神との邂逅
「――――なんだ!?」
「て、敵襲!!?」
カルミナとリンベルは、急ぎ爆発音のした場所に向かって走り出す。地面が揺れるほどの衝撃だったため、かなり規模が大きいことが予想される。さらに言えば――――
爆発音は近かった。つまり、内部にて爆発したということ。侵入者がいるならば、どうやってリンベルの精霊探知をかいくぐってきたのか疑問に思うところではあるが、今はそんな暇はない。
「この辺りから聞こえてきたということは、狙いはやはり――――」
「――――アリシア!!」
カルミナとリンベルが、爆発音があったであろう場所の近くまでいくと、カルミナとアリシアの部屋の扉が開け放たれ、そこから黒煙が上がっていた。それを見た瞬間、カルミナは血相を変えて部屋へと急いだ。リンベルも慌ててカルミナの後を追う。
そして二人が部屋の中に入って視界に飛び込んできたのは――――
床に倒れ、傷だらけになっているオルトスを踏みつけ、アリシアの細い首をガッシリ捕らえている真っ白な男。アリシアは苦しそうに顔を歪ませながら必死に抵抗しているが、男は何事もないかのようにすました顔をしている。姿はヒトの形をしているが、生気の感じない白髪と藍色の瞳を見ると、とても血の通った一生物とは思えない。まるで自分たちとは別の時間軸を生きているような、思わずひれ伏してしまいそうになる存在感。
しかし、その圧倒的神秘とは真逆の、友人のような親しみやすさも感じさせる穏やかな笑み。一瞬、彼が今アリシアとオルトスを攻撃しているのを忘れてしまいそうになる――――
カルミナはブンブンと首を横に振り、改めて最大限の警戒を男にぶつけた。リンベルも目の前の白男を知っているのか、今までで一番険しい顔をして男を睨み付けていた。バチッと二人の間で今、火花が飛び散ったように見えた。
白男は一瞬、氷のように冷たい表情でこちらを見ていたが、すぐに平和主義者のような穏やかで優しそうな笑みを浮かべる。それを見たカルミナの背筋がさらに凍りつく。なぜなら、そんな虫も殺さないような笑みを浮かべていながらも、アリシアを絞める力は強まり、オルトスを踏みつける足はさらに彼の身体にめり込んでいるからだ。
オルトスとアリシアは、同時にうめき声をあげた。オルトスは抵抗する力すらも失われたのか、どんどん身体と地面が一体化していく。アリシアは足をビクンビクンと痙攣し、口からは行き場を失ったヨダレが流れ出していた。それを見たカルミナはキッと目を尖らせて――――
「二人を……離せええええ!!!!」
と、怒りを露にしながら男に向かって突進していく。リンベルがそれを止めようと手を伸ばすが―――時すでに遅し。カルミナは白男に殴りかかるが――――
「――――っ!?」
白男はそれを片手で難なく受け止める。それに怯むことなく、カルミナはコンボを繋げていく。だが、その全てを白男は片手で捌いてしまった。それでも諦めずにカルミナは白男へ攻撃を続けようとする。
だが、それは叶うことはなかった。白男は先ほどカルミナの攻撃を捌いた手をカルミナにスッと向けた瞬間――――
カルミナの身体が、見えない何かに突き飛ばされるかのように遥か後方に押し付けられた。
「なっ……!?」
カルミナは部屋の外の壁にビタンと張り付けにされ、何とか身体を動かそうとしても、全く言うことを聞かない。なおも、カルミナへの圧力が増していく。ピキ……と壁に亀裂が入る音がした。
白男がさらに力を込めようとしたその瞬間――――
「僕の存在を忘れてもらっては困るね」
リンベルがいつの間にか間合いを詰めると、白男の喉元めがけ、片手で突きの一撃を繰り出そうとしていた。白男はそれを片手で受け止めるが――――
「――――!!」
勢いを殺しきれず、その身体が吹き飛ばされ、後方の壁に激突する。アリシアとオルトスも解放され、二人はその場で咳き込んだ。リンベルはそんな二人に急いで駆け寄る。
「大丈夫かい? 二人とも」
「は、はい……ありがとう、ございます」
「くそっ……不覚をとった」
オルトスは憎々しい表情になって、壁に激突してもなお平然としている白男を見つめた。白男はパンパンと肩のほこりを払うと――――
「やあ、久しぶりですね、リンベル」
「本当に、久しぶりだね――――アズバ」
リンベルにその名を呼ばれた白男――――アズバ―――は嬉しそうに微笑んだ。アリシアはその名を聞いた瞬間、戦慄を覚えた。
(この人が、人間神アズバ――――)
飛ばされていたカルミナも戻り、アリシアを庇うように立って、アズバを睨み付ける。アズバは四人を一瞥すると――――
「リンベル、どういうつもりです? あなたが竜の味方をするとは」
アズバはリンベルをじっと見据える。リンベルはその言葉を受けてアズバを睨み返すと――――
「この子は竜ではなく、アリシアだ。生まれ変わりではあるが、僕たちとは何の関係もない」
「いいや、あるね。彼女からは竜の気配が色濃く出ている。報告を聞くかぎり、わずかではあるが竜の力も行使したとか。このままいけば、彼女は近いうちに竜になる」
「――――!!」
アリシアは思わずギクリと肩を震わせる。思い出されたのは、近頃見る悪夢たち。やはり、あれは竜になる前兆――――
「原初の世界の敵を、このまま野放しにしておくことはできない。何のために私が、かつての神を殺してまでこの座に就いたと思ってる?」
――――どうせ全て知っているのだろう?
そう言いたげな視線を向けながら、アズバは世界の真実に触れた発言をした。息をすることすらも許されないような緊迫感。それをヒシヒシと感じながら、カルミナたちは無言でアズバに警戒の目を向ける。アリシアとオルトスも回復したのか、カルミナとリンベルの間に立っていた。
「アズバ……もう、竜は終わった。彼女も、これ以上力を使わなければ二度と竜が目覚めることはない。アリシアちゃんはアリシアちゃんだ。彼女は今、自分の生きる意味を見つけて歩もうとしている。老害たる僕たちが首を突っ込む必要がどこにあるというんだ? 君も他の子供たち同様にこの子も愛せば――――」
「ならない」
アズバはリンベルの言を遮り、キッパリと拒絶の意思を告げる。
「アズバ!!」
「なるものか! 世界と人々の安寧のために、少しでも脅威のある者は排除しなければならない! あなたも知っているだろう、リンベル!! 竜の力は、我らであっても理解の外にいるモノなのだぞ!! そのアリシアという人格そのものが、竜の思惑だという可能性はないのかね!?」
「そ、それは――――」
「はっきりと返答できぬだろう!! 当然だ! 私たちは誰よりもあの方の力を知っている! 彼女は無から有を生み出し、その逆も行えるまさに神にふさわしい存在!! そんな彼女が自分の魂を分け、その娘を造り上げた!! 彼女はまだ終わってなどいない! むしろ始まりなんだ!! 私がやっとの思いで取り戻した平和を、嘲笑うかのように破壊する! それが彼女の私への復讐なんだ!!」
リンベルはアズバの怒りとも、嘆きともとれるような叫びに絶句した。親友時代の彼からは想像もつかないほどの乱れ様。昔はこんな風に感情のままに叫ぶやつではなかったのに――――
「そこをどきなさい、リンベル。私は己の指命を果たす。私のためではなく、この世界と人々のために!」
アズバが怒鳴り声に近い大声をあげると――――
「――――ふざけるんじゃないわよ」
「カルミナ……?」
皆が一斉に振り向く。そこには――――
アズバに対し、獣のような目をして睨み付ける、カルミナの姿があった。