修行開始
カルミナたちがリンベルたちのアジトにやってきて、早一週間が経過した。カルミナはすっかり本来の調子を取り戻し、今は訓練場でアリシアと共に鍛錬に励んでいる。
心なしか、以前よりも気合いが入っているようだった。これまでの倍以上の時間を鍛錬に充てている。あまりの飛ばしぶりにアリシアは心配の声をあげたが――――
『大丈夫! このくらい平気よ! それよりも今は身体をものすごく動かしたい気分なの!!』
と、意気揚々に答えたため、アリシアも何も言わなくなった。実際、それでカルミナが再び倒れたりすることはなかったし、むしろ今はアリシアと組み手ができるくらい元気だ。それよりも――――
「……今日も、オルトス出てこないの?」
「うん……そうみたい」
あの日以来、どんな理由かは知らないが、オルトスが自室に閉じこもってしまってしまったらしい。お付きのバンクとボンクも、毎日オルトスの部屋に行って呼びかけているのだが、出てくる様子が全くないとのことだ。
カルミナとアリシアも、心配になって何度か呼びに行っているのだが――――
『すまん……今は、一人にさせてくれ……』
と、弱々しい声が返ってくるだけで、やはり部屋から出てくることはなかった。
「一体どうしたんだろう?」
ストレッチを終え、小休止に入ったカルミナは不安げに呟いた。話によれば、食事もろくに摂っていないとか。
「私たちに今後の予定とか話してくれたあの後から……だよね?」
アリシアはカルミナの隣で同じように休憩をとりながら、オルトスと最後に会った日のことを思い出す。
「別段……変わった様子はなかったよね? カルミナ」
「うん、そうだね。リンベルさんと漫才を繰り広げてたくらいだし、何か思い詰めてたようには見えなかったけど」
「あれを……漫才で片付けていいのかな……」
アリシアはそう言って苦笑いを浮かべる。冗談の割には、強めに殴っていたような気がするが――――
「いずれにせよ、オルトスには早く元気になってもらわなくちゃ。これからのこともあるし、仮にどこか具合が悪いんだったら、私たちで原因を――――」
「その必要はねえよ」
声が聞こえ、ビクッと驚いたように肩を震わす二人。後ろを振り向くと、何事もなかったかのように平然とした顔をしているオルトスが、カルミナたちを見下ろしていた。二人はすぐに立ち上がって、オルトスに詰め寄った。
「ちょ!? オルトス! みんな心配してたのよ!? 急に一、二週間くらい閉じこもっちゃって!! 大丈夫なの?」
「ああ、すまん。心配かけちまったようだが、もう大丈夫だ。ちょっと風邪引いちまって……」
「風邪!? えっ、本当にもう何ともないの? あれだったら、大事をとってもう少し―――」
「いや、もう充分過ぎるくらい休んだ。これ以上休んだら、フニャフニャな身体になっちまうよ」
そう言って、オルトスは困ったような笑みを浮かべる。カルミナとアリシアは互いに顔を見合わせた後――――
「わかった、本当に大丈夫そうだし、私たちからはこれ以上何も言わない。でも、無理は禁物だからね!」
カルミナはビシッと指を差しながら、オルトスに念押しする。オルトスは面倒くさそうに、ハイハイと二つ返事で返した。
「でも、大事にならなくてよかったね……オルトスさん」
アリシアが本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら、オルトスに声をかける。オルトスもそれに応えるかのように朗らかに笑いながら、アリシアの方を向いた。
「アリシアにも余計な心配かけさせちまったな、すまねえ」
「ちゃんと、バンクさんとボンクさんの所には行った? あの二人が一番心配してたと思うから……」
「ああ、真っ先に行ったよ。赤ん坊みたいにわーわー泣かれちまった。ガキじゃねえってのに、ったく……」
「それだけオルトスさんのこと、想ってる証拠だよ」
「まあ、そうだな……」
そう言うとオルトスは、どこか遠くを見るかのように目を細めた。その様子を見たアリシアは、説明できない奇妙なざわつきを覚え、それはたちまちアリシアの心を不安にさせた。
「オルトスさん……本当に大丈夫? まだ辛いなら――――」
アリシアはオルトスの顔を覗き込みながら、心配そうに声をかけた。その声でオルトスはハッと我に返ったように目を見開いて――――
「すまんすまん、ちょっと考え事をしてただけだ。身体は本当に大丈夫だから」
そう言うと、オルトスはアリシアを安心させるために、元気そうな明るい笑顔を見せる。アリシアはそれを見て――――
「それなら、いいけど……カルミナの言うように、無理だけはしないでね?」
「わかってるって。心配してくれてありがとよ」
オルトスはそのまま、カルミナを誘ってランニングに行ってしまった。アリシアは、いまだ拭い切れない心騒ぎを感じながら、二人の後を追うのだった。
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「おっ、オルトス! 大丈夫!? 風邪を引いたって聞いたけど、もう出てきて大丈夫なのかい!?」
三人の身体が程良く温まってきたころ、リンベルがいつものフード付黒ローブの格好で訓練場に現れた。そして、オルトスを見るなり、目に歓喜の涙を溜めながらオルトスに飛びついた。そして、彼の存在を確かめるかのように強く抱きしめる。
「ああ……僕のオルトス……何度もお前の部屋に行って、弱った身体を癒やそうとしたんだがね? あの分からず屋な医者に止められてしまって……体調が悪化する、だってさ! そんなわけないだろう! この僕の献身的な愛を以て、オルトスの病魔をやっつけようとしたのにさ!!」
「いや……医者の言うことは百%正しい。それよりも――――」
リンベルに抱きつかれたオルトスは、身体をプルプルと震わせて――――
「いい加減離れろ暑苦しいいいいい!!!」
思い切りリンベルの横顔を殴りつけた。そして、そのままリンベルを彼方へ吹き飛ばしてしまう。
「ぐっはああああ!!?」
もはやお馴染みと化した光景に、カルミナとアリシアは呆れたように深いため息を漏らすのだった。
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「イタタタ……そ、それくらいの元気があれば……大丈夫そう、ですね……」
リンベルは殴られた右頬をさすりながら、怯えたように声を震わせる。オルトスはまだ興奮が収まっていないのか、フーフーと威嚇するかのように息忙しくさせている。
「カルミナちゃ~ん、アリシアちゃ~ん……うちのオルトスくんが全然懐いてくれないんです……僕はこんなにも愛しているというのに……」
泣きべそをかきながら、リンベルはカルミナとアリシアにお悩み相談を持ちかける。二人は困り果てたように眉間にしわを寄せた。
「リンベルさんはもう少し自重した方がいいと思う」
「それ、カルミナにも言えることだからね。気をつけてね」
「えっ!?」
アリシアはじろりとカルミナを睨みながら、そう言い放つ。言われた当の本人は、何のことかよくわかっていない様子だ。
「私、リンベルさんほどひどくないよ?」
「しれっと失礼なことを言うなあ、カルミナちゃん……おじさん傷ついちゃう!」
「いや……正直どっちもどっち」
「はうっ!?」
カルミナはガックリと肩を落とす。自分はここまでひどかったのか? 全然……わからなかった。
「これを機に、カルミナも自分の行いを見直すこと。最近は、前ほどひどくはなくなったけど」
「はい……すみませんでした……」
カルミナは肩を落としたまま、アリシアに謝罪した。リンベルのオルトスに対する求愛行動を見ていると、リンベルが不審者だと言われても不思議ではないな、と他人事のように思っていた。しかし、それはアリシアから見たら自分も同じだったとは――――
「それで? 最初は何するんだ、カシラ?」
オルトスが話を戻そうと、リンベルに今日の訓練の内容を尋ねた。それを聞いたリンベルも、ゴホンと一回咳をして気を取り直し――――
「うん、今日はカルミナちゃんとアリシアちゃんの実力を見せてもらおうかな。二人がどれくらい強いのか、知っておきたいしね」
そう言うとリンベルは、首をコキコキと鳴らし、スッと目を細めた。その瞬間、訓練場の空気がガラッと変わった。ゾクッとカルミナたちは緊張のあまり身体をを震わせる。
「二人がかりでいい。かかってきなさい」
先ほどのお調子者のリンベルはそこにはなく――――
最強の世界の敵、《魔王》リンベルとしてカルミナたちの前に立ち塞がっていた。二人は全身を震えさせたまま、舞道の構えを作った。そして、緊張を少しでもほぐすために大きく深呼吸をした。
「はい……! よろしくお願いいたします……!」
こうして、カルミナたちの地獄のような特訓が、幕を開けたのである。




