるほど、挑戦者はあなた方二人というわけですか」
「いいや、五人だ」
すると、カグヤの前にオルトスと、アズバの拘束から解放されたカルミナとハルカが並び立った。三人は一斉に竜に向けて構える。
「アリシアを、返してもらうわよ!」
カルミナが怒りを顕にしながら、竜に言葉をぶつける。その言葉を聞き、竜は不気味に笑い出した。
「ククク、なるほど……あなたがあの子の想い人ですね……面白い、いいでしょう! 世界を滅ぼす前の余興です! あなた方五人を、我が聖域へと案内しましょう!!」
そう高らかに宣言した瞬間、竜とカルミナたち五人の姿は、聖域から跡形もなく消えたのだった。
~~~~~~
「父さん……父さん! しっかりして!!」
残されたローガスたち五人の神子は、倒れているアズバの元に駆け寄っていた。いつもならば、アズバの傷は瞬時に直るのに、今回のはなぜか一向に癒えない。それどころか、みるみるアズバの血の気が引いている。
「血が……止まらない……! フィーリス! 何とかならねえのか!!」
「今やってるわよ!! なんで……! なんで止まらないの……!!」
フィーリスが泣きじゃくりながらも必死に止血しようとするが、彼女の意思に反して、流れる血は止まるどころか、逆により多く流れ出していく。絶望的だった。
「ゴホッ!! もう、いい……フィーリス……やめ、なさい……」
「何言ってるの、お父様!! お父様は神様なのよ!! こんな傷、すぐに――――」
「神である前に……私は人間族だ……致命傷を受ければ、いかに私とて死は免れない……」
「でも、でも! いつもだったらすぐに治るじゃねえかよ!!」
「ガデス……あのお方は、私に唯一致命傷を与えることができる……なにせ、この呪いを付与した、張本人なのだからね……」
「親父……親父ィ……」
ガデスは悔しそうにうなだれた。他の四人も、悔しそうに涙を流し、嗚咽を漏らす。そんな彼らを見たアズバは――――
「それよりも、あなたたちに、伝えておきたいことが、あります……」
「……え?」
五人は一斉にアズバの方を向く。アズバも、覚悟を決めることにした。
――――この子たちには、自分の全てを伝えなくてはならない。それが、最期に彼らにしてやれる、自分の役割だ――――
そうして、アズバはゆっくりと話を始めるのだった。




