今、ここにいる奇跡
「う、ううん……?」
まぶしい光に当てられ、カルミナはゆっくりと瞼を開ける。最初に見えた景色は、ゴツゴツとした茶色い岩肌だった。そこからどのように吊り下げているのか不明だが、照明用のランプも見えた。ろうそくに灯った炎が、小さいながらも一生懸命に働いている。
「こ、ここは……痛っ!!」
起き上がろうとした瞬間、全身に激痛が走る。カルミナは顔を歪ませながら、起き上がることを断念してそのまま横になる。両手はなんとか動かせるようだが、動かすたびに関節がボキボキと音を鳴らし、やはり激痛に襲われる。
「な、何か……前にもこんなことあったような……」
アリシアと旅に出てからというもの、戦闘が終わるたびに毎回ボロボロになっているというか。アリシアは何とも言えない気持ちになって乾いた笑みがこぼれる。修行不足修行不足。
「それよりも……ここ、どこ? 確か私……」
そうだ……突然神子とかいう、異次元並の強い人たちに襲われて、それで自分も為す術もなくボコボコにやられて、アリシアも……
「そうだ! アリシア!! アリシアは……イタタタ……」
カルミナはアリシアを探すために身体を動かそうとして、先ほどと同じ結果に陥る。カルミナの心はたちまち、焦燥と不安で満たされた。
(アリシアは私よりも酷い傷だった……私が倒れたということは、アリシアはもう……まさか、まさか、まさか……!!)
最悪の想像をしてしまい、カルミナは強い吐き気に襲われる。頭がグワングワンと揺れ、心臓が音を立てて脈を打っていた。今すぐにでも安否を確認したいのに、身体が全く動かないためにそれができない。ただただ嫌な想像が、カルミナの脳内で膨らむばかりだ。
その時、ガチャリと扉が開いた時の音がした。カルミナにぞわりと戦慄が走る。もしここが神軍のアジトならば、今の自分に抵抗する力はない。カルミナはひどく荒い息を立てながら、こちらに歩み寄ってくる存在を待つ。というか、それしかできない。するとーー、
「やあ、目が覚めたようだね。お嬢さん」
カルミナの目の前に現れたのは、ミステリアスな雰囲気を感じさせる、黒髪ロングの美人さんだった。
~~~~~~
「いやあ、無事で何よりだよ。助けた瞬間、いきなり意識を失ってしまったからね~、ハッハッハ。もしかして手遅れ? とか思っちゃったよ」
謎の黒髪ロングの美人さんは独りで盛り上がりながら、カルミナの幹部に布を巻いていく。カルミナが痛いと感じさせないよう優しく、丁寧に。
(ひとまず……敵では、なさそう? まだわからないけど……)
カルミナはまじまじとその美人さんを見つめる。床につくほど長く黒い髪に、細目から覗く漆黒の瞳。それとは対照的に純白な肌……。思わず見惚れてしまう程の美しさを持つ人だ。しかしーー、
(男の人、でいいんだよね? すごく声が低いもの……)
男だとしたら、余計に女として負けたような気持ちになる。それくらい魅力的で、女性的な美麗さを感じさせる人だった。
「あ、あの……」
「うん? 何だい?」
カルミナは、目の前の男? がひとまず敵ではないと仮定して、思い切って尋ねてみた。
「私の仲間たちは……?」
「ああ、それならーー」
美人さんがそう言いかけた瞬間、ドタドタドタと激しい音が聞こえてきた。そして、その足音がカルミナたちのいる部屋の前でピタリと止む。かと思えば、今度は勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
「カルミナっ!!!」
カルミナはその声を聞いた瞬間、張り詰めていた心が一気にほどける。自然と、カルミナの瞳から涙が溢れだした。
「あ、ああ……」
言葉が出ない。夢ではないだろうか? だとしたら、ひどく残酷な話だ。だけどーー、
「カルミナ……カルミナ!?」
再び声が聞こえる。しっかり、この耳で聞こえる。大丈夫、夢なんかじゃない。これは、現実なんだ!!
「アリシア……!!」
ついに、カルミナは愛しの人の名前を呼ぶ。本当は今すぐにでも飛び上がって、抱き締めてあげたい。溢れ出てくるこの想いを、全部伝えたい!
カルミナは、自分の身体が動かせない今の状態を呪った。アリシアは察してくれたのか、急いでカルミナの元に向かう。そして、カルミナを安心させるために、自分の顔を見せる。
アリシアは、所々傷を隠すための布が貼り付けてあったが、特に目立った外傷はなさそうだ。走れるあたり、身体の方も問題はないのだろう。
「ふふ……アリシア、変な顔……」
カルミナは、アリシアの泣き顔を見て思わず笑ってしまう。涙と鼻水で、可愛い顔が台無しだ。
「だ、だって……全然目を覚まさないし、時折苦しそうにしてたから……心配で、心配で……う、うう……!」
ついに耐え切れなくなったのか、アリシアは声を上げて泣き出してしまった。カルミナは痛みをこらえながら、アリシアの方に手をゆっくりと伸ばす。それに気付いたアリシアは両手でカルミナの手を優しく握った。
アリシアの温もりが、しっかりとカルミナに伝わる。間違いない、夢なんかじゃない。アリシアは、ちゃんと生きてる……!
「ああ……本当に、本当に良かった……ボロボロになって倒れていたあなたを見た時は、この世の終わりだと思った……また、守れなかったって……! 私、また約束破っちゃったって……!」
カルミナもまた、溜めていた想いを放出する。自然とアリシアの手を握る力が強くなる。
「痛かったよね……怖かったよね……ごめんなさい、アリシア……! あなたを助けにいく時間がもう少し早かったら……!」
「ううん、大丈夫……! カルミナは約束を守ったよ……! あなたが来てくれなかったら、私はあの時死んでいたもの……カルミナこそ、無事で良かった……!」
「アリシア……」
アリシアは、自分の顔をカルミナの手に近付ける。彼女の暖かい涙がカルミナの手の甲にポタポタとしたたり落ちた。
「……何か、最初に会った時と逆だね、今の状況」
カルミナがふと、思い出したようにそう呟いた。アリシアは首を少し傾げる。
「どういうこと?」
「ほら、あの時はさ、私があなたの看病してたじゃない。あなたが寝たきりになって、その隣に私が座ってさ」
「ああ、そういえば……」
「あの時より、本当に強くなったよね、アリシア」
「そ、そうかな?」
「そうだよ」
改めて見ると、アリシアは進化とも呼んでいいくらいたくましくなっていた。痩せ細っていた身体は、今では鍛えた甲斐もあってか実に健康的だ。脂肪と筋肉がバランスよく振り分けられた、理想の肉体。虚ろでどこか闇を抱えていた瞳も、今ではこちらがまぶしいと感じるくらい光り輝いている。そして何よりーー
喜怒哀楽を使って、しっかりと自分の想いを伝えるようになった。
「あの時プルプル震えていた子が、今ではこんなに立派になって……ヨヨヨ」
「ハロルドさんみたいなこと言わないでよ、もう……」
「ゲッ!? それ私がおばさんみたいってこと!?」
「そこまで言ってないけど……自覚あるならそうなんじゃない?」
「そ、そんな……じゃ、じゃあこの腰の痛みもまさか……」
「それは怪我のせい。大丈夫、カルミナはまだ若いよ」
「ほ、本当? それなら良いけど……」
カルミナはどこか不安そうな顔を浮かべながら、再び天井を向いた。そして、フゥと一仕事終えて疲れた人のように息を吐いた。
「じゃあ、これで私を看病してくれた時の借りは返したことになるね」
アリシアはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、カルミナに告げた。その言葉にカルミナは慌ててーー、
「ダメ!! 返したことにならない! その借りは、アリシアが私と添い遂げることで完遂するの!!」
「なら一生返さないわ。そんなことでしか返せないのなら、もうもらったことにしておきます」
「ああ~ん、ひどい~! こんな状態になっても、アリシアが私をいじめる~!!」
「本当だったら腹パンしたいところだけど、そんな状態だし我慢してあげる」
「え……? 元気だったら私、今腹パンされてたの? 私死ぬよ? そんなことされたら……あなた最近鍛えてるせいで、日ごとに力が増してるから……」
「このために強くなったといっても過言じゃない。これからは、下手な真似はやめることだよ」
「そ、そんな殺生なぁ~」
「ふふふっ」
アリシアは本気で動揺しているカルミナを見て笑い出す。カルミナもまた、そんなアリシアを見て自然と笑みをこぼした。やがて、二人はお互いに盛大に笑い合った。
今この瞬間を、二人で共に味わえる奇跡に、感謝の念を抱きながら。




