奪われた絆
「カ……ル……ミ……ゴフッ」
胸を後ろから深々と突き刺され、アリシアは呆けた顔をしながら思い切り吐血する。やがて、刺された箇所からジワリとアリシアの赤く美しい血で染められていった。
「アリシア、アリシアああああああ!!!! うわああああああ!!!!」
カルミナは我を忘れてアリシアに駆け寄ろうとする。しかし――――
「おっと、そうはいかないよ」
「――――!? きゃあっ!?」
突如、カルミナの前方から激しい風圧が襲いかかる。カルミナは全力で踏ん張ってアリシアの元に向かおうとするが、いよいよ耐え切れずに吹き飛ばされてしまった。何が起きたのか分からず、カルミナは意識をクラクラさせながら、アリシアがいる方向を見る。そこには――――
アリシアの背後で不気味な程穏やかな笑みを浮かべている男――アズバが――――がいた。なおもアズバは剣をアリシアの体内に押し込んでいるようで、胸から突き出ている剣先がさらに長くなっていく。アズバはアリシアの肩に自分の顔を置き、恍惚そうに苦悶に満ちたアリシアの顔を見つめる。
「頑丈なのも良いことばかりじゃないね。おかげでより長く苦しむことになるのだから……」
「――――!! うわあああああ!!!!」
カルミナは痛みを忘れ、再度アズバに飛びかかる。しかし、冷静さを失っている今の彼女は、アズバの敵にすらならなかった。
アズバが目を閉じて何かをつぶやいた瞬間、彼に向かって猛突進していたカルミナの足がピタリと止まる。いや、止められたというのが正しいか。
どこからともなく現れた大量の短剣が、カルミナの身体のあちこちに突き刺さっていたのだ。白く柔らかな美肌に色を塗るように、真っ赤な鉄臭い液体がにじみ出る。カルミナはそれでもアリシアの元に向かおうと身体を動かすが、やがてあと一歩の所でどさりと倒れてしまった。
「あ……く……か、ル……」
まだ意識があるのか、アリシアは目に涙を溜めながら、嗚咽も混じったようなうめき声をあげる。それを耳にしたカルミナは、力を振り絞って身体を這うようにして動かす。
その光景をアズバが何の感慨もなさそうに眺めていると――――
「アズバあああああああ!!!!!」
先ほど、カルミナと共に吹き飛ばされていたオルトスが、雄叫びをあげながらアズバに飛びかかる。アズバに渾身のパンチをぶつけようとするが、アズバに当たる寸前でその拳が止まってしまう。見えない何かにオルトスの手が当たったのか、オルトスがその後何度も拳と蹴りを交互にぶつけても、ガキンという音がするだけでアズバには届かない。
「くそがああああ!!」
「無駄なことだ。覚醒もできていない君には、私と拳をぶつけ合う資格すらない」
「カシラは……どうした!?」
「カシラ? ああ、リンベルのことか。さあ、どうしただろうね?」
アズバは含みのある笑みを浮かべてはぐらかす。オルトスはそれを見て、絶望的な表情になり、やがて悔しそうに歯ぎしりしながら涙をこぼした。そして、乱心したかのように何度も何度も拳を見えない壁に向かってぶつける。
「一度ならず二度までも……お前は俺から! 大切なものを奪うのかあああああああ!!??」
「私にこのようなことをさせたのは全て、あなたたちの行いが招いたものだ。つまりは――――自業自得というやつだよ」
「――――ッ!!! アズバああああああ!!!!」
「全く馬鹿の一つ覚えみたいに……邪魔だ」
アズバがため息をついた瞬間、オルトスにもカルミナ同様、いつの間にか大量の短剣がオルトスの黒い体躯に突き刺さる。オルトスはそれでも攻撃を続けようとしたが、やがて力尽きてその場に崩れ去ってしまった。
「あ……ああ…………ぐふっ」
二人が倒れる光景をまじまじと見せつけられ、アリシアはついに大粒の涙をこぼす。もはや痛みはなくなり、身体から様々なものが抜けていく感覚だけ残された。もがく力も失われ、だらんと手足を垂れ下げることしかできない。
カルミナは意識を朦朧とさせながらも、アリシアの方に手を伸ばそうとする。アズバは、そんなカルミナの姿を見てフンと嘲笑う。
「あなたたちがどれだけ技を磨こうと、どれだけ崇高な魂を持っていようと、およそ私には及ばない。私はあなたたちより遥かに気高い使命を持ち、それを果たすのに充分な力を有しているのだから――――」
アズバの言葉にカルミナは反応せず、なおもアリシアに近づこうとする。もう、アリシアの音は聞こえないにもかかわらず――――
「あなたたちの狭い視野では、私の行いは残虐非道に見えるかもしれないが……広い視野で見れば、私の行いは全て道理に基づいたものだとわかるだろう。まあ、今のあなたたちにそれを言ったところで意味はないか」
アズバはそうつぶやいた瞬間、彼の身体が光の粒子へと変わり始める。それは、剣で貫かれたアリシアにも及び、だんだん彼の姿がなくなっていく。最後に、アズバはカルミナに向けて慈悲のこもったような優しい瞳を見せた。
「これを機にこのことは忘れ、私の子供の一員に戻りなさい。そして、父親とまた、平穏無事な生活を謳歌するといい。それが、本来のあなたに与えられた役割なのだから――――」
そうして、アズバとアリシアは姿を消してしまった。いつの間にか、カルミナに突き刺さっていたはずの短剣もない。しかし、カルミナの全身からは大量の赤い血が流れ出している。痛みと不快な熱に苦しみながら、カルミナは涙を流しながら、悔しそうに拳を握った。地面が抉れ、カルミナの指に土が入り込む。
(大好きな人のために命を張って……色んな人に助けてもらって、励まされて……ようやくあと一歩という所まできたのに……こんな、こんな結末……)
やがて、身体の感覚がなくなっていく。自分の死を予感しながら、カルミナは静かに目を閉じた。
(こんな、こんなのって……あんまりだよ……)
そして、カルミナの意識はプツンと途絶えるのだった。




