竜の後継
精霊――――
それは、この世界が誕生したときから存在すると言われる、意思を持った微少の生命体。この世界で引き起こされる自然現象は、全て彼らの仕業であるとされている。そして、誰に頼まれたというわけでもなく、彼らはこの世界のバランスを保っているのだ――――
「お母さんがよく言ってたっけ。精霊様への感謝を忘れないように、って」
「お前が手を合わせてる相手って、あれ精霊だったのか」
「そうだったのかも。私の中ではいまいちピンと来てなかったんだけど……見えないし」
「カルミナちゃんが来てる衣装、それはヒノワのものだね?」
「うん、お母さんがヒノワの出身だったから。形見なの、この服」
「そうか……ヒノワでは精霊信仰も盛んだ。僕も司祭として、何度もヒノワに足を運んだことがある」
「へぇ~、ヒノワって何かその……うまくいえないけど神サマ~とか精霊サマ~とか、そういった神秘的なモノが好きなの?」
「僕もよくわからないけど……そうかもね。実際、彼らの信仰心からは途轍もない力を感じるし、彼らの首長である姫様も、そういう摩訶不思議な力の持ち主だからね。僕みたいな」
「それは本当なんだね」
――――戦争が落ち着いたら、一度ヒノワにも行ってみようっと――――
まだ見ぬ景色に心を弾ませながら、カルミナは密かに決意するのだった。
「話を戻すけど、僕は世界の情勢をこの精霊を通じて知るんだ。幸い、いつも仲良くしてくれてね。アリシアちゃんのことも、それで知ったんだ」
「そうだったんだ……精霊は、竜のことも知ってるの?」
「まあね、僕よりも長生きだから。でもあの時はさすがの精霊たちもかなりの数が犠牲になった。でも、生き残った精霊たちは、今でもこの世界で存在し続けてる。そして彼らは、竜と同じ気配を宿した女の子を見つけたと教えてくれた」
「それが……アリシア……」
「僕も信じられなかったけどね。だから今日まで半信半疑だった。しかし……アリシアちゃんから感じる底知れない力……それを見て確信したんだ。まあ、全部僕の主観でしかないから、説得力は弱いかもしれない」
リンベルは苦笑いを浮かべ、頭をポリポリ掻きながらそう言った。しかし、その瞳は真剣そのものだった。だからこそ、余計に真実味を感じてしまう。
「それに、竜が遺した言葉もあったから」
「竜が…遺した……?」
先ほどから何か思い詰めたように黙り込んでいたアリシアが、ふっと口を開いた。
「私は必ず生まれ変わる。その時こそ、この世界は終焉を迎えるだろう」
「……!!??」
その時、アリシアの脳内がグラリと激しく揺れた。その直後に来る激しい頭痛。頭をギリギリと握りつぶされているような感覚に襲われる。アリシアは我慢できずに頭を押さえる。
「アリシア? 大丈夫!?」
カルミナが心配になって無意識に身体を動かそうとするが、やはり激痛に襲われてしまい、身動きがとれない。なおもアリシアは、カルミナの目の前で苦しそうなうめき声を上げている。
「う、うう……」
「まずい……! 今日はここまでだ! とりあえずアリシアちゃんをベッドに!! それから医者を!!」
「わかった! おい、アリシア! しっかりしろ!!」
オルトスの呼び声も遠くなる。カルミナも、激痛をものともせずにこちらに近づこうと這い寄ってきている。絶望に染まったカルミナの顔を最後に……
(カルミナ……私は……)
その意識を、閉ざすのだった。
~~~~~~
『あ~あ、結局こうなりましたか』
「あ、あなた……」
あの声が聞こえる。どうやら、まだ自分の意識は表に戻っていないらしい。アリシアはまだ微かに残る頭痛に顔をしかめた。
辺りを見回しても、真っ暗闇で何も見えない。相変わらず声の主も姿が見えないのだが――――
「私の気のせい? 声がいつもよりはっきり聞こえる……」
『ああ、気のせいではありません。あなたが力を解放してくれるおかげで、私も段々と表側に出れるようになっているのです』
「……え?」
『何を驚いたように。その事を承知で力を使っていると思っていたのですが。簡単に予想がつくでしょう? その力は元々私のものなのですから』
ホッホッホ、と声の主はアリシアを小馬鹿にするかのように高笑いした。アリシアは苦々しい顔を作る。
「リンベルさんが言ってたこと、本当なの?」
アリシアは前置きなしに、核心に迫る話を吹っ掛けた。声はフン、と嘲るように一笑すると――――
『ええ、事実です。私はかつて、神として崇められていました。忌々しい、あの下等生物どもからね……!』
真っ暗な地の底から聞こえてくるような、一瞬で全てを恐怖に落とす声。本当に、今を生きている全ての生物を憎んでいるのか。
「どうして……そこまで憎むの? 彼らは、あなたのことを心から愛していたのに……! あなただって最初は、彼らのことを愛していたんでしょう!?」
アリシアは悲痛な声で訴える。しかし、声の主―――竜―――は、冷え切った声を出した。
『あの時の私は愚かでした……自分の手で生み出した我が子たちが、どんな存在であれ、愛しく見えました……しかしそれは、 私の脆弱な心が見せた幻だったのです』
「幻?」
『ええ、彼らは知恵をつけた。そのことで、己の内に潜む獣の存在に気付いてしまったのです……今生きている奴らは皆、その獣を飼い慣らす手段を持ち得ない。いずれ、奴らはその獣に喰い殺されるでしょう』
「そんな決めつけ……どうして自分の子どもを信じられないの? あなた程の力があれば、彼らの獣を滅ぼすことだって……!」
『無理ですね。彼らは獣をペットのように愛している。だから、愚かなのです。その獣が、いかに危険な存在かを理解していない。それに――――』
「それに……?」
「――――見えてしまったのです。彼らの未来が』
竜は突然、奇妙なことを言い出した。アリシアは意味がわからず、首を傾げる。
「見える? どういうこと?」
『私はね、予知能力があるのです。私は予知してしまった、彼らが互いに争いを始め、世界を破滅に導く姿が……!』
「そ、そんな……そんなこと……!」
『ない、と言い切れますか? 実際に私が滅んだ後、彼らはどうしました? リンベルから聞いているでしょう?』
「あ、ああ……」
そうだ、人々は結局争い出した。大切な者を守るためという、小綺麗な言い訳をして――――
『だから言ったでしょう? 彼らは欠陥品なのです。彼らは世界を汚す獣。私は、彼らを生み出した責任を取るためにも、彼らを滅ぼさねばならないのです』
「わ、私は……嫌だ……! それでも、私はカルミナたちを信じるの……!!」
アリシアは頑なに竜の言葉を否定する。たとえ、彼らが獣であったとしても、彼らは己の行いを反省することだってできる。それは、彼らの獣を再び理性という檻に放り込むことにつながるはずだ。
「何度も言うけど、皆が皆、自分に負けるほど弱くはない。カルミナのように、他人を慈しみ、他人と世界の安寧のために命を尽くすことができる人だっている。私は、あなたみたいにこの世界を生きる人々に絶望したりしない!!」
『何と青臭いこと……ああ、嫌だ嫌だ。知らぬというのは恐ろしいものです。いいでしょう、どうぞご自由に。あなたはいずれ、後悔することになるのですから……』
その言葉を最後に、竜の声は聞こえなくなった。そして、辺りが真っ白に染まっていく。どうやら、時間が来たらしい。
アリシアは一人、改めて決意を固める。己が何者であるかを知り、もう不安や迷いはない。
「竜……あなたの思い通りにはさせない。私は、私の道を進む! カルミナや、仲間たちと共に……!」
そして、アリシアの意識は無事、帰還を果たすのであった。