大敗、そして……
【カルミナVSガデス】
ガデスが地面を蹴ったと思った瞬間、彼はすでにカルミナの懐に入り込んでいた。そして、カルミナの腹に右ストレートを決める。加護があるにも関わらず、カルミナの内臓はぐちゃぐちゃにかき乱された。カルミナはたまらず、ゲボッと赤黒い血を勢いよく地面にぶちまける。
続けざまに、ガデスは怯むカルミナに回し蹴りをお見舞いした。首筋にクリーンヒットし、カルミナはそのまま力の流れに従って吹き飛ばされてしまう。ガデスはフゥー、と体内の空気を全て吐き出して調子を整えた。
「ぅ……ぐふっ……」
カルミナは立ち上がろうとするが、足腰に力が入らない。ガクガクと痙攣を起こし、口の中は鉄の味による不快感で満たされる。
とっくに身体の限界は迎えていた。そして、ついに身体が動くのを強制的にストップさせたのだ。なおもカルミナの闘志は消えない。獅子のような表情を崩すことなく、ガデスを睨み付ける。だが、動けない獅子を恐れる者など、どこにもいない。
ガデスはカルミナの腹を思い切り踏みつけた。先程のダメージと合わさり、カルミナの中身がいくつか壊された。ゴバッとさらに喀血するカルミナ。その血が、ガデスの顔に飛び散った。
「……くせぇ……」
不快な表情を隠すことなく、ガデスは返り血を拭う。そして、なおもガスガスと蹴りを入れ続けた。自分の身体から生気が抜けていくのを感じるカルミナ。だが、彼女に抵抗する力は残されていない。痛みが感じなくなった所で、カルミナの意識が薄れていく。今度こそ、どうすることもできない状態となってしまった。
さっきの殴りあいで決め切れなかった時点で、逆転の目は閉ざされていたのだ。その事実を突きつけられ、カルミナの心は、いよいよポッキリと折れた。
(ここまで、なのね……やっぱり、私の力じゃあ、ダメだったか……)
無力感で押し潰され、悔しさでギリギリと胸を締め付けられる。綺麗な涙を流しながら、カルミナはアリシアの方に顔を向けた。アリシアも、起き上がる気配はない。このまま自分が死んだら、次はアリシアの番だろう。
オルトスはまだ戦っているのか、遠くで何かがぶつかり合う音が聞こえる。だが、自分たちが脱落したら、ガデスがオルトスを殺しにいくだろう。そうなったら、いくらオルトスでも勝ち目はないはずだ。
全ては、不甲斐ない、力の無い自分のせいだ。カルミナは己を責め続ける。そうすることで、いくらかましになった気がしたから。
(ごめんなさい、アリシア……オルトス……本当に、ごめんなさい……)
本当は声に出して謝りたいが、もうそれも叶わない。口の中が自分の血でいっぱいになる。うまく呼吸ができなくなり、もがき苦しむカルミナ。ガデスはそんなカルミナを見てーー、
「無様だな。だが、これがお前たちの選んだ結末だ。恨むなら、思い上がった自分を恨むんだな」
冷淡に、そう言葉を送った。ついに、カルミナの全身から力が抜けた。さっきまで沸騰してしまうくらいの熱を帯びていたのに、今では氷のように冷たくなっている。死が、間近に迫っている証だ。
「神を侮辱した罪は、ただ死ぬだけじゃ許されない。苦しみ、己の罪に後悔しながら死んでいけ」
微かながら、ガデスの憎悪に満ちた声が聞こえてくる。もう、声を上げることすら叶わない。ただ、虚ろな目で空を見上げるだけだ。
(ああ……嫌だな、こんな形で死ぬなんて……私の行いは、間違っていたのかな……そんな、そんなはずはない……)
どうせ死ぬのならば、せめて後悔の無いようにしよう。そして、願わくば生まれ変わった時、またアリシアと巡り会えますようにーー
(アリシア……あなたに出会えて、よかった……先に、逝くね……)
カルミナはゆっくりと目を閉じる。死ぬその瞬間まで、カルミナはアリシアとの想い出を味わうことにした。
「じゃあな背徳者。次に生まれ変わったら、道を誤るなよ」
ガデスの声が聞こえる。カルミナは静かに、その時を待つのだった。
(さようなら、アリシア……)
………………………………
(………………? あ、れ?)
おかしい、普通なら、もう自分は意識を失っているはずだ。なのに、失うどころかいまだこうして思考できている。それとも、知らぬ間に死んでいるだけなのか? しかし、致命傷となり得る技を食らった感触はなかったはず。
カルミナが疑問に思っているとーー、
「大丈夫ですか? 麗しいお嬢さん」
低く、しかし心地よい声が耳に入ってきた。聞いたことのない声に、カルミナは思わず目を開けた。するとーー、
「…………えっ?」
ようやく、自分の状況を理解する。どうやら自分は、まだ死んでいないらしい。その証拠に、身体が引きちぎれるような痛みが健在だからだ。そして、自分は誰かに抱きかかえられているらしい。フワリと宙を舞っている感覚が、どこか気持ちが良い。
「良かった、どうやら間一髪だったようだね」
再び、声が聞こえてきた。カルミナは何とか痛みに堪えながら、声がする方向を向く。そこにはーー、
長く伸ばした黒髪をなびかせている、思わず見惚れてしまうほどの美しく凛々しい顔が、カルミナの目の前に現れた。そして、その景色を最後に、カルミナの意識はぷっつりと途切れるのであった。
~~~~~~
【オルトスVSデイス】
「ぐ……くそが……!」
カルミナたちが各々の戦いを繰り広げている頃、オルトスも神子の一人である大男、デイスとぶつかっていた。
オルトスは、ハァ、ハァと息が上がっているのに対し、デイスは涼しい顔でオルトスを見つめている。無論、身体にも傷一つありはしない。
「もう終わりかな? 世界の敵よ」
「何、言ってやがる……! ここからだろうが……!」
オルトスは強がっているものの、実は身体はそろそろ限界を迎えようとしていた。獣人の力を余すことなく発揮したはずなのに、その力は全てデイスの筋肉でできた鎧を突破することなく弾かれてしまった。人間離れした頑丈な肉体。それこそが、デイスの唯一の武器なのである。
デイスは両手を合わせながら、神軍の教義を唱え続けている。それが、余計にオルトスの神経を逆撫でした。オルトスはもう一度、デイスに攻撃を仕掛ける。
「くらえやあああああああ!!!」
オルトスはあリッタけの力を全て拳にのせ、先程から集中的に攻撃している鳩尾にめり込ませた。ズドンと鈍い音が辺りに響き回る。だがーー、
「う、嘘だろ……?」
デイスはよろけることなく体勢を維持している。教義を唱えながら、オルトスの顔をギロリと睨み付けた。オルトスは慌ててその場を離れようとするがーー、
(なっ……!? 抜けない!?)
信じがたいことに、殴った方のオルトスの腕を、デイスは己の腹筋を器用に操って挟み込んでいた。オルトスは必死に引き抜こうとするが、ピクリとも動かない。そしてーー、
「!? ぐはあああ!!?」
オルトスはデイスに顔を殴られ、盛大に吹き飛ばされ、バネのように跳ねて、そしてズザザザ、と地面と摩擦を起こした。オルトスもまた、神子の前に手も足もでない状態だったのだ。
倒れているオルトスに追い討ちをかけるかのように、デイスは力強くオルトスの腹を踏みつけた。キリキリキリ……と内臓を締め付けられ、オルトスは苦悶の声をあげながら、その足をどかそうと力を入れる。しかし、足は家の柱のようにびくともしなかった。
「憐れな世界の敵よ……今こそ我が主の元にその魂を返し、穢れを落とすのです。そして、今度こそ真っ当な人生を頂くのだ……」
デイスは踏みつける力を強くする。中身がぐちゃぐちゃに潰されていく感覚とともに、オルトスの口から大量の生臭い血がこぼれ出す。
「ガッ……ゴボェ……!!」
言葉にならない声をあげて悶絶するオルトス。そんな姿を憐れみ、デイスは涙を流しながら教義をぶつぶつ呟いている。
(チクショウ……俺も覚醒していたら……!)
実は、オルトスはいまだ覚醒がない。いつかそれが来ると信じて、彼は今日まで己を鍛え続けてきた。しかし、その苦労は今、水泡に消えようとしていた。彼の命とともに。
(カシラ……すまねぇ……俺も、ここまでみたいだ……!)
最期に浮かべるのは、恩人の顔。走馬灯のように、これまでの人生が脳内に一気に映し出された。だんだん、真っ黒になっていく世界。
「とどめだ、次の人生に祝福あれ!」
そう叫びながらデイスが足をふり上げたその時。突如、デイスは後方に吹き飛ばされた。驚愕の表情を見せながら、デイスは地面に激しく身体を打ちつけた。
オルトスは、突如現れた存在を確認すると、ホッと安堵したかのように軽く笑顔を見せた。
「オルトス! 無事ですか!? 無事だよね!?」
焦りと不安に満ちた、地面をビリビリ揺らすほどの低い声。しかし、その声の主は、女性と見間違うくらい艶やかな黒く長い髪と、美白色の凛々しい顔つき。オルトスは痛みに身体を震わせながら、安心したようにほっと顔を緩ませた。
「おせぇよ……カシラ」
そう、彼の目の前に現れたのは、オルトスの主人にして最古参の世界の敵ーー、
《魔王》リンベル、その人だった。




