喪失とわずかな希望
「あっ! 目が覚めた! カルミナちゃん! 大丈夫かい!? 僕がわかるかい!?」
カルミナが目を覚ますと、彼女の視界に飛び込んできたのは、こちらを心配そうに見つめるリンベルの姿だった。
「リンベルさん……痛っ!」
身体を起こそうとした途端、カルミナの身体に激痛が走った。訳がわからずに自分の身体を見回してみると――――
重度のケガ人のごとく、あちこちに白い布が巻かれていた。それを見た瞬間、あの時の記憶が蘇ってくる。人間神アズバに襲われて戦闘不能になり、そしてアリシアは――――
全身の血の気がサーッと引いた。カルミナは慌てて周囲を見回すが、アリシアの姿はなかった。
「リンベルさん……アリシアは、アリシアは……?」
最後の頼みと言わんばかりの悲痛な声で、カルミナはリンベルに尋ねる。リンベルは唇を噛み締め、そっとカルミナから目をそらす。それが、全てを物語っていた。
あの惨劇は、夢ではないのだと。その現実を受け止められるだけの力はカルミナにはなく――――
「嘘……でしょ? ほら、これは悪い夢だよ! だって! リンベルさんだってこうして生きてるじゃん! 皆無事なんでしょ!? アリシアも、どこかにいるんだよね!? ねぇ、お願いリンベルさん! なんとか言ってよ――――ゲホッゲホッ!!」
ボロボロになった身体で声を荒げたため、カルミナはその場で苦しそうに咳き込んでしまう。傷口が開いてしまったのか、白い布がじわりと赤く染まり出した。
「すまない……僕の、力不足だ……」
「なんでリンベルさんが謝るの? 謝ることないじゃん! だってアリシアもオルトスも、バンクとボンクも! 皆どこかにいるんでしょ!! 私を……からかってるだけでしょ……? お願い、リンベルさん……! そうだと……言って……!」
「…………」
リンベルはさらに顔をうつむかせ、ぷるぷると身体を震わした。そして、ゆっくりと口を開く。
「倒れていた君たちの所に駆けつけた頃には……傷だらけの君と、オルトス、そしてバンクとボンクが倒れていた。そこにアリシアちゃんは――――いなかった」
「――――!!」
「僕はなんとか食い止めようと最後までアズバに食らいついたが……結果はご覧の通りだ」
そう言って、リンベルは隠していた左手を見せる。それを見たカルミナは絶句した。
リンベルの肘から先が、無くなっていたのだ。まるで手品でも見せられているかのような気分だ。リンベルもまた、辛い戦いを強いられたらしい。
だが、それよりもカルミナの心をぐちゃぐちゃにしたのは、夢だと思っていたあの光景が現実だったということ。それはつまり、アリシアはこの世にはもう――――
「…………」
「カルミナちゃん……それで、話したいことが――――」
「……出て行って」
「カルミナちゃん! 違うんだ、アリシアちゃんは――――」
「出て行って!!」
カルミナは聞く耳持たずの姿勢で、布の中に潜り込んでしまう。やがて、無言で足音が遠くなっていくのが聞こえ、その足音が無くなった瞬間、カルミナは一人絶望にうちひしがられ、すすり泣くのだった――――
~~~~~~
カルミナは再び夢を見る。
アリシアと出会い、友達になり、共に旅をした日々……。彼女の笑顔、泣き顔、怒り顔……全てが愛おしかった。でもやっぱり――――お月様のような優しい笑顔をしているときが、一番可愛かった。
アリシアのためなら、どんな辛いことも頑張れた。最初は、ここまで頑張れるなんて思わなかった。見捨てるつもりはなかったが、自分の命に危機が迫ったときはどうするんだろう、と他人事のように考えていた。結果は、進んで命を投げ出したが――――
自分でも不思議だった。ここまで、彼女のことを想えるなんて――――
一時の気の迷いだと思っていたのに、気付けば彼女のことばかり考えていた。カルミナの人生において、アリシアはなくてはならない大きな存在となっていたのだ。だからこそ、命を懸けてアリシアを守ると誓った。彼女が竜の生まれ変わりなどどうでもいい。ただ、あの子が安心して笑えるように手助けしていきたかった。
――――迷惑だと、自分の存在がカルミナを苦しめるとアリシアは言った。とんでもない話だった。迷惑? 大いに結構。苦しめる? むしろストレス発散の道具として使って欲しかったくらいだ。正義感なんて欠片もない、むしろこれは自分の子供じみたわがまま――――
アリシアには、人並みに幸せになって欲しかったのだ。なぜここまであの子を求めるようになったのかはわからない。多分、一生わからないままだと思う。むしろわからなくていい。理由を求めることの方が、この美しい想いが嘘っぱちに感じてしまうからだ。
幸せになって欲しかった。叶うなら、これからもずっと隣にいたかった。ただ、それだけなのに――――
運命は、現実は残酷だ。そんな小さな願いすらも、聞き入れてもらえないのだから――――
「アリシア……会いたいよ……ごめん、本当に、ごめんなさい……」
カルミナが涙を流しながら、ボソリとつぶやいたその時だった。
――――カルミナ……
~~~~~~
「――――!!? アリシア!!??」
カルミナはそう叫ぶと、思い切り目を見開いた。視界に移った世界は、先ほどリンベルと話していた空間。改めて見渡すと、そこは今まで見たことの無い様式の部屋だった。
木製の天井に、床は藁を縫い合わせ、板状にしたものを何枚かはめ込んでいる。そして、カルミナが寝ている寝具は、小高いいつものベッドでは無く、床に布を何枚か敷いただけの簡素なものだった。しかし、不思議とベッドより心地よく感じる。
「ここは……どこ?」
少し落ち着いたカルミナは、ようやく周囲の情報を得るだけの余裕を持てたのだった。カルミナが横になりながらキョロキョロしていると――――
「カルミナちゃん! 大丈夫!? 何か大声聞こえてきたけど!?」
リンベルが必死の形相で駆けつけてくれた。カルミナは申し訳なさそうに見つめて――――
「ごめんなさい……大丈夫です。ちょっと、夢を見ていただけで……」
「そ、そうか……それなら良かった」
リンベルは本当に安心したように、一息ついて座り込んだ。その瞬間――――
「それよりリンベルさん! 聞いて! さっき、アリシアの声が聞こえた気がしたの!!」
「何!?」
カルミナは、先ほど聞こえてきた状況をつぶさに説明する。頭に直接、はっきりと聞こえてきたアリシアの声。幻聴にしては、どこか現実味を帯びている。それを聞いたリンベルは、あごに手をあててしばらく考えた後――――
「実は、さっき話そうと思ったんだけどね……」
リンベルはどこかもったいつけたような話し方で、こう切り出した。
「もしかしたら、アリシアちゃんはまだ生きているかもしれないんだ」




