人間神の思惑②
「さて、まずは労いからだね。あなたたちにはいつも苦労をかけてしまう。それでも、文句一つ言わずに頑張ってくれてありがとう」
アズバは優しい笑みを浮かべながら、円卓の五人に感謝を伝えた。会議でこの場に集まる時は、必ず感謝の言葉から始める。五人は座りながら一斉に頭を下げた。
「ありがたき幸せです。その言葉だけで、我らの今後の励みとなります」
「デイス、ありがとう。貴方のその勤勉さで、多くの子供達が正しい道を歩むことができているよ。これからも、貴方は変わらずその信念を貫きなさい」
「は、ははーっ……! ありがたき、ありがたき幸せ……! 感無量でごさいまする……!」
デイスは涙を流しながら平伏する。そして幸せそうに、再びぶつぶつと教義を唱え始めた。
デイスは円卓の五人の中では新参者であるが、その勤勉さと厚い信仰心を評価され、この地に踏み入ることを許された。彼の主な仕事は、人々にアズバが唱えた教義を用いて、人々を正しい道に誘うことである。また、教えるのが得意なため、神軍の運営する「神学校」の代表として、世界各地で子供達に直接講義を行ったりもしている。
「あーあ、デイス先生のやつ、また始まったよ」
「良いことじゃあないか、ガデス。彼の私に尽くしたいという純粋な思いは、私にとっても非常にありがたいものだ。貴方も見習ってみてはどうだい?」
「みくびってもらっちゃ困るぜ親父。俺は俺なりにあんたを信頼してる。人間としても、神としても、そして一人の親としてもな」
「その気持ちはきちんと伝わっているよ。さっきの好戦的なものはいただけないが、貴方の働きは素晴らしいものがある。いつも汚れ役を買ってくれているね、それは本当に申し訳ない」
「やめな、親父。神様がそんな風に自分の非を認めるもんじゃねえ。あんたは常に正しい。俺たちはあんたの矛として、これからも世界の敵どもを滅ぼすだけだ」
ガデスはニヤリと清々しい笑みを見せながら胸を張る。
ガデスは神軍の総司令官、つまり軍部のトップである。二十一歳の若さにしてその地位に就き、世界を脅かす存在と命を懸けて戦っている。しばしば好戦的になるのがたまに傷だが、彼は彼なりにアズバに忠誠を誓い、世界とそこに生きる者たちのために日々働いているのだ。
「全く……。お父様は優し過ぎるのよ。こいつ、また調子に乗るわよ」
「フィーリス……。貴女はいい加減、ガデスと仲良くしなさい。いつまでもいがみ合いをしてては、さっきも言ったが子供達に示しがつかないよ」
「分かってるけど……」
「悪いところばかり見ないで、良いところを見なさい。ガデス、それは貴方にも言えることだからね」
「はーい……」
「分かってるよ……」
フィーリスと呼ばれた桃色の猫耳獣人とガデスは揃ってしおらしくなった。先ほどのお叱りが利いているのだろう。
「もちろんフィーリス、貴女も世界のために頑張ってくれているのは私が一番知っている。治療院で数多の子供達の命が救われているのは、間違いなく貴女のおかげだ」
「そんな……。私の力なんてお父様に比べたらまだまだです……」
フィーリスは恥ずかしそうに小さく笑う。基本的に、フィーリスは面倒臭がり屋な所があり、ボーッと物思いに耽ることが多いのだが、ことアズバのためならば本気を出す。そして、ご褒美を待つ子供のようにアズバに甘えるのが好きなのだ。
世界で一、二を争う弓術の腕前に、彼女は、神軍の運営する治療院の最高責任者として、故郷に伝わる医療技術を駆使して人々を病魔から守るのが主な仕事だ。といっても、普段は先述の通りボーッとしているのだが……。
「そういえば、初めての家族会議になるわけだけど気分はどうだい、エヴァス? 大丈夫かな?」
エヴァスと呼ばれた五人の中で最も背の小さい者は、突然アズバに話を振られてビクッと身体を震わした。
「は、はい! だ、大丈夫です! ちょっと緊張してますけど……」
「緊張するのは仕方がないよ。気を楽にしなさい、とは言わない。ただ、胸を張りなさい。貴女は間違いなく、ここにいる資格のある神子なのだから」
「は、はい! ありがとう、ございます……!」
他の人同様、真っ白な神官服を着ているがそれに相反するかのような黒い髪に黒い瞳。腰には身の丈ほどの剣を携えている少女。常に周りをキョロキョロと窺いながら怯えるように身体を震わしている。
エヴァスは齢十でありながら、最年少でこの座に選ばれた。まだ役職は持ち合わせていないが、ひとたび剣を握った瞬間、剣聖となる。生まれつき剣の才能に恵まれ、圧倒的な剣技に善人は魅せられ、悪は一刀両断される。彼女は今、ガデスの元で剣術指南役として働いている。
「大丈夫大丈夫、エヴァスはそのままいてくれるだけで十二分すぎるほどだって」
「ローガスお兄様……」
ローガス、と呼ばれたアズバと瓜二つの男はエヴァスに対して、ヘラヘラ笑いながらそう言った。
「兄上……。もう少し感情を込めておっしゃってくだされば、エヴァスも喜びますぞ」
「え、そうかな?俺的には感謝を込めたつもりだったけど」
「そ、そうなのですか?」
「ローガス兄貴は掴めねえからなあ。何考えてんのか基本的に分からねえしよ」
「まじで? 俺には皆の考えてること分かるけどなあ」
「それは兄さんの神力の話でしょ!」
「はいはい、静かに」
ヒートアップしそうになった所で、アズバが手を叩いて皆を制止した。円卓の五人は瞬間、ピタリと声を発するのを止めた。
「ローガスは、長男として私の代理を勤めてくれている。貴方には感謝してもしきれないよ」
「父さんが望むからやっているだけ。父さんが喜んでくれるなら、俺はそれだけで十二分だよ」
「ふふふ、貴方らしいですね」
ローガスは、アズバに対して本当に嬉しそうにニンマリと笑った。
ローガスはこの五人の長男、すなわちリーダーとしてアズバの仕事の代わりを勤める。具体的には、アズバの神託を人々に伝えたり、多少だがアズバの力も使えるため、神力と呼ばれる人外の力を用いて困っている人々を救う。
「君たち五人がいれば、この世界は安泰だ。これからも世界のために、共に頑張ろう」
アズバの言葉に円卓の五人は大きく頷いた。
そう、ここに集まりしは神と、神に認められし神の子供達、すなわち神軍の最高戦力である、神子と呼ばれる存在だ。
「そういえばガデス、例のの世界の敵はどうなっているのかな?」
アズバは先ほどとは打って変わり、ひどく冷たい声でガデスに尋ねた。
その言葉を聞いて、ガデスの血の気が少し引いた。
「す、すまねえ……。中々しぶとくて……」
「この世界にいつまでも災いをのさばらせているわけにはいかない。まだ彼女は力を発現させてはいない。どういう訳か、記憶を失っているようだからね」
「ドーン村付近で追い詰めたらしいんだが……、どうやら邪魔が入ったらしい」
「彼女を我々の子供たちの一人が助けたというのかい?」
「そういうことになる」
「ふむ……」
アズバは顎に手を当てて考える素振りを見せた。それを見たガデスはアズバにこのように話を切り出した。
「親父、奴らの後は追える。世界の敵を引き渡すなら許し、引き渡さないのなら同じく滅するしかない」
「……そうだね。ガデス、世界の敵を助けた子はもしかしたら操られているかもしれない。そうでなければ、奴らを助けるなどあり得ない話だからね」
「ああ……、可能性は高い。世界の敵は親父が言ったように、何をしでかすかわかんねえからな」
「その通りだ。決して油断してはいけない。私たちもまた、奴らには命を懸けて挑まなければならないよ。全ては」
「「「「「世界のために」」」」」
アズバに続くように、五人は揃えてそう言った。その瞳には、覚悟を決めた、燃え盛るような強い力を感じる。
「親父、奴らはどうやらサマルカンに向かうようだ」
「サマルカンか……。あそこには罪なき民たちが多く集まる。何とか彼らから切り離さないとね」
「サマルカンに着く前に叩く。すでにいくらかの精鋭と、聖獣を派遣した。これでいけるならよし。ダメなら……、最悪俺も出る」
「うん、まずはそれでいいだろう。貴方は最後の切り札だ。本当にどうしようもなくなったときに出陣しなさい」
「承知した」
アズバは、それからガデスから作戦の次第を聞いてアズバは同意した。世界の敵と共にいる存在が、どれほどの力を持つかは分からない。まずは探りを入れる必要があると判断したのだ。さらに言うと、こと戦闘においてはガデスは神軍の中で最も優れている。
その戦闘力の高さから『神軍の最終兵器』と呼ばれている。
「それでは、今日は忙しいなか集まってくれてありがとう。これからも世界の安寧のために、共に頑張ろう」
「「「「「はっ」」」」」
五人が返事をしたと同時に、その場から光の粒子となって跡形もなく消えた。アズバはそのまま玉座から離れず、人の頭くらいのサイズの水晶をどこからか取り出した。そして、その水晶を見ながら恍惚な笑みを浮かべる。
その笑みは、非常に人間臭かった。
「もうすぐだ……。もうすぐ君が手に入る……。待っていたまえ、私のアリシア」
水晶には、馬車からの景色を楽しんでいる、空色の髪の少女が映っていた。