巡る事態
「その年でこれだけの技を使えるのはたいしたものだ。誇っていい、君は間違いなくヒト族のなかではトップクラスの実力者だよ。しかも、まだまだ伸び代がある」
リンベルは素直にガデスを評価した。実際、ガデスの技は達人の域にまで洗練された、最高の武だ。その領域に到達するまでに、並の人物ならば数十年、下手したら一生を終えるかもしれない。
「だったら、その最高の技とやらを簡単に防いだあんたは何者なんだ? ヒト族やめてますってか?」
「まあ、それはある意味間違ってないかな。アズバもだけどね」
「黙れ、親父とお前を一緒にするな」
ガデスは、精一杯の憎悪をリンベルにぶつける。リンベルは肩をすくめて、やれやれと呟いた。
「憐れな子どもだ……それだけの力と純粋な心を持っているというのに、あの男の言いなりになっているとは……」
「親父の何がわかる。親父を裏切ったお前なんかに!!」
「確かに私には罪がある。あいつの苦しみを理解しようとせず、あいつに感情のままに罵詈雑言を浴びせた罪がね。だからこそ、僕はあいつを止めなくちゃならないんだ。罪を償うためにも」
「止める? 止めるだと? 何を言っている……親父は昔も、今も、これからも! この世界の平和と人々の安寧を想い続けるんだ! だから俺たちもその想いに応えてきたし、これからも応え続ける! てめえみたいな自己中くそじじいと一緒にするな!!」
ガデスはリンベルに対する怒り、憎しみを全てぶつける。リンベルは悲しそうな表情をした後、フゥ、と一息ついた。
「昔の彼ならば、君たちを前線に置かなかった」
「は?」
「僕の知る彼は、自分だけ安全地帯に籠るような卑怯な男ではない。誰よりも真っ先に、僕たちの制止を聞かず、前線で仲間のために命を燃やす男だった。だが、今はどうだ?」
リンベルは淡々と、独り言のように言葉を紡ぐ。微かだが、彼の声は震えていた。言葉では言い尽くせないような様々な感情が込められているかのようなーー、淡白な口調。
「おかしいとは思わないのか? なぜこの小娘一人のために、神子全員が出る必要があるのか? しかも、ヒノワが宣戦布告したにもかかわらずだ」
リンベルが一歩、また一歩とガデスに近付いていく。
自分の大事な人が侮辱されている。否定しなければ、怒らなければ、粛清しなければ。なのに、身体が動かない。言葉も出ない。特に何かされたという訳でもないのに。
ガデスは身体を震わせながら、身動き一つ取らず、その場に立ち尽くしている。
「本当はわかっているんじゃないか? 彼の様子がおかしいことに。おかしくなければ、こんな采配はとらないはずだ。そうであろう?」
さらに近付いていくるリンベル。ガデスは、まるで全身が締め付けられているかのような圧迫感を覚える。
「違う」
否定しなければ。神である自分の父が間違えるはずがない。命を懸けて、自分たちを救ってくれた人がーー
「まだ間に合う。このままでは、君たちの身に危険が迫るぞ。あいつの心にはもう、お前たちへの愛はない。それどころか、この世界への愛すらも! 今のあいつにはーー!」
「黙れええええええ!!!!」
怒りに身を任せ、ガデスはリンベルに殴りかかろうとしたその時。
「待て、ガデス! そこまでだ。お前ではこいつに勝てないよ」
振り上げた腕を掴まれる。ガデスが振り向くとそこにいたのはーー、
「離せ、離してくれ! ローガスの兄貴!!」
ガデスは必死に引き剥がそうとするが、ローガスはしっかりとガデスの腕を挟み込んでいて全く抜けない。一撃で相手を吹き飛ばす程の力を持つガデスを、ローガスはいとも簡単に封じてしまった。
「久しぶりだね、ローガスくん」
「リンベルさん……これもあなたの思惑通りですか?」
ローガスはキッと力を込めて睨み付けるが、リンベルは口笛を鳴らしながら、どこ吹く風と言わんばかりにそれを受け流した。
「さあどうでしょう? 仮に俺がいなかったとしても、こういう結末になっていた気がするがね」
「く……」
「ローガスくん、悪いことは言わない。あいつをすぐにでも止められるのは、君だけだ。まずは僕の話を聞いてほしい」
「裏切り者のあなたの言い分なんて、たとえ聞いたとしても信じません。だから、あなたの話を聞くのは時間の無駄です」
ローガスはガデスを連れて立ち去ろうとする。それを、リンベルは呼び止めた。ひどく焦っているのか、声がうわずっている。
「待ってくれ、ローガスくん! 僕は君たちに危害を加えるつもりは……!」
「ならばなぜあの獣人を匿っている!? あの愚か者は真実に目を向けようとせず、盲目的に父さんの命を狙っているんだ!」
「それにも、ちゃんとした理由が……」
「くどい!! 本当ならばここで成敗したいところですが、時間がありません。近いうちに、決着をつけましょう。では」
「ローガス!! 待て!! お前は本当はーー!!」
リンベルが話を終える前に、ローガスは暴れていたガデスと共に姿を消してしまった。他の神子たちも、いつの間にかいなくなっている。一人残されたリンベルは、深くため息をついて座り込んだ。
「はぁぁぁ……親離れできないガキどもが……」
リンベルの悔しそうな声だけが、一人歩きするかのように響いた。
~~~~~~
「なぜだ兄貴!? なぜ退いた!?」
世界で最も危険なエリアの一つとされる砂漠地帯。その大地を光の速さで飛翔する物体がいた。それは馬車のような形をしていたが、両側に光でできた翼のようなものがついている。その中に、先ほどカルミナたちと戦っていた神子の面々がいた。
その中で、ガデスはローガスに掴みかかって、怒りをぶつけていた。
「落ち着けガデス。状況が変わった。いま、本部から知らせが届いたんだ」
ローガスも、一見落ち着いているように見えるが、その実どこか焦っているかのように身体をソワソワさせている。
「知らせだと!? それは、親父からの任務を放棄するほどのことなのか!?」
ガデスは少し落ち着いたのか、ローガスを掴んでいた手を離す。ローガスは一息ついた後、こう告げた。
「ヒノワの部隊が、本部に侵入してきた。かなりの大軍らしい。宮殿の全部隊で凌いでいるらしいが、それも時間の問題とのことだ」
「な……?」
衝撃的な話を告げられ、ガデスの思考が一瞬止まった。
「ば、ばかな……? い、一体どうやって……?」
「わからない。突然どこからともなく現れたとのことだ」
「なんだよそりゃあああ!!??」
ガデスは苛立ちをぶつけるかのように、椅子に拳を叩きつける。ベキ! と椅子にヒビが入る。
ローガスもまた、一人唸っていた。なぜヒノワが本部の居場所を突き止めることができたのか? そして、どうやって侵入できたのか?
(本部には結界が張り巡らされている……父さんの作った結界を壊すなんて芸当、ヒノワの連中にできるのか……?)
しかし、現実問題、結界は破られている。つまり、それだけの力を持つ輩が、ヒノワにはいるということだ。それでは、本部に残っている部隊では歯が立たないだろう。ローガスは悔しげに唇を噛んだ。
(待ってて皆……! すぐに行くから……!!)
ローガスは本部で今戦っているであろう、仲間たちを想う。そして、アズバのことも……
『本当はわかっているんじゃないか? 彼の様子がおかしいことに』
リンベルが、ガデスに向けて言っていた言葉を思い出す。そんなはずはない、アズバ間違えたことなど、これまで見たことがない。しかしーー、
自分たちが本部にいれば、こんなことにはならなかったのではないだろうか? 少なくとも、誰か一人いれば……
(ダメだ! あの男の言葉を鵜呑みにしてはいけない! 今は目の前の問題を対処するのが先だ)
心にどこか不安の種を残しながら、ローガスは今後の作戦を考えるのだった。




