《魔王》
【リンベルVSデイス】
「ああ……! オルトス! 僕のオルトスが、こんなボロボロに……!」
オルトスを抱えながら、リンベルはどうしよう、どうしようとオロオロし始める。オルトスはそんなリンベルを安心させようと、彼の手にそっと自分の手を置いた。
「落ち着けカシラ。俺はまだ軽傷だ、獣人族なめるなよ?」
「オルトス……」
「そんなことより、あの二人を助けなくちゃ! このままじゃ、あいつらが死んじまう!」
「あの二人……? ああ……」
リンベルは冷静さを取り戻し、あの二人ーーカルミナとアリシアーーの方を向く。ちょうど、カルミナとガデスが殴り合いを始めたところで、アリシアの方はひどく痛ましい姿で気絶していた。
「全く女の子に何という仕打ちを……よくあれで神軍名乗ってるよね、あれ」
「そんなことはいいから……!!」
「ええ、大丈夫、わかっているとも。今あの子たちを失うわけにはいかないからね。だが、君は休んでいなさい。僕一人でやってこよう」
「だが……カシラ……!!」
「厳しいこと言うよ? 足手まといなんだ」
「…………!!! ぁ……」
それ以上、オルトスは何も言えなくなる。ただ悔しそうに歯ぎしりしているだけだ。
「わかっ……た! 頼む……! カシラ……」
「うん、いい子だ」
リンベルがそう言ってオルトスを下ろし、そして彼の頭を優しく撫でた。オルトスは抵抗することなく、むしろ嬉しそうにそれを受け入れる。その姿はまるで、一種の親子そのものだった。
「私を無視するのは頂けませんなぁ?」
二人だけの世界をぶち壊すかのように割って入ってくるデイスの声。オルトスは慌てて身構えようとするが、それをリンベルは笑顔で制止した。そしてーー、
「いやいや、無視していたわけじゃないよ。ただもう勝負はついたからね。ちょっとした戦勝祝いをしていたとこなんだ」
「何を言っている……? 私はこの通りまだまだ……!」
「ああ、そうか。君も感じることができないんだね。これだと、やはり感じ取ることができるのは、今んとこ僕と姫様とアズバだけになるのか」
「何の話かわからんが、まあいい。貴様、《魔王》であるな? 我が主の宿敵、主に代わりこのデイスが討ち取らせてもらう!」
デイスがそう宣言し、ピシャリと強めの音を立てて両手を合わせる。どうやら、あれが臨戦の構えだったらしい。やる気に満ち溢れたデイスを、リンベルは憐れみの目で見つめた。
「可哀想な子どもたちだ。いまだあれを信じているとは……もうあの男は、君たちの思うような崇高な存在ではないというのに」
その言葉を聞き、デイスの額にビキビキ、と青筋が立った。巨体から放出される威圧がさらに増す。オルトスの黒い毛並みが針のように尖った。
「この星の主に対して何たる侮辱!! かつては共に正道を歩んだが、今は悪道を突き進んでいる貴殿に何がわかる!! あのお方が今日までこの世界のためにどれだけ尽くしてくれたか……貴殿にはわかるまい!!!」
「いや、それはわかっているよ。それは僕も評価する。竜との死闘で荒れ果てた大地を、よくぞここまで修復させた。荒んだ人民の心を、よくぞ平静に戻してくれた。本当にすごいことだと思うよ。だがね……」
リンベルの黒い瞳から、スッと光が消える。その瞬間、デイスの体内が不自然にうごめき出した。最初は気にならなかったがーー、
ーーゴボッーー
(な、何だ……?)
ーーゴボゴボッーー
(い、息が、しづらい……)
ーーゴボゴボゴボッーー
(あ……れ……? 力が、入ら……?)
その瞬間ーー
ゴボゴボゴボゴボゴボゴボッッッッ!!!!!
デイスの中身が、あっちこっちと暴れ始めた。内臓が、体内でゴロゴロゴロと激しく転がっている。デイスはたちまち身動きが取れなくなり、その場で倒れ伏した。目、口、鼻から血を吹き出しながら。
「アガッ!? ガッ……ガアア……」
「ごめんね、憐れな子どもたち。彼らには、死なない程度に、と釘を刺してあるから大丈夫。今は我慢したまえ。ゆっくりと眠りにつけるまで……」
そう言ってリンベルは、フッとその姿を消した。オルトスは、デイスの苦しそうな姿を見て、思わず顔をしかめた。
デイスはしばらくもがき苦しんだ後、バタンと全身から力が抜け落ちたかのようにーー、動かなくなった。
そして、物語の時系列はーー、一つに戻る。
~~~~~~
「な、何だてめ……ぐは!?」
突如カルミナと自分の間に現れたリンベルに吹き飛ばされてしまうガデス。何とか身体に力を入れて衝撃を抑えようとするが、それでも全ての勢いを殺し切れなかった。
一方のリンベルは、カルミナを抱きかかえながら、アリシアの側までやってくる。カルミナに優しく声をかけた瞬間、カルミナはガクンと意識を失ってしまった。
「あ、あれ? もしかして、死んじゃった? 違うよね、生きてるよね!?」
リンベルは慌てふためく。今ここで、この子たちを死なせてはいけないのに。
「あ、良かった。息がある……本当に強い子だね」
ひとまずまだ生きていることに安堵するリンベル。だが、このままではどのみち危険だ。早急にアジトに戻り、手当てをしてやらねば。
「まずは、応急処置から」
そう言ってリンベルはアリシアの隣にカルミナを寝かせ、ぶつぶつと謎の文言を唱え始めた。すると、信じがたいことにカルミナとアリシアの身体の傷が、嘘のように消えていく。痣や、皮が剥がれて赤く染まっている箇所も、元の白く美しい肌に治っていく。
「まったく、あの人に教わったことが、こんな形で役に立つとはね……」
リンベルは呆れたような、一安心したようなため息をついた。二人の少女は苦痛から解き放たれたのか、実に穏やかな表情で寝息を立て始める。
「うん! この状態ならば大丈夫だろう。医者じゃないから知らないけど」
リンベルは一人胸を張って無責任なことをつぶやいているとーー、
「へっ、同族を助けにきたのかい? 《魔王》さんよぉ」
かなり遠くまで吹き飛ばしたはずのガデスが、いつの間にか舞い戻っていた。全力で駆けてきたのか、ひどく呼吸が荒い。
「おや、お早い帰りだね。もう少し飛ばした方が良かったかな?」
「ぬかせ。もう同じ手は通用しねえよ」
「さて……それはどうかな?」
ガデスは再び構えを作るが、すぐに飛びかかる素振りは見せない。じっと相手の挙動を観察しているからだ。
一方のリンベルはニコニコしながら、特に構えを作ることなく普通に立っている。全身をいかにも魔術師にふさわしい黒のコートを羽織り、背中のマントと地面につきそうなくらい長い髪が、風でフワリとなびく。指に嵌め込まれた様々な色彩のアクセサリが、光に照らされてキラキラと自己主張を始める。
(全くもって隙だらけだ……闘気も感じない……これがあの《魔王》だと?)
あまりにも脆弱な気を感じ取り、ガデスは首を傾げる。アズバの話によれば、《魔王》の実力はあのアズバにも匹敵するという。アズバと同等の力なのはあり得ない話だが、少なくともかなりの実力者ではあるはずだ。だというのにーー、
(いや、何か力を隠しているに違いない。さっき現れた時、全く気付かなかったからな……それに俺を吹き飛ばしたあの威力……侮れねぇ)
ならば、打てる手段は一つ。近接に持ち込むのは危険だからーー、
(離れた所から、撃てばいい……拳の弾丸を!!)
ガデスは息を整え、両足に力を込めて横に広げる。そして、拳をググッと強く、深く握りしめた。腕から筋が浮かび上がる。そして、その場から動くことなく、相手に殴りかかるようなポーズを取った。
「我流ーー」
ーー真空拳!!!!ーー
ガデスは自らの気を拳に集中させ、それを一個の弾にして放つ。気はそのまま気圧と混ざり合い、大きな爆弾となってリンベルに襲いかかった。このまま命中すれば、リンベルの身体は砕け散ることになるだろう。
だが、結果はガデスにとって予想外、それも最悪の意味でもたらされた。
「ば……ばかな……」
リンベルの目の前まで飛んでいった爆弾は、まるでリンベルを避けるように軌道を変え、明後日の方向に飛んでいってしまったのだ。何が起きたのか分からず、呆然とするガデス。
「さて……お仕置きといこう。悪いことをする子どもには、大人は厳しく叱ってやらなくてはならないからね」
リンベルは笑顔を変えることなく、不気味さすら感じるほど穏やかな口調で、ガデスにそのような言葉を投げるのだった。




