リンベルの狂乱?
「うんうん、感動の再会! 素晴らしいことだ! おじさんも思わず涙が出ちゃうよ……」
カルミナとアリシアが互いの無事を喜び合っている最中、それに水を差すかのように泣きを含んだ男の声が聞こえてきた。二人がそれに気付いて振り返ると、先ほどカルミナに包帯を巻いてくれた美人さんが、二人の再会を祝してくれているのか、嬉しそうに笑いながら涙ぐんでいた。
「麗しい少女たちの熱い友情……誰が見ても尊いものだね……」
「あの……もしかしてあなたは、私が意識を失った時に助けてくれた人ですか……?」
カルミナは先ほどからこの美人さんに見覚えがあった。そしてそれは、美人さんの笑い顔を見て確信に変わった。
「いかにも。危なかったね~君たち。僕がもう少し遅かったら、二人とも今頃あの世だよ、はっはっは」
物騒なことを言いながら、美人さんは声高らかに笑う。普通なら鼻につくのだが、美しい容姿のせいでその笑い方がよく似合っている。
「ほ、本当にありがとうございました……何とお礼を言ったらいいか……」
カルミナが申し訳なさそうに、美人さんに助けてくれた礼を述べる。美人さんは高笑いをやめず――――
「はっはっは、礼は必要ないよ。僕自身も君たちに用があって助けたんだからね」
美人さんは何か意味がありそうな発言をする。それを聞いて、アリシアは疑問符を浮かべた。
「用……? それってどんな……」
「その前にまず、僕の自己紹介からだね。初めまして《災厄》の少女、それとその護衛騎士さん。僕の名前はリンベル。世界の敵の一人にして、《魔王》という大変不名誉な称号を頂いている」
「「え……」」
二人は一瞬お互いの顔を見合わせ、そして――――
「「ええええええ!!!???」」
同時に驚きの声を上げるのだった。
~~~~~~
「いやはや、本当に仲がいいんだね君たちは! まさか一斉に、タイミング合わせて声を出すなんて! はっはっは!!」
リンベルは愉快そうに再び高笑いする。癖なのだろうか?
やはりカルミナの予想通り、リンベルはれっきとした「男性」であった。予想通りではあったのだが……
「な、なんか……女として負けた気がする……」
「? リンベルさんは男の人でしょ? 何でそんな気分になるの?」
アリシアが汚れを知らない純粋な疑問をカルミナに投げかける。カルミナはどこか自嘲気味に笑いながら――――
「アリシアは知らなくていいことだよ……今はまだ、ね」
「? わ、わかった」
アリシアはどこか腑に落ちないまま、ひとまずカルミナの言葉を受け入れた。それよりも、とカルミナはリンベルに言葉を投げかける。
「私たちに用があるというのは? どういうこと?」
リンベルは、うーん、と少し考えるような仕草を始めた。
「厳密に言うと、アリシアちゃんだけに用があるんだけど……まあ、ここまで命を懸けてアリシアちゃんを守ってきたんだ……カルミナちゃんにも、聞く権利はあるね」
「一体、それは……?」
「それはね……?」
「それは……?」
リンベルが答えを告げようとしたその時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。その瞬間、リンベルがギュルリと顔を扉の方に向けた。あまりの早さに、カルミナたちは驚いたように身体を一瞬震わせた。
「はいるぞー」
三人の許可なく扉が勝手に開けられる。そこから姿を見せたのは、カルミナたちもよく見知った黒豹獣人。
「オルトス!!」
「おお、目ぇ覚めたか! 良かった!」
オルトスはカルミナを見た途端、ぱあっと顔を明るくさせた。そのままカルミナのもとに駆け寄ろうとした瞬間――――
「オッルトッスきゅ~~ん!!!!」
「ぬわあっ!?」
突如リンベルがオルトスに飛びかかり、そのまま押し倒してしまう。リンベルは息を荒げ、にへらにへらと笑っている。
「ぐへへ……今日もオルトスきゅんは可愛いなあ……!」
「カシラ……!! 客人がいる前ではせめて自重してくれ……! 頼むから……!!」
「だって~~、ここんとこオルトスきゅん冷たかったじゃ~ん。おかげで僕の欲求は行き場を失い、僕の中でずう~っと暴れ続けているのさ!! だからもう、我慢できない!!! ここで交わろう!!」
「交わ……!?」
カルミナがぽわぁと顔を紅潮させて「あわわわ……」と口をパクパクさせている。アリシアはそんなカルミナの状態を見て、再び頭に?マークを浮かべた。
「大丈夫、カルミナ? まさか……熱でもあるの!?」
「あ、いやその、うん……熱はあるけど、別に体に異常があるとかそんなんじゃないから」
「じゃあなんで顔が赤いの? あの二人の今の状態と何か関係があるの?」
「アリシアはまだ知らなくていいことだよ……」
「え、また? うーん……まあ、カルミナがそう言うなら……」
アリシアは訳のわからないまま、とりあえずカルミナの言葉を受け入れた。そうしている間にも、リンベルはスリスリとオルトスに自分の顔をこすりつける。オルトスは心底嫌そうにそれを払いのけようとするがビクともしない。
一体あの華奢な身体のどこに、それほどの力があるのだろうか?
「ダアアアア!!! いい加減にしろおおおお!!!」
ついに限界に達したのか、オルトスは拳を固く握り、リンベルの横顔を思い切り殴りつけた。
「ぐはああああ!!??」
リンベルはゴロゴロと身体を回転させ、その先にあったタンスに背中から思い切り衝突する。その衝撃で、タンスの上に置かれていた壺がリンベルの頭に落っこちた。
「あいたっ!!」
幸い壺は割れずにそのまま床に転がっていったが、リンベルは顔をしかめながら頭を押さえていた。
「うう……痛い……ひどいよオルトスぅ……」
「自業自得だ」
「オルトスがいつにも増して厳しい……はぁ……」
オルトスに冷たくあしらわれ、意気消沈するリンベル。オルトスもやれやれ、と疲れ果てたようにため息をつきながら、改めてカルミナたちの方に向き直る。
「すまんな、いつもはもっとちゃんとしてるんだが……」
「いや……私は大丈夫だよ」
カルミナは引きつった笑みを浮かべながら、オルトスにこれ以上の気を遣わせないよう、そのように告げる。それを聞いたオルトスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「オルトスと二人きりの時は……こんな感じなの?」
カルミナはおそるおそる尋ねてみた。
「ああ、こんな感じだよ。俺のことを気にかけてくれるのは嬉しいんだが……いかんせん、やり過ぎなところがあるからな……」
(やり過ぎというか……)
――――変態の類いである。それも、かなり重症だ。しかし一方で――――
(女性と見間違うくらい美しいイケメンと、無骨で荒々しい獣人……意外と合うかも……!)
カルミナの中で、新しい何かが目覚めそうになっていた。
~~~~~~
「さてと……改めて、話の続きだ」
リンベルがキリッと真剣な表情になってカルミナたちの方に向き直った。しかし、先ほど頭に壺をぶつけたせいで、大きなこぶが出来てしまっていた。おかげで、全く緊張感が生まれない。それどころか――――
「は、はい……お願い、します……ぷぷっ!」
「そこおおおお!! 笑うなあああああ!!!」
アリシアが我慢できず、つい吹き出してしまう。それにつられ、ほかの二人も同じように笑い出した。リンベルは頭を抱えながらため息をつく。
「はぁ……こんな無様な姿じゃ、オルトスを誘惑できないよ……どうしよう?」
「別にあんたがいつもの状態でも、俺は誘惑されんぞ」
「そんな!? 僕に魅力がないというのかい!? 僕は君の好みではないと!!?」
「べ、別に……そういう訳じゃないけどよ……」
「おっ! な~に~、オルトスぅ~? まんざらでもなさそうじゃなぁ~い?」
カルミナがニヤニヤしながら、オルトスを茶化すように言う。すると、オルトスはカーッと顔も真っ赤にさせながら――――
「なっ……!? 別に、そんなんじゃねえよ。カシラには命を助けてもらった恩を返したいって思ってるだけだし……! そもそも俺たち、男同士だし……!」
そう言ってオルトスはうつむきながら、両手の中指を恥ずかしそうにツンツンさせている。
(あ、あれ? 何その乙女みたいな反応……ひょっとしてオルトスも実は……?)
カルミナの脳内で、オルトスとリンベルの桃色劇場が開かれた。あらぬ妄想をしたカルミナは、再び身体を火照らせる。
「だけどまあ……」
「?」
オルトスは、目線だけをリンベルの方に向けて言葉を続けた。
「あんたを一度も嫌いになったことはない。それは本当だよ」
「オ、オルトス……! ありがとおおおおおお!!!(涙)」
リンベルは感動のあまり嬉し泣きしながら、オルトスに抱きつこうとした。
「うわあっ!? だからそれはやめろって!!」
「いや~ん、そんなこと言われたらますます好きになっちゃう~!!」
「だああああもう、うっとうしい!!! いいから離れろおおおお!!!!」
「あの……話の方は?」
完全に二人の世界に入ってしまい、置いてけぼりにされるカルミナとアリシアであった。




