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【完結済】愛し愛される世界へ ~一目惚れした彼女が、この世界の敵でした~  作者: 冬木アルマ
第三章

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壊れゆく「私」

 カルミナとアリシアがリンベルのアジトに来て、一ヶ月が経とうとしていた。カルミナたちはその間、毎日訓練場に出入りして、己の限界を超えるための血のにじむような訓練を続けていた。リンベルも三人の想いに応えるべく、つきっきりで三人に厳しく指導をする。それに加え、カルミナには約束通り、合同訓練の後により厳しめの個別訓練も行っていた。


「カルミナ? 大丈夫? 凄くボロボロだけど……」


「平気平気! むしろ前より元気になったくらいだよ!!」


「そ、そうなの……? それなら、いいんだけど」


 リンベルとの個別訓練の後、カルミナは毎回ヨボヨボになって帰ってくるが、声はすこぶる元気なため、アリシアも強く止めたりはしない。ちなみに今、二人は同じ部屋で寝ている。その理由は、アジト内が狭くて部屋がもう残されていないとかではない。むしろ、部屋は腐るほどある。


「ごめんね……狭いでしょ? 私がいると……」


「何言ってるのアリシア! 私としてはご褒美ですよぐへへへ」


「股に手を入れてきたら、申し訳ないけど殴り飛ばすから」


「はい……絶対しません……」


 何とアリシアの方から、カルミナと一緒の部屋で過ごしたいと言い出したのだ。カルミナとしては拒否するどころか、むしろありがたい話なので、アリシアの願いを快く受け入れたのだが――――


()()()()()()()()()?」


「それは、わからない……」


「……辛そうにしてたら、また抱きしめてあげるから、安心して寝なさいな」


「ありがとう、カルミナ……」


 ――――竜と会話したあの日以来、アリシアは悪夢にうなされるようになってしまった。自分が竜に変貌し、この世界を破壊し尽くす夢を――――

 アリシアは、言いようのない不安に駆られながら、今日も夢を見る。夢は日を追うごとに鮮明になっていき、最近は起きてからもずっと覚えているくらいだ。


(私……いつか夢のように、竜になるのかな……?)


 リンベルから聞かされた、自分が竜の生まれ変わりであるという話。それは、自分の中にいるもう一人の誰か――――竜――――によって、真実であるという裏付けも取れた。カルミナたちには、そのことも話しており、初めて聞かされた時は、全員面食らったような顔をしていた。


(私は、運命なんかに負けない。私は自分の意思を貫くんだ! これまで私を助けてくれた人たちのために……そして――――)


 アリシアは気持ちよさげに眠っているカルミナを眺める。

 カルミナは、自分のためにたくさんの傷をもらいながら、強くなろうと頑張ってくれている。そう、自分のために――――

 カルミナには、感謝してもしきれない。その気持ちは一生変わることはないだろう。まだ恥ずかしさのあまり、時折彼女の求愛に拒絶を示してしまうが――――


(近いうちに私も受け入れたい、彼女の想いを。そしてきちんと伝えたい、私の想いを――――)


 そんなことを考えているうちに身体の限界がやってきて、アリシアは静かに目を閉じるのだった。


 ~~~~~~


 ――――夢を見ていた。私の眼前には、豆粒のように小さな生き物たち。それらは私を見るやいなや、小さな叫び声をあげながら、私とは真逆の方向に向かって走り出した。私は一歩、普通に足を動かした。途端に、悲鳴は聞こえなくなった。私が踏み出した足をあげると、彼らがいた場所には()()()()ができていた。クチュクチュと、生暖かくて柔らかい感触が、私の足にこびりつく。

 私は、その感触を可能な限り長く味わっていたくて――――何度も何度も赤い点々を踏みつける。次第に楽しくなってきた私は、次の獲物を求めて彷徨い始める。そして見つけ次第、同じことを繰り返す。

 中には、勇敢にも私に立ち向かう者もいた。私は心の中でその勇気を称えながら、彼らに向けて軽く息を吹きかける。その瞬間、彼らは()()と成り果てた。私はしばらく自分の作品を眺めた後、それを尻尾で打ち壊す。ガシャンと割れる音が響き渡り、私はその音の心地よさに何ともいえない快感を覚えた。何度も何度も、尻尾を叩きつける。散らばる氷片が、星空のように美しい輝きを見せていた。

 ――――ああ、楽しい、楽しい、楽しい!! 心地よい感触に、心地よい音色!! もっと欲しい! まだ……まだ足りない! もっと、もっと、モット!!!

 ふと、私は壊し損ねた一体の氷像に目をやった。その氷像が光を反射し、鏡のように私の姿を映し出した。そこには、背中に双翼を生やした、四足歩行の純白の化物――――

 その光景を最後に、私は夢の世界から抜け出した。


~~~~~~


「はあっ!!? はぁ……はぁ……」


 アリシアは全力疾走した直後のごとく息を荒げながら飛び起きた。全身から脂汗が吹き出し、すっかり身体は冷え切っていた。あまりの寒さに、ガタガタと身震いを引き起こす。体内の血液が、根こそぎ奪われてしまったような感覚だ――――


「アリシア……?」


 隣で眠っていたカルミナが目を覚ました。アリシアの異常を感じ取ったカルミナはすぐさま血相を変えて上体を起こし――――


「アリシア、大丈夫!? 私のことわかる?」


 アリシアは何も言わず、ガタガタ震えながらカルミナの問いかけに首を縦に振ってうなずいた。それを見たカルミナはアリシアを少しでも落ち着かせようと、その小さな身体を抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫だから……また、悪い夢を見たんだね……?」


 カルミナはアリシアの後頭部を優しく撫でる。アリシアは堪え切れなくなったのか、両目から大粒の涙を流しながら嗚咽を漏らした。


「私……私……!! ヒトを……殺し……!!」


「落ち着いてアリシア。それは夢、悪い夢よ。現実なんかじゃない」


「でも……私は竜の、生まれ変わりだから……!! いつかあんな化物になって――――」


「大丈夫、そんなことにはならないし、私が絶対にさせない。あなたは優しくて強い子よ……」


「うっ、うう……カルミナァ……」


 しまいにアリシアは声を上げて本格的に泣き始めてしまった。カルミナも胸が締め付けられような思いを抱えながら、なおもアリシアを優しく抱き寄せる。その姿は、子供をあやす母親のようだった。

 ここ最近、ずっとこんな調子である。アリシアの断片的な話を整理すると、夢の世界で彼女は異形の怪物となって、生きとし生ける全ての存在を愉しみながら虐殺しているらしい。それが、日に日に現実味を帯びてきているらしい。彼女の中の竜の魂がそれを引き起こしているのか、いずれにせよこのままでは――――


(アリシアの心が保たない……どうすれば……?)


 彼女の夢の世界に入り、彼女の苦痛を取り除いてあげたい。しかし、人の身であるカルミナにはそんな超常的な芸当が出来るわけもない。己の力不足にが腹立たしい。だからといって、ずっとこのままというわけにもいかない。

 しばらくして、アリシアは無言でカルミナから離れて再び横になった。自分のせいでカルミナを起こしてしまったことに後ろめたさを感じているのか、思い詰めたように悲しげな表情をしながらカルミナを見ていた。


「落ち着いた? アリシア」


「うん、なんとか……いつもごめんんさい、カルミナも疲れているのに……」


「何水くさいこと言ってるの。アリシアのためなら、何だってするって決めてるんだから! これくらいお安いご用ですよ♪」


「カルミナ……ありがとう」


 そう言うアリシアの声は、いつになく暗い。カルミナの不安はいまだ拭い切れなかった。


「アリシア……本当に大丈夫?」


 カルミナも再び横になって、アリシアに少し身体を近づけて優しく尋ねた。アリシアは少しためらう素振りを見せた後――――


「えっ!?」


 アリシアがカルミナの胸に飛び込んできた。そして、カルミナの身体をぎゅっと抱きしめる。アリシアの身体は、まだ微かに震えていた。


「朝まで……こうしてても、いい?」


 アリシアは顔をカルミナの胸に埋めながら、恐る恐る尋ねてきた。カルミナはフッと軽く笑った後――――


「いいに決まってるでしょ。アリシアの気の済むまで、ね……」


「ごめん……ありがとう」


 カルミナはアリシアが良い夢を見れるよう念じながら、アリシアの頭を優しく撫で続けた。


「私……いつかは竜になるのかな?」


 アリシアが、ぼそりとそんなことを呟いた。カルミナは不安に駆られているアリシアを安心させようと、彼女を撫でる手を止めない。


「何言ってるの。アリシアはアリシア。竜の生まれ変わりとはいっても、竜そのものではないんだから」


「カルミナ……」


「私はあなたの優しさを知ってる。あなたが誰かのために笑い、怒り、悲しむのを知ってる。大丈夫、心を強く持てばそんな()()()()なんか怖くないわよ。それに――――」


「それに?」


「あなたがどうしても辛かったり、苦しかったりするときは……こうしてあなたのそばにいるから。絶対に、離れたりしないから」


「……本当に、ありがとう……」


 アリシアはぎゅっと、カルミナを抱く力をさらに強めた。カルミナは若干の痛みを感じるが、今はその痛みすらも愛おしく思えた。

 カルミナはその後も、朝になるまでアリシアを優しくあやし続けるのだった。

 

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