閑話 神子、出陣
【白の宮殿、玉座の間】
「何で呼ばれたのかわかるね? ローガス」
今、この場に六人の男女が集まっていた。一人は玉座に座り、苛立ちを隠すことなく、眼前でひざまずいている五人を睨み付けていた。五人は皆、カタカタと身体をわずかに震わせながら、沈黙を貫いている。そんな五人の姿を見た玉座の男はじれったく感じたのか、右手の人差し指をトントントントンと肘掛けに打ち付けながら、さらに鋭い視線を五人に向ける。
「聞こえなかったのかな、ローガス? それともこのアズバの言っていることが理解できないのかな?」
自らをアズバ、と呼んだ人間神は、神軍を統率している神子のリーダー、ローガスに尋ねた。自分の名を呼ばれたローガスは、身体を震わせながらも、スッと静かに目を閉じた。覚悟を、決めたらしい。
「申し訳ありません、父さん」
ローガスは何の弁明をすることなく、アズバに対して謝罪の言葉を発した。すると、次の瞬間ーー、
「!!?? ガッ…………!!?」
突然、ローガスは自分の心臓が鷲掴みにされているような息苦しさを覚える。それは徐々に強くなっていく。どれだけ息を吸い込もうとしても、空気が身体の中に入っていかない。段々痛みすら覚えてきた。
ローガスは耐え切れなくなり、ついにその場に崩れ落ちた。
他の四人は慌ててローガスに寄って、必死に声をかけ続ける。
「兄貴!!」
「兄さん!!」
「兄上!!」
「お兄様!!」
四人は、なぜローガスが突然苦しみ出したのかわからないため、有効な処置を行うことができない。まごついている間にも、ローガスはのたうちまわりながら苦しんでいる。
ローガスは、この苦しみを生み出している男に視線を向ける。視界がかすれてきた。ローガスは、やっとの思いで声を出す。
「ぁ……と、とう…………さ……、ご、ごめ……んなさい……」
口からヒュウヒュウと音を出しながら、アズバに対して改めて謝罪をするローガス。他の四人も、ローガスがこんな状態になったのは、アズバが罰を与えているせいであるとわかり、一斉にアズバに視線を向けた。
アズバは、ひどく冷ややかな目線で、苦しんでいるローガスを見ていた。あまりにも落ち着いているアズバを見て、他の四人は恐怖から、全身に悪寒が走った。
「親父!! 悪いのは俺だ! 俺が奴らを捕まえられず、あまつさえ裏切りを出しちまった! 全ての責任は俺にある! ローガス兄貴は悪くねえ! だから罰は俺に与えてくれ!」
「私も! 私が不甲斐ないから! だから兄さんに頼ってしまって……! お願いしますお父様! 罰するなら私も!!」
ガデスやフィーリスが必死にアズバに訴えるが、アズバは聞く耳を持たない。他の四人には目もくれず、なおもローガスに対して冷たい視線を送り続ける。そして、アズバがキッと目を細めるとーー、
「ーーーーっ!!?? カ…………ハ………!!!」
ギュリン、と心臓がねじれた。ローガスは目を見開き、だんだん動きが弱まっていく。すでに身体の一部が昨日を停止し、どんどん冷たくなっていくのを感じる。
今まで感じたことのない、「死」の恐怖がローガスに襲いかかる。もう、兄妹たちの言葉もよく聞こえない。視界もぼやけ、何も見えない。
限界に達したローガスの理性は、プツンと切れた。
「ご……ごめ…………んなさい……ゆ、ゆる……し、て……」
ローガスはまるで幼い子供のように涙を溢れさせながら、必死に許しを請う。それを見たアズバは、ようやくフッ、と目を閉じた。その瞬間、ローガスは解放される。
「ックハァッ!! ハァ……ハァ……」
息を思い切り吸い込み、急いで身体を元の状態に戻す。他の四人がローガスの名を呼びながら、急いで駆けつけた。それを見たアズバは口を開く。
「ふむ、さすがにこれ以上すると死んでしまうからね。それは良くない。ローガス、君は私の代行にもかかわらず、かの二体の世界の敵に背を向けた。故に、この場で罰を与えた。もはや、立ち去った理由は問わない。だが、今からその罪を償うチャンスを与える」
「は……はい……ご厚意、感謝、いたします……」
「現在、奴らは《反逆者》と合流し、ヒノワ村に向かっている。もう小細工を労している暇はない。神子全員で出陣し、兄妹で力を合わせて悪を打ち破るだ、いいね?」
『は、はい!!!!』
ガデスたちも即座に返事をする。その言葉を聞き、アズバはようやく、満足そうな笑みを浮かべた。
「朗報、期待しているよ」
そう言って、アズバはフッ、と姿を消した。
~~~~~~
「ごめんねぇ、不甲斐ない兄ちゃんで」
「何言ってんだ、日頃俺たちのために働いてくれてるんだ。これくらいさせろ」
「そうよ兄さん、フォローできなくてごめんなさい」
「いいって、こうなることは予想できたし、悪いのも俺だし」
ガデスとフィーリスがいまだ満足に動けないローガスの両肩を支え、真っ白な廊下を歩く。普段仲が悪いこの二人だが、いざというときには名コンビになるのだ。
「そういえば、四人で一緒に仕事をするのは、初めてですな」
デイスがおもむろに呟く。それにエヴァスが真っ先に反応した。
「わ、私……足を引っ張らないでしょうか……」
「そこは心配なさるな、エヴァス。貴方の力は誰もが認めております。もっと自信をお持ちなされ」
「デイスお兄様……ありがとうございます」
「まあ、俺たちが出れば、さすがの《災厄》といえど手も足も出ねえよ! なっ? ローガス兄貴」
「うん、そうだね。頑張ろう、皆」
『はい!』
四人が元気よく返事をしたことで、ローガスは笑みを浮かべる。しかし、
「しかしあの怒りよう……父さんはあの娘に何を求めているんだ?」
父の真意がわからず、モヤモヤした気持ちになる、ローガスであった。
~~~~~~
自室にて、今日もアズバは水晶でアリシアの映像を流す。それを見たアズバは、水晶を何度も舌で嘗めながら、恍惚の表情を浮かべた。
「ああ~、私のアリシア……やはり、ローガスではダメだ。あの子には私と同様、穢れた血が入っているんだぁ……あなたでないとダメなんだぁ……」
誰に話しているわけでもなく、ただ独り、届かぬ言葉をぶつけるアズバ。先ほどの超然とした態度とは真逆の姿に、誰かが見たらとても同一人物とは思えないであろう。
アズバは、水晶に触れる。すると、そこには黒い化物と戦っている、覚醒したアリシアが映し出された。
「うん、確実に元の力を取り戻しつつあるね……それでいい、それでこそ、私のアリシアだよ。いや……」
そうして、アズバはとても人間らしい、ひどく薄気味悪い笑みを浮かべる。
「新たなる御神、アレイシア様」
次話より、第三章、開始です。よろしくお願いいたします。




