リンベルの愛
「させない!!」
カルミナに迫ったアズバの凶手を、間一髪でアリシアが間に入って受け止める。一瞬気の抜けた顔をしていたカルミナだったが、その光景を見てすぐにハッと我に返る。
「アリシア!!」
「ちっ……意外とやる」
アズバは鬱陶しそうな表情をし、すぐに後ろに飛び退くと、再びスッと片手を前面にかざした。そして――――
「――――吹き飛べ」
アズバのかざした手のひらから、先ほどカルミナを突き飛ばした不可視の衝撃波が放たれる。波が通った瞬間、土の床が円形に抉れ、それがカルミナたちに向かってくる!
「させない」
だが、その衝撃波がカルミナたちに届くことはなく――――リンベルが前面に立ちはだかり、アズバと同じように手をかざした。すると、パアンと何かがはじけ飛んだような音が聞こえると同時に、地面の抉れがリンベルの真ん前で止まる。アズバは額に青筋を浮かべ、憎々しげな視線をリンベルに向けた。
そんなアズバの顔を見て、リンベルは思わず笑みをこぼす。
「ずいぶんとひどい顔だね、アズバ。というか、お前そんな顔できたんだ?」
「……俺の邪魔をするのか、リンベル。どういう風の吹き回しだ? 世捨て人になったお前がここまで干渉するとは……そこの邪悪どもをそんなに気に入ったのか?」
「まあね……それに――――」
「それに?」
「今のお前には、正しさを感じない。何をそんなに焦る?」
リンベルはアズバの真意を探ろうと、頭に浮かんだ疑問をアズバにぶつけてみる。アズバは呆れたように鼻息を鳴らすと――――
「散々言っただろう? そこの災厄の化身を討滅するためだ。竜を蘇らせる存在を、放置しておく訳にはいかない」
「なるほど、実にもっともらしい理由だね」
「わかったらそこをどけ。旧友と争うことはしたくない」
「悪いがそれはできない。お前が彼女たちを狙うたび、僕は何度でも立ちはだかろう」
「かなり気に入ったようだな。自分のしていることがわかっているのか? そこまでこの世界が憎くなったか?」
アズバは腰にかけていた白銀の剣をおもむろに抜き、その剣先をリンベルに向ける。リンベルもまた、両手からボウッと手頃なサイズの炎を生み出した。それはどんどん大きくなり、ヒトの顔くらいのサイズの球体になった。
いきなり人間離れしたモノを見せられ、カルミナとアリシアは驚きで目を丸くする。
「ほう……精霊術はいまだ顕在か。うらやましいことだ、世界を司っているもう一つの神に好かれているとは」
「それでもお前に勝ったことはないけどね。だけど、今回は僕も退くわけにはいかない。僕の教え子たちを我が身可愛さに明け渡すなど、それこそクズの極みだよ」
そう言うと、リンベルは顔を少しカルミナたちの方に向け――――
「カルミナちゃん、アリシアちゃん、オルトス! 今のうちに逃げなさい!!」
「リンベルさん!? 何を言うの!? 私たちも――――」
「今の君たちでは勝てない!! ここは僕が抑える! 君たちは今すぐヒノワ村に行け!! ここから西の方にちょっと行けばすぐだ!」
「カシラ!! だけど!!」
「オルトス! これは僕の命令だ。彼女たちと協力しなさい! 君にはバンクくんとボンクくんもいる。ここで死ぬべきじゃない。大丈夫、僕は死なないさ」
リンベルはオルトスに爽やかな笑みを見せる。その笑顔は、愛する我が子を見送る父親のようだった。オルトスは悔しそうに拳を握りしめ、ギリッと白い歯を鳴らした。
「カシラ……」
「オルトス、自分を見失うな。君はまだまだこれからの人間だよ。君が本当に生きる意味を見つけたとき、君は本当の意味で強くなれる」
リンベルは今度はカルミナたちに視線を向けると――――
「カルミナちゃん、アリシアちゃん、何としても生き抜くんだ。誰がなんと言おうと、君たちには生きる権利がある。その権利を決して奪われるな」
「リンベルさん……」
アリシアは不安そうな表情でリンベルを見つめた。不穏なざわつきが、アリシアの心から全く離れない。
「大丈夫だよねリンベルさん……? 私たち、また会えるよね? 私、まだ教えてもらってないことたくさんあるんだから……」
「もちろんだよ。カルミナちゃんの成長も、僕はこれからも見守っていきたいからね。なにせ、あのヨーコちゃんの娘でもあるんだから」
「リンベルさん――――」
「カルミナちゃん、君はもっと自分に自信を持ちなさい。君に与えられた試練は、間違いなくヨーコちゃんよりも厳しいものだ。しかし君は恐れながらも、その試練に挑戦し続けている。それは本当に素晴らしいことなんだよ」
リンベルの周囲がオーラを纏うように赤く光り出す。それに合わせて、手のひらの炎が、勢いよく燃え盛った。
「誇りなさい、無理難題に挑戦し続けている自分を。信じなさい、自分は正しいと。自分ならば必ずできるのだと。大丈夫、僕が保証する。君なら必ずアリシアちゃんを救える」
その言葉を聞いた瞬間、カルミナのどこか空白になっていた穴が満たされたような気がした。報われたいとは思わない。褒められたいとも思わない。ただ、アリシアが笑っていたらそれでいい――――
それでも、リンベルの言葉は、カルミナの冷たくなりかけていた心をじんわりと暖めた。思わず、カルミナの瞳から涙がこぼれ出す。
「ありがとう、リンベルさん……死なないで!」
「君たちもね、さあ、早く行きなさい!」
リンベルのその言葉を受け、カルミナたちはようやく部屋を飛び出した。最後まで、一人残るリンベルを見つめながら――――
「優しくなったな、リンベル」
カルミナたちの姿が見えなくなったところで、静かにアズバが口を開いた。リンベルは、アズバに悲しそうな視線を向ける。
「お前は、冷たくなったな……僕のせいか? あの時、お前を見捨てたから――――」
「何も思っちゃいないさ。あの時はそんな暇もなかったし、今はあの子たちもいる」
「じゃあ、なんでそんな目をする? この世の全てを憎むような目を向ける?」
「……お前の思い違いだ」
「思い違いなんかじゃない!! お前は――――」
「これ以上の言葉は不要。さっさと終わらせる」
アズバは片手で剣を構え、狙いをリンベルに定める。ああなったら、何を聞いてもアズバは口を開かないだろう。リンベルも構え、精霊に祈りを捧げ始める――――
耳をつんざくような爆発音が聞こえてきたのは、カルミナたちが部屋を出て間もなくのことであった。




