表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】愛し愛される世界へ ~一目惚れした彼女が、この世界の敵でした~  作者: 冬木アルマ
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/112

初めての「憎悪」

【カルミナVSフィーリス】


「う……ぐ……」


 フィーリスは、満足に動けないでいるカルミナの細い首に後ろから腕を回し、そのまま力一杯締め上げる。ローガスに教えてもらった、フィーリスが使える唯一の気絶技だ。何かあった時の護身用の技だったのだが……。


「あんまり……女の子は傷付けたくない、の……! だから早く……諦めなさい!! てか本当にしぶといわね……」


 カルミナは何とか抵抗するものの、薬の影響からか力が出ない。フィーリスの腕が頸動脈を圧迫し、息苦しさを越えて痛みすら感じ始めた。わずかに繋ぎ止められていた意識の糸が、今ブツブツと千切れそうになる。


「ア……アリ……シア……」


 歪んでいた視界がだんだん暗くなっていく中、カルミナは誰に聞かせるという訳でもなく、静かに愛しの人の名を呟いた。


「はっ! こんな時でも、他人の心配? ちょっとは自分の今の状況を考えたらどう? 大体あなた、さっき睨み合っていた時もあの子(アリシア)の方に意識を割いてたでしょう? そんなことだから、こういう結末になったってまだわからないの?」


 自分のことを省みないカルミナの態度に腹が立ったのか、フィーリスが語気を強めてカルミナにぶつける。言い返す力は、今のカルミナには残されていない。虚ろな表情で、ただ何度もアリシアの名を呟くだけだ。それがさらにフィーリスの苛立ちを増幅させる。


「ああ、もう! わからず屋な子ね……でもどうして、あの世界の敵(ナーディル)のことを……? そんなボロボロになってまで……」


 フィーリスは疑問に思う。このカルミナ自身も、悪逆非道な行いをする人間には見えない。そしてそれは、《災厄》にも言えることであった。彼女にはどうしても、この二人が将来、世界を滅ぼす存在になり得るとは思えなかったのだ。


(まるで姉妹みたいね、二人とも。そうすると、私たちのやっていることって、その姉妹の仲を引き裂いている……って何を考えてるの私!! この子たちは敵、そう! お父様と私たちの敵なのよ!)


 フィーリスはブンブンと首を振って謎にわき上がる感情を押さえ込んだ。そして、改めて腕に力を込める。


(そう……これは正しいこと。惑わされてはダメよ、私……!)


 フィーリスは、ひとまずモヤモヤしている心のことは考えず、自分のやるべきことに集中することにしたのだった。


 ~~~~~~


(ダメだ……どうあがいても、振りほどくことができない……)


 今にも消えそうな意識。それを保つ力も、もうほとんどない。手足は痺れを通り越して、ビクビクと痙攣している。


(私……今度こそ、このまま死ぬのかな……)


 今まで何度も死にかけながらも、仲間たちの力も借りて何とか苦難を乗り越えてきた。だが、今回は己の力では敵わず、仲間たちが助けに来る気配もない。思えば、ここまでこれたこと自体が奇跡だったのだ。


(アリシアは……無事? どうにか逃げてくれているといいけど……)


 確か彼女は、もう一人の凶暴そうな神子と戦っていたはず。最後に様子を見た限りでは、彼女の身が危ない。早く、早く助けにいかなくては。彼女を無事に助けるまで、倒れるわけにはいかない。

 何とか瞳に力を込めて、アリシアを探す。その無事を、切に願いながら。


 だが、その願いはーー、現実という残酷な魔物によって跡形もなく打ち砕かれてしまうのだった。


「…………あ……」


 カルミナの視界に映ったアリシアは、見るも無残な姿となり果てていた。いつの間にか元の姿に戻っており、全身はあまりにも痛々しい傷に覆われている。そして何より恐ろしいことにーー、


 アリシアは、ピクリとも、動かなくなっていた。そして、動かなくなってもなお、蹴りを入れ続けている神軍(ジーニス)の男。


 カルミナに、一気に、暗く、しかし炎よりも熱い何かが内より広がっていった。そしてそれは、あっとい間にカルミナの全身を覆う。その瞬間、制御しきれない程の力がみなぎってきた。今すぐ外に放出しなければ、身体が膨張して爆発四散してしまいそうだ。

 カルミナの心は、その暗く熱いモノによって瞬く間に支配された。ぼやけていた視界もクリアになり、カルミナはアリシアを傷つけたであろう相手の姿をしっかり捉える。


(お前……何をしている? アリシアに、アリシアに……何をした……!?)


 生まれて初めての感情に、戸惑いを覚えている暇などなかった。そうだ、自分は軟弱だった。アリシアの命を狙う相手であっても、自分は無意識に情けをかけていた。その結果がこれだ。誰かを守るのならば、誰かの敵になる覚悟を持たなければならないというのに!!!


(許さない……許さない……! よくも、よくもアリシアを!!!)


 そして、カルミナの理性は、プツンと音を立てて崩壊した。


 ~~~~~~


「えっ……!?」


 フィーリスは驚愕の色を浮かべた。もう虫の息であったはずのカルミナが、突如もの凄い力で抵抗を始めたからだ。必死にフィーリスの腕を引き剥がそうとするカルミナ。慌ててフィーリスは全力でカルミナを締め上げようとした。しかしーー、


(嘘……? ()()()()()()() 全力を出しているのに……!)


 一体何があったというのか。もしや、まだ実力を隠していた? いや、今はどうでもいい。それよりもーー、


(ダメ……! これ以上は……!!)


 次の瞬間ーー、


 スパアアアアン!!!


 フィーリスの顔に、重く鋭い一撃が振りかかる。それをもろに食らったフィーリスは、血を吹き出しながら体勢を崩した。


「ガフッ……!」


 何が起こったのかわからず、鼻を押さえながら慌ててカルミナを見るフィーリス。どうやら、自分はカルミナに顔を思い切り殴られたらしい。しかし、自分の身体を吹き飛ばすだけの力が彼女にあるとは思えない。そのはずなのにーー、


(な、何あの子……? 本当に、()()()?)


 気配がまるで違う。先ほどまでの()()()()雰囲気は、全く感じられない。むしろその逆ーー、獲物を求めて彷徨う獣のような荒々しい闘気がヒシヒシと伝わってくる。思わず、フィーリスは一歩後退りした。

 カルミナはゆっくりと、フィーリスに顔を向ける。赤い瞳はギンギンと血走り、グルルルと声を唸らせている。


(完全に理性を失ってるみたいね……でも!)


 どれだけ気配が変わったとしても、その瞬間のみ人間の基礎体力が上昇することはない。とすれば、カルミナを圧倒していた自分が、負けるはずがない!


「さっき同様、眠らせてあげるわ!!」


 そう自分を奮い立たせたフィーリスは、最初の時のように気配を消した。フィーリスのこの気配遮断能力は、彼女の一族が代々培ってきた秘技である。当然彼女自身もこの秘技をマスターしており、戦闘の際はこの技を自在に操ることで、敵に完全成功の奇襲を仕掛けることができるのだ。

 故に、先ほどカルミナが反応できなかったのも無理はない。気配遮断に関して、フィーリスを上回る者は現状、存在しないのだ。


(どれだけ威嚇したって無駄! 私を捉えることができなければ、あなたに勝ち目なんてないんだから!)


 フィーリスは今持っている中で最も強い麻酔薬が入った注射器を手にして、それをカルミナの背後からズブリと深く彼女の首元に突き刺した。力を入れすぎて、そこから血が滲み出す。


(よし! 決まった! これでこの子はすぐに眠りにつくはず……)


 フィーリスがそう勝ち誇ったのは一瞬だった。薬を打たれたにも関わらずカルミナは一向に倒れない。


(な、何で!? もうとっくに倒れてもおかしくないのに……!!)


 フィーリスが焦りの色を浮かべた次の瞬間ーー、


 ズドンンンン!!!


 突如、フィーリスの腹にハンマーで殴られたかのような重たい一撃が入る。フィーリスは目を見開きながら、その場に崩れ落ちた。


「ゲホッ……ゴホッ……」


 内臓が派手に動き回り、身体が思うように動かない。たった一撃で、フィーリスはノックダウンされてしまった。


「ま、待ち……なさい……」


 霞がかったカルミナを止めようと、震えた手を伸ばすフィーリス。しかし、その努力虚しく、フィーリスの意識は強制的にシャットダウンするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ