正体
オルトスとリンベルのロマンスがようやく終わり、リンベルがゴホンと一回咳き込んでから、もう一度カルミナとアリシアの方に向き直った。オルトスは顔を紅潮させ、ハァハァと息を切らしながらリンベルに背を向けている。
「さてと……何回も話を脱線させてすまないね。なにぶん、話すのにも勇気がいる話なんだ……」
その言葉を聞いて、カルミナとアリシアは緊張のあまりぐっと身体に力が入る。特にアリシアは自分のことだからか、力が入りすぎて身震いまでしている。
「それじゃあ、本筋に入る前にアリシアちゃんに一つ質問がある」
リンベルは目を細め、ジッとアリシアを観察するかのように見つめながら、アリシアに語りかけた。アリシアは思わず背筋をピンと伸ばしながら、リンベルの言葉を受け止める姿勢を整える。
「は、はい……何でしょう……?」
リンベルはスウッと息を一回吸い込んでから、こう切り出した。
「声は、はっきり聞こえるようになったのかい?」
「…………え?」
――――なぜ? その話は誰にも……カルミナにすら話していないのに、なぜそれを――――
「なぜそれを知っているんだ、って顔をしてるね。驚くのも無理はない。先に言っておくけど、僕は別に君の味方でもなければ、敵でもない。僕は己の目的のために、君とこうして接触しているに過ぎないんだ。君は、僕の目的を果たすために必要不可欠な存在だからね。だから、君に危害を加えるとかは絶対にしない。そこは安心してほしい」
リンベルはアリシアから決して視線を逸らすことなく、真面目な表情でそう言った。アリシアに余計な不安を与えまいと思っているのか、口調はとても穏やかだ。少なくとも、敵意のようなものは、今のところ感じられない。
アリシアもスウッと息を深く吸い込み、覚悟を決めたかのように顔を引き締めた。空色の瞳から、太陽の光のような燦々とした輝きが浮かび上がった。
「……わかりました。続けてください」
「え? え? どういうこと? 声が聞こえるって……アリシア、あなたそんなになるまで何か思い詰めてたの!? もしかして、毎日追われるという過酷な生活を続けてきたからついに――――」
「ストレスで精神状態がおかしくなった訳じゃないから安心して。今リンベルさんが話してくれるから、カルミナはしばらく黙る」
「あ、はい……」
アリシアの鬼気迫った表情に押し負けたカルミナは、アリシアの言いつけ通りにグッと口を噤んだ。アリシアに冷たくあしらわれ、気をしょんぼりさせながら……
「ははは、カルミナちゃんが心配になる気持ちもわかるよ。僕もオルトスが突然そんなことを言い出したら、絶対発狂する」
「ですよね!? 普通なりますよね!? 好きな人が思い詰めた顔をしながらそんな恐ろしいこと言ったら!!」
「うんうん、なるなる! どうして気づいてあげられなかったんだろう、ってすご~く気も落ち込んじゃうし……」
「そう! 自分の力不足を思い知らされる!!」
「……カルミナちゃん、話が終わったら、後で推し談義でもしようか?」
「ぜひとも……私動けないんでここですることになりますけど」
「構わないよ。何なら、その推し二人も一緒に参加して――――」
「だ・か・ら!! 話は!!?」
再び話が脱線し、ついにアリシアの堪忍袋の緒が切れた。鬼気迫るどころか、まんま鬼の表情を浮かべてリンベルを睨み付ける。今にも飛びかかってきそうな勢いに恐れをなし――――
「……すみませんでした」
リンベルは素直に頭を下げるのだった。
~~~~~~
「さて……話を戻そう。声が聞こえるようになったのはいつ頃からだい?」
先ほどの出来事がまるでなかったかのように、リンベルは落ち着いた表情でアリシアに語りかける。アリシアは呼吸を整えたあと――――
「カルミナと旅を始めてすぐの頃からです。自分は世界を滅ぼす役目を持った存在だって……」
「ふむ……ちなみ今は?」
「今は聞こえないです。こっちも意識しないといけなくて……最初はそうじゃなったんですが」
「意識、というのは?」
「覚醒する時に、こっちから話しかけるんです。交渉、というのが分かりやすいかな……? 憎たらしいこと言いますが、なんだかんだ力を貸してくれるんです」
カルミナは、アリシアの「交渉」という言葉を聞いて、マーリルとの戦闘を思い出す――――
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『大丈夫……! 交渉してきたから……! あまり時間は、ないけどね……!』
『交渉? 誰と?』
『こっちの、話……!』
~~~~~~
(あの時の言葉……そういう意味だったんだ……)
「それで、その声が誰なのかは知っているのかい?」
カルミナがこれまでの出来事を思い出し、頭の中で整理している中、アリシアとリンベルの問答は続いていく。
「いいえ、声しか聞こえないから……ただ……」
「ただ?」
「どこか……懐かしさを感じます」
「懐かしさ……ねえ……」
リンベルは顎に手をやり、考える仕草を見せる。アリシアは落ち着かないのか、身体を終始そわそわさせている。そして――――
「リンベルさん、教えてください。あなたは、私の正体を知っているのですか?」
アリシアは我慢できなくなったのか、ついに核心を突いた質問をする。リンベルはアリシアに向き直り、再びジッと彼女の顔を注視した。アリシアもまた、リンベルの顔をジッと注視する。二人の間に、ピリッとした空気が漂っていた。
やがて、リンベルは「はぁ……」と盛大に息を吐き、その後――――
「ああ、知っている」
と、短く答えた。それを聞いた瞬間、カルミナとアリシアに戦慄が走る。
(ついに……ついに……! 待ち望んだ答えが……!)
「本当に……本当に、知っているの……? 私の正体を……?」
アリシアはまだ信じられないのか、震えた声でリンベルに再度問いかける。リンベルは首をしっかり縦に振り、そして――――
「ああ、さっきの会話で確信した。君はやはり、僕が予想していた存在だったってね」
はっきりと、アリシアの耳に届くように力強く伝えた。その瞬間、アリシアの脳内に、これまでの出来事が走馬灯のように浮かび上がってきた。
――――長かった…本当に、長かった……!――――
「ただし」
リンベルは険しい顔を崩さず、アリシアに「待った」の言葉を投げかける。アリシアは一旦脳内をリセットし、リンベルの言葉に耳を傾ける。
「話す前に言っておくけど、君にとって朗報かと聞かれたら、僕には判断できない。正直、どちらかというとむしろ……悪い知らせかもしれない。それでも、今この場で聞くかい? 君の心の準備が整ってからでも、いいんだけど? カルミナちゃんがいない場でもいいし」
その言葉を聞き、アリシアの心臓がドクン、と揺れる。不安で息苦しさすら覚え、こうして座っているのもやっとだ。
(悪い話……ということは、私はやっぱり……)
最悪の想像。脳内にそれが浮かび上がった瞬間、凍てつくような寒さを覚え、身体が小刻みに震える。予想していたこととはいえ、いざその事態に直面すると、やはり……怖い。
その時、スッとアリシアの袖が軽く引っ張られる。振り向くと、カルミナが手を伸ばし、アリシアの袖をつかんでいた。痛むのか、少し顔を歪ませている。
「アリシア……」
「カルミナ……」
カルミナは何も言わない。ただ、燃えるように赤い瞳を輝かせながら、アリシアを見つめるだけだ。しかし、今のアリシアにはそれが一番ありがたかった。
――――そうだ、私にはカルミナがいる。いつも私のそばにいて、私のことを想ってくれる――――
アリシアは、カルミナの手を優しく握る。カルミナは優しく笑いながら、同じように握り返した。先ほどまで感じていた肌寒さが、今では嘘のようになくなった。むしろ――――
(あたたかい……)
アリシアは呼吸を整え、改めて顔に力を入れた。瞳を光らせて、不安そうな顔をしているリンベルを見つめる。そして、ただ一言――――
「お願いします」
力強く、そう言った。リンベルはフッと軽く美しい笑顔を見せた後―――――
「わかった。それじゃあ、話をしよう」
アリシアはゴクリと息を鳴らして、リンベルの言葉を待つ。リンベルは再び険しい顔つきになって、このように切り出した。
「結論から言おう、君は間違いなく世界の敵だ。それに関しては、アズバは間違っていない」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアの心にズドンと重たいモノがのしかかった。それはアリシアの心を押しつぶそうと、どんどん膨らんでいく。知らずのうちに、カルミナの手を握る力が強くなっていた。カルミナも、アリシアの苦しみを少しでも受け止められるよう、アリシアの手を強く、優しく握り返す。
「しかし」
決めつけるのはまだ早い、と言わんばかりに、リンベルは辛そうな表情をしているアリシアに言葉を投げかけた。アリシアはまだ何かあるのか、と再度耳を傾ける。
「それは決して、君自身の罪過ではない。そこは安心しなさい」
「それは……どういう……?」
意味がわからない。自分には世界の敵。ならば、そう呼ばれるに値する罪があるはずだ。なのに、自分は悪くない?
巡り回る情報に、アリシアの頭は混乱に陥っていた。しかし――――
次のリンベルの一言から始まる話によって、アリシアは否応なしに理解させられることになる。己の運命の、残酷さを――――
「少し話を変えるが、ヒノワ村が神軍に宣戦布告したのはなぜだと思う?」
「えっ……? い、いえ……わかりません……」
「それはね? ついに顕現したからさ。彼らが最も敬愛している存在が」
――――最も敬愛する存在?――――
「全身に稲妻のような白い光を纏い――――」
(……え? それは……?)
「人智を超えた力を用いて、傷をたちまち癒やすどころか、死者を蘇らせることだってできる」
アリシアの心臓がこの上なく、バクバクと脈を打つ。あまりの激しさに、呼吸すらままならない。アリシアは苦しそうに自分の胸を押さえる。
「反対に、その存在は力を用いて全てを破壊することもできた。大地を割き、砂漠地帯のような灼熱地獄にも出来れば、北の大地のごとく極寒地獄に変えることも出来た」
アリシアはここに来る途中でオルトスから聞いた話を思い出す。なぜアズバが神と崇められているのか? そして、ヒノワが信仰している神は――――
「生命どころか、この世界全ての理を自由自在に操る力……そんな途轍もない力を宿した存在が、ヒノワを目指していた。お供を引き連れてね」
リンベルはカルミナに視線をやりながら語る。カルミナも、薄々だが察しがついた。いや、ついてしまったという方が正しいか。
「まさか、まさか私は――――」
「そう、君の正体は、かつてこの世界を破滅に導こうとした存在。そして、唯一神アズバによって倒された原初の世界の敵。すなわち、竜の生まれ変わりなのさ」




