神子、襲来
「この気配……まさか、神軍最高戦力が勢揃いとはな……!」
オルトスは汗を一滴垂らしながら、眼前の五人を捉える。牙をむき出し、両手の爪を最大限まで伸ばした。
そんな様子のオルトスを見て、カルミナたちも急いで臨戦態勢を整える。あまりの緊張感により、胸の脈動が激しい。あまりの激しさに、気持ち悪さを覚えるくらいだ。何よりもーー、
(ローガスだけじゃない、他の四人も桁違いに強い……! あのマーリルが可愛く思えるくらいのプレッシャーだわ……!)
相手の流れを見極めることから始めるカルミナたち。しかし、その流れがあまりにも急すぎる。今のカルミナたちの力では、目で追うのも精一杯だ。
つまり、目の前の五人の実力は、二人を完全に凌駕しているということだ。普通に相手をしてては、まずもって勝てないだろう。二人は今すぐ逃げ出したくなる気持ちをどうにか抑え、気をしっかり集中させる。
それでも、身体の震えを抑えることはできなかった。それに気付いたのか、茶髪の粗暴そうな男が鼻で笑った。
「おいおい、こんなのが《災厄》とその一味かよ! あれだけ手こずってるからどんな奴らかと思えば……ひ弱そうな女どもに、力を使いこなせていない《反逆者》、あとの二人の獣人は論外! なあ、ローガス兄貴は帰ればいいんじゃねえか? 兄貴まで出る必要ねえわこれ!」
「…………!!」
明らかな挑発、そして侮辱。だが、カルミナたち五人は何も言い返せない。それは、その男が決して口だけではない、その言葉を吐けるだけの実力があることを感じ取れるからだ。
馬鹿にされてもなお、黙り込んでいる五人に対し、茶髪男は思い切り舌打ちをした。相当苛立っているようだ。
「こんな軟弱者どもに、うちのヴァルスはやられたってのかよ……!」
「まあまあ、ガデス。敵さん、私たちに怖じ気づいちゃってるみたい。しょうがないわよ、私たち五人勢揃いなんだから」
「へっ! なおさら冷めちまった! さっさと親父の任務を終わらせて帰ろうぜ」
桃色髪の猫人間のような獣人が、ガデスと呼ばれた茶髪男に淡々とした口調で返す。ガデスは怒りが収まらないのか、声を荒げて眼前の世界の敵一味にありったけの殺意をぶつける。
それを感じ取ったカルミナたちは、ゾクリと背筋が凍りついた。
「俺に本命をやらせてくれ、兄貴。俺んとこの部下たちが散々良いようにやられてきたんだ。あいつらの無念を晴らしたい」
今度はひどく穏やかな口調で、ガデスはローガスにお願いした。ローガスは間髪入れずに、そのお願いを受け入れた。
「いいよ、ガデス。思う存分にやるといい。どうせ生死は問わないのだから」
「感謝する、兄貴」
ガデスは深々とローガスに頭を下げる。ローガスはそんなガデスの頭を軽くポンポンと叩いた。
「後はそうだな……せっかくだからフィーリスは《災厄》の協力者を、デイスは《反逆者》の相手をしてやってくれ」
「わかったわ」 「承知」
フィーリス、と呼ばれた桃色髪の獣人と、デイス、と呼ばれたスキンヘッドの大男は、特に不満を言うわけでもなくその命令を受諾した。どうやら、同じ神子同士といっても、やはりローガスと他の四人の間には上下関係があるらしい。
アリシアは、最初から力を解放しようと、再び自分の中の誰かに語りかける。
~~~~~~
「力、借りていくからね」
ーーいきなりですね。あなた、身体持ちます?ーー
声の主は、特に焦っている様子は感じない。己の身体が危険に晒されるというのに、どこか他人事のようだ。
「どのみち、力を惜しんでいたら勝てる相手じゃない」
ーー相変わらず脳筋ですこと。もっと簡単な方法があるじゃありませんかーー
「えっ、どんな方法なの?」
声の主はケラケラと愉快そうに嗤いながら、その方法を提示した。
ーーあなただけ逃げればいいのです。力を惜しもうが、惜しまなかろうが、今のあなたではあのガデスとかいう若者には勝てません。ボコボコにされて、ジ・エンドですーー
「そんなこと、できるわけない!!」
アリシアは声の主に対して激昂する。
「これまで自分に尽くしてくれた人たちを置いて逃げる? そんな不義理を働くくらいなら、死んだ方がまし!」
ーーいや、あなたに死なれたら私も消えるので、それはやめてほしいのですがね……まあ、お勉強には良い機会です。あなたの身体は、ちょっとやそっとのダメージでは死にませんので、散々ボコボコにされちゃいなさい♪ーー
~~~~~~
交渉を終えたアリシアは、全身から白い稲妻のような光を発生させる。光は次第にアリシアの周りに展開した。空色の髪を逆立たせ、瞳には青白い焔が灯る。口からは小さな牙を覗かせ、穏やかでトロンとした表情から一転、一人前の立派な戦士の表情になった。
(素直に渡せばいいものを、全く……)
心の中の誰かに舌打ちしながら、アリシアは自分の対戦相手、ガデスを捉えた。ガデスは、なおも余裕ありげにアリシアを見つめている。ありったけの殺意を込めて。
「ア、アリシア……お前、その姿は……」
オルトスは信じられないような目をしながら、アリシアを見ていた。サマルカンでアリシアが覚醒したのは知っていたが、これは通常の覚醒とは比べ物にならない力だ。それを、意識をしっかり保ちながら見事に操っている。
(実際に見ないとわからないもんだな……ここまで強くなっていたとは……!)
オルトスは、心にチクリとしたモノを感じながら、アリシアの成長ぶりに驚嘆した。
「オルトスはアリシアがあの姿になれるの、知ってるんだよね? すごいでしょ?」
「ああ……直に見てよくわかったよ。あいつの成長速度は凄まじいものがある。俺ではもう敵いそうにない」
「あなたにそこまで言わせるなんてね……」
「だが……問題は……」
そう、問題なのは、アリシアの力をまざまざと見せつけられているはずなのに、ローガスどころか他の四人の神子たちもやけに落ち着いているのだ。動揺している素振りが、欠片も見えない。
オルトスに、嫌な汗がツーッと頬をつたって流れていく。
(ま、まさか……あいつらの実力は、これ以上だとでもいうのか!?)
その直後、その予感は的中することになる。
「ーーーーっ!?? ガハッ!??」
誰も、気付けなかった。一瞬? 刹那? 果たしてその言葉で表現できるものだろうか?
「ア、アリシア!!!」
呆けていたカルミナが、悲痛な声で叫ぶ。彼女の目に映ったのはーー、
いつの間にか間合いを詰め、アリシアの首を掴んで持ち上げている、ガデスの姿だった。




