創造主の降臨、そして
「久しいですね、アズバ」
――――声は確かにアリシアの声だった。しかし、その不気味なくらいに落ち着いていて、威圧的な声音を聞いた瞬間、カルミナの全身にブワッと悪寒が走った。あの心優しく、穏やかだった彼女とはまるっきり別人に感じた。ひどく冷たく、恐ろしい――――
「アリ……シア……」
信じたくない、受け入れたくない。しかし、しかし目の前に存在している彼女はもう――――
自分の知っている、アリシアではなかった。
「この時を……待ちわびておりました……! 我が主よ!」
「ほう……かつて私を滅したあなたが……ねえ」
「その罪滅ぼしのために、あなた様の復活にご助力いたしました」
アズバは深々と頭を下げ、忠誠の証をアリシアに見せつけた。アリシアの空色の瞳が妖しく光り、まじまじとアズバをなめ回すように見つめた。近くでは、アズバの力で地面に押さえつけられている神子たちがジタバタともがいていた。
「父さん……どういう、ことだよ……!? 罪滅ぼしって……?」
「そいつ……世界の敵なんだろ……? 何で……頭、下げてんだよ! 親父……!!」
「そうよ……お父様……どうしちゃったの……!」
「何故このような……我が主よ! これの意味するところは――――!?」
「うう……」
五人はアズバに説明を求める。皆、突然このような仕打ちを受けるのかがわからないこと、そして――――
なぜ、世界の敵と言っていた相手に、深々と臣下の礼をとっているのか?
「申し訳ございません、我が主……配下の者が騒がしく……」
「いえ、充分な説明がされていないのですから、彼らが騒ぎ立てるのは当然でしょう。正直、私も驚いておりますし」
「あなた様ならば、この事態になるのもすでに予知されていると思っていましたが――――」
「私はあなたたちが思っているほど、万能な存在ではないのですよ? アズバ」
「何をおっしゃる。あなたの真似事をやってみて、ようやくあなた様の偉大さに気付いたのです。所詮、私などに『神』という器は重すぎました……」
「父さん……何を、何を言ってるんだよ? 父さん以外の神様なんて――――」
「いるのさ、ローガス。ここにおわすのは、あのアリシアとかいう小娘ではない。このお方こそが、我らの真なる神、アレイシア様だ」
「は、はぁ……? それって、どういう――――」
「言葉通りの意味だよガデス。今日、この時より世界は元ある形に戻っただけだ」
五人の神子はアズバの言っていることがわからず、訝しげな視線を送る。アズバはそんな五人を見て、失望したように大きくため息をついた。
「やれやれ、頭が鈍い子たちだね。そんなことでは、主のお役には立てないよ」
「お父様……どうしちゃったの……!? しっかりして……」
「ひどいなあ、フィーリス。僕が気が狂ったような言い方をして」
「だって……いきなりそこにいる世界の敵が真なる神って! 神はお父様でしょ!? ちゃんと、説明をしてよ……」
「はぁ……申し訳ない、我が主よ。説明の時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、ご勝手に」
「感謝いたします」
そうして、アズバは子供たちに説明を始める。この世界は元々、化物とされていた竜が神として治めていたこと。ある日、神の怒りに触れて触れてこの世界は滅びそうになったということ。そして、その神を我が身可愛さに滅ぼしたのが、自分たちであること。
目の前にいる少女が、実はその創造主の生まれ変わりであること。だから最優先で探し出し、復活の手伝いをしようとしていたのだ。
説明を受けた五人は、信じられないといった表情で固まってしまう。
「う、うそ……」
「嘘かどうかはあなたたちの判断に任せます。ですが、事実なのです」
「……仮にそいつが本物の神様だとして……親父はこれからどうするんだよ? 俺たちは、どうなるんだよ?」
「無論、神のご意向のままに。私は、このまま神を滅ぼした贖罪を行います。神よ、愚かなる私に罰をお命じください」
「親父!!」
それを聞いたアリシア、もといアレイシアは面白そうな笑みを浮かべながら、アズバに向き直った。
「アズバ、やはりあなたは忠義の士です。あなたという存在を最高司祭として生み出したのは正解でしたね」
「ありがたき幸せ」
アズバは母親に褒められた子供のように満足げな笑みを浮かべた。それを見たアレイシアは不敵な笑みを浮かべてアズバを見下ろした。
変わり果てたアリシアの姿を見て、カルミナは悔しそうに地面をたたきつけた。
「アリシア……結局、助けられなかった……」
もう、目の前の彼女から、アリシアの気配は感じない。先ほどの光に飲み込まれてしまったのだろうか。それとも、まだ身体の中にアリシアの魂が残っているのだろうか。それすらも、わからない。わかるわけがない。
「うっ……くう……!」
その「わからない」というあやふやな言葉でしか片付けられない現状が、カルミナの心を蝕んでいった。アレイシアはそんなカルミナを一瞥しながらアズバに語りかける。
「アズバ、私がこうして生まれ変わった意味がわかりますか?」
「世界の、滅亡ですか?」
「ご名答。あなたとそこで倒れている輩には、その手伝いをしてもらいましょうか」
「お任せください。今度こそ、あなた様のお役に立ってみせます! 母なるアレイシア様、神たるアレイシア様!」
アズバはさらにうやうやしく頭を下げた。神子たちはいまだ騒いでいるが、今のアズバにその言葉が届くことはなかった。アズバの目には、神を殺した日の映像と、目の前のアレイシア神しか見えていなかった。
(これで……ようやく! 償うときがきたのだ……待った……長かった――――)
アズバは後悔していた。あの日神ではなく、ヒト族を選んだこと、既存の世界を選んだことを。彼らが、いかに醜い存在であったか。そして、神の予知がいかに正確であったか。知らなかったとはいえ、本来は自分たち司祭が率先して、神の命を喜んで受けるべきだったというのに――――
「では、早速命じます。アズバよ」
「ははあ!!」
周囲の神子たちの悲痛な叫びが大きくなる。皆、必死にアズバを止めようとするが、やはり身体は動かない。それでも、叫ぶことをやめない。
最後の最後に、元の優しいアズバに戻ることを信じて――――
しかし、次に起きたことは、ある意味では予想通りで、またある意味では予想外の出来事だった。
「死んでください、私の可愛いアズバ」
「――――カハッ……?」
一瞬の、出来事であった――――
アズバの心臓部に、アレイシア神の凶手が深々と突き刺さっていたのだ。




