原初の世界
「竜……? 生まれ変わり……? 私が……?」
あまりにも飛躍した話に、思考が追いつかない。目の前の男は、一体何を言っているのだろうか?
「な、何を言って……そんな、あまりにも馬鹿げた話……」
カルミナがアリシアをフォローするかのようにリンベルの言葉を否定しようとする。リンベルは何も言わず、ただ険しい表情を維持したままアリシアを見つめるだけだ。とても冗談で言っているようには……見えなかった。
「信じられないのも無理はない。だが、これは事実だ」
「だって! さすがにあやふや過ぎる! 何を根拠にそんなことを言うのよ!?」
納得がいかない。そんな謎の理由で、アリシアは世界の敵にされ、苦しめられてきたというのか。
「大体、その竜って何なのよ!? そもそも、竜との戦いって数百年も前の話なんでしょ? 竜の呪いで長生きしてるアズバならともかく、リンベルさんがそんな昔の話をどこで――――」
「呪いを受けたのが、アズバ一人だと思っているのかい?」
リンベルは瞳を怪しく光らせながら、そんなことを口にする。カルミナは思わず口を閉ざしてしまう。
「ま、まさか――――」
アリシアが代わりに、声を震わせながらリンベルに続きを求める。リンベルはそれに応えるかのように口を開いた。
「僕もね、その呪いを受けた一人なんだ。アズバは、かつての私の友だった……一番のね……」
そういうリンベルの瞳は、どこか寂しそうで、悲しそうで――――
信じられない話だ。実際、この目で見た訳ではないし、リンベルを見たところで、呪いの証みたいなものがついている訳でもない。だけど――――
彼のその目は、嘘偽りのない、実に説得力のあるものだった。
「……教えてくれませんか? あなたに、あなたたちに、何があったのかを。そして、私と竜の関係を――――」
アリシアは意を決したのか、真っ直ぐな瞳でリンベルを見つめた。
「アリシア……」
カルミナが不安そうな顔でアリシアを見る。アリシアは、カルミナを安心させるかのように、しっかりと彼女の手を握り直した。
「大丈夫。正直現実味がない話だけど……リンベルさんが嘘をついているようには見えないから」
「アリシアちゃん……ありがとう。その想いに応え、僕も知っていること全てを話そう。僕の目的、僕とアズバの関係……もちろん、君の正体についても」
「はい……お願いします」
そして、リンベルは重い口を開く。これまでかたく閉ざされていた真実の扉が、ゆっくりと開いていくのを、カルミナとアリシアは感じた。
~~~~~~
「そもそもの話、アズバは神様でも何でもない、元はただの人間だった。このあたりは、誰でも知っている話だ」
「はい……」
「では、彼の人間時代はどうだったのか? 実はそれを知っている者はほとんどいない。せいぜい、僕くらいだ」
「そ、そうなんですか……? でも、神子たちは知っているんじゃあ……?」
「彼らは何も知らない。おそらく、アズバは何も話していないのだろうね」
「なんで……話さないのかな……?」
「彼らは、神としてのアズバを信じてる。だから、醜い人間としての自分を見せたら、子供たちは失望してしまうのではないか。そんな風に思ってるんじゃない? あいつ、意外と見栄っ張りだから」
「は、はぁ……」
アリシアは気の抜けた返事を返した。リンベルは、そのまま話を続ける。
「彼の人間時代、彼は僕の同僚だった。二人でとある主人に仕えていたのさ」
「主人? 誰ですか?」
「竜だよ」
「は!?」
「だから、竜。僕とアズバは、竜に仕える神官だったのさ。それも、かなり高い地位にいた」
「で、でも……竜ってたしか……」
「そう。君たちの間――――というか今を生きる人々にとって、竜とはこの世界を破壊しようとした悪の化身だ。実際、世界の敵のルーツも、竜からきている」
「じゃあ、リンベルさんやアズバさんも、竜と一緒にこの世界を破壊しようとしていたんですか?」
「はっはっは、さすがにそれはないよ。僕もアズバも君たちと同じヒト族だ。この世界で生まれた者として、世界を愛していたさ。滅ぼすなんて、とんでもない」
「それじゃあ、竜に仕えていたのはどういう……? まさか!」
「察しがついたようだね。そう、実はアズバの前に、すでに神様はいたのさ。後に、その神様は竜と呼ばれるようになったがね」
つまり、この世界には元々、神が存在していて世界の秩序を守っていた……。そして、何らかの理由で、アズバがその神を討伐し、自分が新たな神となって今の世界を守っている……。
「じゃあ、何でアズバさんとリンベルさんは竜を倒したの?」
カルミナが、リンベルにそう尋ねた。リンベルはどこか懐かしそうな目をしながら、それに答えた。
「……狂ってしまったのさ」
「狂った?」
「そう。竜はこの世界と、僕たちのような生命体を創造した」
「え? ちょっと待って!? 私たちのご先祖様やこの世界って、竜が作ったの!? おとぎ話とかじゃなくて、本当に!?」
「うん、そうだよ。実際、竜が生命体を創っているところ、何度か見たことあるし」
さも当然のことのように、とんでもないことを言い出すリンベル。カルミナやアリシア、そして先ほどから静かに聞いていたオルトスまでもが、驚きのあまり目を見開いた。
「ちょ!? カシラ!? 俺も初耳だぞ!!」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてねえよ!! 俺が知ってるのは、あんたらの正体だけで、この世界の真実みたいなもんは知らねえ!!」
「じゃあ丁度いいや、オルトスもそのまま聞いてって」
「なんか軽い!!??」
オルトスの叫びを無視して、リンベルは話を続けた。
「竜は非常に慈悲深く、この世界と僕たちを我が子のように愛した。様々なことを教え、僕たちはその教えに従って、文明を作っていったんだ。僕たちもまた、竜を愛した。いずれ、一人前になったときに、彼女から頂いた恩を返すことを誓った」
その後もリンベルは子供のように目を輝かせながら、楽しそうに竜の偉業を話し出す。言葉の節々から、彼の竜に対する愛が感じ取れた。
「僕らはずっとこのまま、幸せな世界が続くと信じていたんだ……でも、そうはならなかった」
「それが……竜が狂った、ということ?」
「そう。竜は突然、何の前触れもなしに僕たちと、この世界を滅ぼすことを決めた」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアの心がざわついた。リンベルも、あれほど光り輝いていた瞳が一気に暗くなった。
「ど、どうして……?」
「さあ……いまだにそれはわからない。多分、アズバも知らないと思う」
「そんな……」
カルミナやオルトスも、悲しそうな表情でリンベルを見つめた。しかし――――
――――この世界を、あるべき姿に戻すのです――――
アリシアは、自分の中の誰かが話していたことを思い出していた。
(まさか……あの声の正体は……)
嫌な予感がした。それじゃあ、自分は本当に――――
「僕たちは必死に悩んだ。これまで恩を受けてきた神に、自分の命可愛さに牙をむいて良いのかと。神が望むならば、大人しく滅ぶのが筋なのではないか、と。しかし、これから生まれてくる命に罪はない。竜に味方すれば、無垢なる彼らも無に帰してしまう。それも、僕たちにはできなかった」
凄まじい話だ。自分を我が子のように愛してくれた大いなる存在が、突然自分たちの命を奪おうと襲いかかってくる。
果たしてリンベルやアズバ、そしてその時代を生きていた人々の絶望はいかほどであったか。その時よりも平和な時代を生きてきたカルミナたちには、とても想像がつかない。
「人々は、どうにかして竜を滅ぼそうとした。アズバは最後まで反対してたよ。自分が必ず説得してみせるってね」
だが、アズバの努力もむなしく、ついに竜と人々は決裂し、アズバやリンベルも……決断を迫られることになった。
「最終的に……僕らは、同族を選んだ。世界の破壊者と成り果てた神を討ち、自分たちでこの世界を守っていくことを決めた。これまで受けてきた恩を……仇で返したんだ」
リンベルは肩を震わせ、今にも消え入りそうな声で話す。顔をうつむかせているため、どんな表情をしているのかはわからない。しかし、その悲しみと苦しみに満ちた声音から、彼がどれだけ思い悩み、そしてどれだけ竜を愛していたのかを察することができた。おそらく、アズバも同じだったのだろう。
「後は君たちの知る物語通りさ。多大な犠牲を払って親を討ち、その代償として僕らは致命傷以外では死ねない呪いを受けた。アズバは竜に代わる新たな神となり、この世界をあるべき姿に戻した……」
「……その時、リンベルさんはどうしていたの……?」
話を聞きながら、カルミナは疑問に思っていた。なぜ物語ではアズバだけピックアップされ、リンベルは語られていないのか。リンベルもまた、同じく世界を救った英雄の一人だろうに……
すると、リンベルはどこか自嘲気味に一笑して、両の拳をグッと握りしめた。
「僕は語られるだけの人間じゃなかっただけさ。何せ、竜を討伐した後、僕はこの世界を見捨てたんだからね」
「え……それって……?」
「竜を討伐した後、僕たちは荒れ果てた世界を立て直さなければならなかった。しかし、想像以上に難航してね……多少の力が僕たちにもあったとはいえ、竜の代わりを務められる程のものじゃなかった。そこで、人々にも協力してもらおうと思ったんだけど……」
「けど?」
「人々は……協力するどころか、互いに争い始めた。自分や、自分の大切な者たちを守るために」
「そ、そんな……」
「僕たちでは世界を救えないと思ったんだろうね。ヒトは自分たちの安全が保障されなければ、やがて理性を失ってしまう。結局、世界はさらに荒れ、滅亡寸前にまで追いやられた。弱者は強者に蹂躙され、多くの罪なき命が散った。僕は、全てを捨てた。愛した神を犠牲にしてでも救った人々の正体が、こんなにも醜いものだったなんて、思いもしなかった……」
「リンベルさん……」
「僕は……僕は何という過ちを犯してしまったのだろう? こんな自分勝手な奴らを助けるために、最も愛していた神を殺したのかと……後悔と懺悔で押し潰された僕は、生きる気力を失った。なおも世界を救おうとするアズバ一人残し、僕も自分勝手な理由で……逃げたのさ」
リンベルは今にも椅子から転げ落ちてしまいそうなくらい前屈みになりながら、乾いた笑みを浮かべる。あらゆる負の感情が、いつしか彼の心を隅々まで喰らい尽くしてしまっていたのだ。そして……彼の自我は崩壊した。呪いの影響もあって、生きることも死ぬことも許されない状態。現実という牢獄に囚われた、憐れな背徳者。
カルミナたちは何ともいえない気持ちで、うなだれている彼を見ていた。
「竜はもしかしたら、これを見越していたのかもしれない。いずれ人々は、己の中に飼っている獣に支配される。それに気付いたからこそ、あの方は僕たちを滅ぼそうとしたのかもね……」
「リンベルさんは……今も後悔しているんですか……? この世界を、ヒト族を助けたことを」
カルミナは恐る恐る、足元を逐一確かめるかのようにリンベルに尋ねた。そこでリンベルはようやく、カルミナたちに自分の顔を見せて、悟りを開いたかのような穏やかな笑みを浮かべた。
「ない、といえばそれは嘘になる。僕の心は、今も神に対する後悔と自責の念でいっぱいだ。だけど……昔ほどじゃない。結果的に世界は良くなり、君たちのように美しい心を持った子供たちが生まれたのだから」
「リンベルさん……」「カシラ……」
カルミナとオルトスは同時に声を上げる。二人とも、ほっと一安心したような声を上げた。
「アズバは凄いよ。あそこから一人でこの世界をここまで立て直したのだから……」
「今は、それも見る影もないくらいに腐っているがな」
オルトスは憎々しげに吐き捨てた。それを聞いたリンベルも、フゥと疲れたようなため息をつく。
「最初聞いたときは信じられなかったよ。あのアズバが、ここまで非道な仕打ちをするなんてね」
「リンベルさんでも、心当たりはないんですか? オルトスの村が襲われた理由……」
「いや、僕にもわからないんだ……一つわかるのは、今の彼にはもう、昔の面影はない。動きに整合性が欠けてしまっている。神子が全員で君たちに襲いかかってきたのとかいい例だよ」
カルミナたちは、まだ記憶に新しい神子たちとの戦いを思い出す。全員、化け物並みに強かった。全力で挑んでも、全然歯が立たなかった程に。
「ヒノワが宣戦布告をしたにもかかわらず、最強戦力を全てアリシアちゃんを捕まえるために使うなど、愚の骨頂だ。やはり、竜の生まれ変わりであるアリシアちゃんを恐れているのか……?」
「そういえば、結局アリシアが竜の生まれ変わりだという根拠は何なの?」
リンベルの過去はわかったが、肝心のアリシアの件は謎のままだ。リンベルは、「ああ」と前置きをした後――――
「教えてもらったからね、彼らに」
「彼ら?」
「うん、僕にはね……見えるんだよ。この世界のバランスを保っている、小さな神様たちが」
「小さな……神様……?」
「カルミナ、カシラはこの世界で唯一、精霊が見える人なんだ」
オルトスは補足するように、その正体をカルミナに告げる。カルミナは何度か目をパチクリさせた後――――
「ええええええ!!???」
と叫び倒すのだった。




